第24話 フェブラリータウンでのアデリンの日記 4の前半

 これで正しいのだと思うしかない。

 アランに逢えるかもしれない。

 かもしれない、というだけ。

 アタシは人としての正しさを売り払ったのかもしれない。

 ルイーザを――


※(文字がインクで塗りつぶされている。

 ペンの跡を鑑定。

『信用するなんてとんでもない』と読み取れる)



 状況を整理する。

 自分を落ち着かせる。

 そのためにこうして文字にする。

 今のアタシにできるのはこれだけ。


 フェブラリータウンのやつらはアタシを町の外れまで追いつめた。

 そこで世界が途切れていた。

 地面を破りとったような断崖絶壁。

 その先は暗闇。

 アタシの真上は真昼の青空だったのに、崖の先は空を闇で埋めたみたいに、星一つなく上も下も真っ黒だった。


 アタシは足を滑らせて崖から落ちて、モスマンに助けられた。

 空中で受け止められた。

 初めてモスマンと夢の外で逢った。

 そのままモスマンの背中に乗って、フェブラリータウンの上を飛び回った。

 最初は怖かったけれど、気がつくと楽しくなっていた。


 橋の下を連続でくぐったり、教会の鐘の周りをぐるぐる回ったり。

 教会? 教会に似た建物。

 鐘つき堂があったから教会だって思ったけど。

 たぶんあいつらはアタシたちの神を信じていない。


 モスマンはアタシの言うとおりに飛んでくれた。

 アタシは少女のころに読んだ絵本の主人公の気分だった。


 モスマンから、フェブラリータウンの成り立ちについて聞かされた。

 人間の体から出てきた、円錐形の幽霊みたいなモノ。

 あいつらは、人類が生まれるよりもはるか以前の地球で、人類をはるかに超えた文明を築いていた。


 その文明がどれくらい優れているかというと、時空を超えて旅をする技術なんていうわけのわからないものを作り出せるぐらい。

 だけどそれを使いすぎたせいでいろいろゆがんで、サン・ジェルマンやモスマンが、フライング・ヒューマノイドとして生まれてきてしまった。

 本来ならサン・ジェルマンはアタシと数百年差ぐらいのほぼ同じ時代に、モスマンの種族は数万年後の地球に生まれるはずだったのに。


 古代都市アトランティスの女王アトラは、フライングで生まれてきたヒューマノイドたちがいずれは本来の時代で仲間と暮らせるようにと、時空の一部を切り取ってタイムカプセルを作った。

 フェブラリータウンがある空間が、そのタイムカプセル。

 結構、大きい。


 その後、アトランティスはクトゥルフとの戦いで海に沈んだ。

 無事だったのはアトランティスから切り離されたこの時空だけ。

 サン・ジェルマンは避難が間に合わず行方不明になり、アトランティスに居た人で助かったのはモスマンと、この時空の管理を女王から任されていた男だけ。

 ただ、そのときたまたま未来へ旅行していた古代人たちが、旅先の時代に取り残された。


 フェブラリータウンで数年のときが流れる間に、外の世界では三億年が経った。

 管理人――名前は聞いたけどアタシたちの文字で表せるような発音じゃないので管理人としか記しようがない――は、特殊な電波を飛ばして旅行者に呼びかけた。

 やがて時間が追いついて、恐竜を観察していた旅行者やメソポタミアの研究をしていた旅行者が、電波を頼りにこの空間に集まってきた。

 彼らはもとの時代に戻れないことを悲しみながらも身を寄せ合い、慎ましやかな家を建て、さらに未来に居るはずの仲間との合流に備えながら過ごしてきた。

 仲間が増えて、最初はモスマンの巣と管理人のための施設しかなかったこの空間は、いつしか町になっていた。



 時空を超える力なんてものがあれば、それこそ神さまのように振る舞って、アタシの種類の人類を攻め滅ぼしたり陰から操ったりぐらい簡単にできるはず。

 だけど彼らはそんなことはしなかった。

 知的好奇心? のために彼らから見ての未知の文明を観察したり研究したりはしたけれど、人類の本来進むべき道を狂わせるような接触の仕方はしない。

 してはいけないという掟がある。



 これを聞いて、古代人って別にそんなに怖がらなくちゃいけないようなやつらじゃないんじゃないのかみたいに――一瞬でも思ってしまった自分が恨めしい。

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