第3話 逃走劇の記録 3

(7)


 空から魚が降ってくる現象。

 これはオリンピア号の船上でも見たわ。

 だから今から考えると、オリンピア号がインスマウスに流れ着いたのも、町の人たちが何かの力を使ったからだったんでしょうね。

 何のかはわからないけれど。


 降ってきた魚は、祭壇の周りに飾られていた串に突き刺さった。

 ねぇオリヴィア、ここまででもじゅうぶんに狂った話なのはわたしだってわかっているわ。

 それでもここまでなら、もしもあなたに「キャロラインは頭がおかしくなった」みたいに言われたら、わたしは「そんなことない!」って怒るわ。

 でも、ここからはね。

 こうやって書いているわたし自身も、わたしが狂ったのであってほしいと思うぐらいのことなのよ。


 魚の雨が収まったと思ったら、今度は人間が降ってきたの。

 かがり火の煙で覆われた空から。

 小さな魚なら、手品でどうとでもできるのかもしれない。

 だけど人間よ?

 それなりに大きさも重さもある大人ばかり。

 人形じゃないの。

 祭壇の串に刺さって、祭壇の周りの地面にたたきつけられて、血や内臓が飛び散っていたの!



(8)


 あんなの夢か幻だったって思いたい。

 わたしの気がヘンになって、見てもいないものを見たと思い込んでいるんだったらどんなにいいか!

 でもこの手紙を書いている机の横には、飛び散った血のかかった服が、わたしが脱ぎ捨てたままにくしゃくしゃになっているの!

 この血はメアリー・セレスト夫人のものよ!

 メアリーさんはわたしのすぐ鼻先で串刺しになったの!


 ほかの生け贄も、見覚えのある人ばっかり。

 華やかに着飾った人も居れば、船員の制服を着てる人も居た。

 船長も居た。

 生け贄にされたのは、オリンピア号に乗っていた人たちだったのよ。

 インスマウスを離れてニューヨークへ向かったはずだったのに。


 ああ、だけど、本当に恐ろしいのはここからよ。

 みんな確かに死んでいたのよ。

 メアリーさんも、ほかの人たちも。

 それが突然、一斉に、動き出したのよ。

 生き返ったんじゃないの。

 死んでなかったわけでもないの。

 死んだまま動き出したの。


 あの表情。

 あの手足の関節の動き。

 今でも目に焼きついているわ。

 どんなに激しく壊れたマリオネットでも、あんなにひどくはなりえない。

 死者が死者のまま暴れだしたの。

 串刺しにされたまま、苦しむでもなく、ただ、もがいてた。



(9)


 ルイーザが金切り声を上げた。

「妨害が入った」とか「儀式は失敗した」とか「指輪を返して」とか。

 それで初めて、ルイーザのブルーダイヤの指輪が、祭りのリーダーの指に嵌まっているって気づいたの。

 ルイーザが祭りのリーダーに飛びかかって、リーダーがルイーザを振り払って、ルイーザは尻もちをついた。


 リーダーはわたしのほうへ歩いてこようとした。

 何か脅すような言葉を発していた気がするけれど、覚えていない。

 次の瞬間、リーダーの、ブルーダイヤを嵌めた指が、へし折れたの。


 リーダーの悲鳴が響いて、指の先がちぎれて飛んだ。

 リーダーの体がこちらを向いていたから、はっきりと見えてしまった。

 羽もない指輪が羽虫のように浮き上がって、銃弾のような勢いで、リーダーの心臓を貫いたのよ!

 貫いて、穴の向こう側まで見えたの!


 宝石としては大きくても、結局は指に嵌まる程度の小ささでしかないのに、リーダーの胸には拳よりも大きな穴が開いてた。

 その穴の向こうで、自分の左手に戻った血染めのブルーダイヤに、ルイーザが愛おしそうにほおずりしていた。


「誰にも渡しませんわ、わたくしのサン・ジェルマン」


 そんな声が聞こえた気がした。

 幼いルイーザの声じゃなくって、まるで亡くなったパトリシアおばあちゃまの声みたいだった。


 まばたきをしたら、リーダーの体が倒れて、縁取りナシでルイーザが見えた。

 ルイーザは凛と立っていた。

 下ろした拳を固くにぎって、唇を引きしめて、まっすぐに。

 さっきの――妖艶さ? 小さな子供なのにこんな言い方でいいのかしら? ――そんなのなんて、なかったみたいに。


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