第10話 エピローグ
あとは警察へと任せ、私と巫部さんは北海宅をあとにした。
「巫部さん、何か私、どっと疲れてしまいました」
これまで請け負った探偵仕事と比べ、殺人事件は非常に重い。人が殺されたという重みは、きっとしばらくは、私の心に圧し掛かるであろう。
「夏生くん。本当にお疲れ様。君にこの事件を担当してもらって、本当によかったよ」
先ほどまたコンビニで調達したアイスの実を頬張りながら、巫部さんは私を労った。彼の美しい表情に感化されないくらいには、私の心は疲れ切っていた。
「……私は、探偵に向いているのでしょうか」
これからやってくるであろう事件に対する不安が一気に募ってきた。頻繁に殺人事件は起きないだろうが、毎回このような心境になってしまっては、私は心が持たないであろう。
「向いていると思うよ。君の推理は見事だった。推理力もそうだけれども、君の観察力は凄いと思う。辛いことの方が多いとは思うけど、こうやって、事件を解決すれば、少しでも被害者は報われるはずさ。私はそれを信じている」
巫部さんは少し遠くを眺める。きっと、昔解決した事件のことを思い出しているのだろう。
「推理小説に出てくる探偵は、神経が図太い人間が多い印象がある。事件を解決したいという気持ちが強いからか、あまり死に対する感情で揺れないよね。でもそれは、あくまで作られた話だからだよ。本当は、そんな簡単に割り切れるものなんかじゃない」
巫部さんにも、忘れられない辛い事件があったのかもしれない。
「とにかくお疲れ様。しばらくは、迷子になった猫の捜索になるだろうから、安心してくれたまえ」
巫部さんは優しく微笑み、私の肩を叩いた。絶妙な力で叩かれた箇所からは、じわじわと温かいものが広がってきた。
――この事件は、解決したのか。
夏鈴ちゃんを思う。憎しみの感情によって実の母親から奪われ、愛されずに育った彼女。どれほど寂しかっただろうか。
世田谷駅へと到着した。帰りの電車賃をチャージし、改札へと向かおうとしたその時。
「……あの」
ふと、子どもの声が聞こえた。
振り返ると、そこには、瞳の大きな女の子が親戚の女性であろう方と一緒に立っていた。
「お父さん、悪いことしたみたいでごめんなさい」
彼女は目に涙を浮かべる。お父さんは捕まり、お母さんも恐らく、夏鈴ちゃん誘拐の容疑で逮捕されるだろう。彼女もまた、悲しい人生を送るのか。
「花凛ちゃん」
巫部さんが呼びかける。
「君は元気で、これからも真っ直ぐに生きてほしい」
花凛ちゃんは頷いた。
「はい。元気に、生きます」
花凛ちゃんは女性とともに、先ほど私たちが歩いていた道のりを進んでいった。
「じゃあ、私たちも戻りますか」
「うむ。また何処かで、コンビニに寄ってほしい」
「……もう、スーパーで大量に買っておきますから」
私たちは、事務所へと戻る。セミの声は未だ厚かましく、けたたましい。
大邸宅における少女殺人事件 ふっふー @nyanfuu1818
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