第2話 逃走劇の記録 2
(4)
その人に、近くのホテルに案内されて、受付けの人がタクシーを手配。
タクシーが来るのは明日の朝になるってことで、わたしたち、その日はそのホテルに泊まることになったの。
部屋はボロくて宿代は高めで、女同士でも相部屋はダメだって、三部屋分を前払い。
どうせあとでお財布でも何でも奪うつもりだったくせにね。
とにかく荷物を置いて一息ついて、それじゃあオリヴィアに手紙でも書こうかと思っていたところにホテルの人が来て、お祭りがあるから見ていくようにってすすめられたの。
夜だから大人二人だけで来るようにって。
わたし、宿の外に出る前にルイーザに一言声をかけようとしたんだけど、ホテルの人は、ルイーザはもう眠ってるって。
なんとなく変な感じはしたけれど、このときは本当に親切で言ってるんだって思い込んでいたから無下にはできなくて。
部屋をバラバラにしたのは、わたしたちを引き離して、ルイーザの誘拐をスムーズにするためだったのよ。
町の広場にはびっくりするぐらい大勢の人が集まっていたわ。
通りはあんなに静かだったのに、いったいどこから湧いて出たのかという感じ。
揺れるたいまつに不気味に照らし出される祭壇を囲んで、陰気な音楽に合わせて奇妙に踊る人々を、わたしとアデリン叔母さまは、輪の外側から眺めてた。
アトラクションとして。
他人事として。
(5)
それはわたしたちの知らない神さまへの祈りの儀式だった。
オリヴィアはこういうのに詳しいだろうけど、それでもこの神さまのことはきっと知らない。
だって、その神さまが眠っているという都の名前が“ルルイエ”なんだもの。
わたしの名字と同じ名前。
もしオリヴィアが知ってたら、絶対、わたしに話してるわよね?
ルルイエ家の先祖の故郷であるルルイエの都。
おじいちゃまの失踪に関係しているかもしれない場所。
こんなに早くおじいちゃまの行方の手がかりが見つかるなんてって、わたしはハッとなって祈りの歌に耳を澄ませた。
神さまの名前は発音がすごく難しくて、何度もくり返されているのにうまく聞き取れなくて。
そもそも英語で発音できるような言葉じゃなくて、無理やり文字にするなら、たぶん、Cthulhu――
でもこれ、文字だけ見ても、読み方は伝わらないわよね?
(6)
そうこうしているうちに、祈りの歌を突き破って、ルイーザの泣き叫ぶ声が飛び込んできたの。
ルイーザは町の人たちに無理やり引きずられて祭壇に上げられた。
頭に王冠みたいな物が乗せられていたわ。
みたいな、っていうのは、つまり、わたしたちが知ってるようなヨーロッパの王さまや女王さまの王冠とは形がかけ離れていたの。
もっとこう、毒々しい形なのよ。
色ならまだしも形で毒々しいなんてヘンかしら?
とにかくそんな感じなの。
町の人たちの間から「いけにえ」って声が聞こえた。
わたしは大声を上げて儀式を止めようとしたけれど、町の人たちにあっさり取り押さえられてしまったの。
となりを見たらアデリン叔母さまも縛り上げられていたわ。
祭りのリーダーみたいな人がルイーザの耳もとで何かささやいたら、ルイーザはあきらめたみたいにおとなしくなった。
何を言われたのか、あとで訊いてもルイーザは教えてくれなかったけど、言うことを聞かないとわたしやアデリン叔母さまに危害を加えるみたいに脅されたのかもしれない。
ルイーザは、凛々しさを保つことをせめてもの抵抗にしているみたいに、背筋を伸ばして玉座に着いた。
祈りの歌の調子がますますおどろおどろしくなって、踊りもどんどん激しくなって。
町の人たちが、眠れる神の復活だとか叫び出した。
そして怪異が始まった。
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