第30話 順法

 フラッシュライトを春目に持たせたペイジは、素早く下生えの中に分け入った。

 彼女の赤毛に似合っているのかどうかわからないが、ジムニーの改造車に乗るには少々風変りな枯れ葉色のステンカラーコートは、こういう用途のためにあるんだろうかと小熊は思った。

 藪に分け入るのに便利で、それが悪事である場合は目立たなくて済む。ライトを翳す春目の着ているヨモギ染めのワンピースも同じようなものかもしれない。

 竹千代の黒留袖を仕立て直したワンピースドレスは、それらの用途には向かないだろう。黒は夜闇の中でも意外と目立ち、何より染め抜かれた菊花の模様が派手すぎる。

 悪事に係わる人間には、実際に着手する奴と、安全な場所から指示を出す奴が居て、後者は多くの場合、豪奢な服や装飾品を身に着けている。その観点からいえば、自分の真っ赤なライディングジャケットはまことに不利だと思った。

 

 すぐにペイジが箱を拾い上げて来る。白い樹脂製のボックスで、サイズはミカン箱二つ分くらい。ペイジの表情から重量はそこそこあるらしい。

 左右にある金属製のバックルで押さえるタイプの蓋のついたコンテナボックスは、土の上ではなく道路外のコンクリートに置かれてから間もないらしく、不法投棄品にありがちな風雨による汚れは付いていなかった。

 春目がライトを上から照らす中、ペイジがボックスの蓋を開けた。手下が汚れ仕事を終えた頃合いで竹千代が箱に歩み寄る、小熊も興味を惹かれ覗き込んだ。

 中身は、箱一杯に詰まった銃器。


 拳銃や分解された小銃の黒い肌がライトの光を鈍く反射するのを見て、春目は悲鳴を上げライトを落としそうになった。ペイジは口笛を吹いている。竹千代の表情は見えない。

 小熊は銃器の一つを拾い上げて言った。

「これ、オモチャですね」

 箱に詰められ道端に置き去られた銃は、いずれもエアガンやモデルガンと呼ばれる玩具銃だった。プラスティック製のものもあれば金属製の物もあって、触っただけでは樹脂か金属かわからない物もある。


 ペイジが銃のうちの一つを摘み上げ、慣れた仕草で簡易分解しながら言う。

「なんでこんなとこに捨ててるんだ?」

 偽物の銃と知って安心した様子の春目が、中身より箱とそれが置かれていた場所を見ながら言った。

「たぶん、集めた人とは違う人が捨てちゃったんじゃないかと思います」

 竹千代がモデルガンの刻印を慎重に読み解きながら呟く。

「きっと家族が処分したんだろう。旦那が収集していたであろう値打ち品も、配偶者の目からすればただのゴミだ」


 小熊もバイクで似たような話を聞いたことがある。バイクマニアの急死や、あるいはまだ存命中ながら趣味への見境ない出費に歯止めをかけるための強権発動で、それまで溜め込んだ車体やパーツをごっそり捨てられてしまった人は時々居る。こういう模造の銃器にもマニアが居る事は、バイクの部品や生活用品を探しに行くリサイクルショップでよく売られて居る様子を見かけて知っていたし、同級生の礼子はよくエアガンが飾られたガラスケースの前で財布の残金を数えていた。

 中身を一通り検めた竹千代はボックスの蓋を閉じた。

「ここで朽ちさせていくより、然るべき人々の手に渡るべく、我々が再び流通に乗せるべきだろう」


 つまり売っ払って小銭を稼ぐということ。竹千代が合図するように手を振ると、ペイジと春目はボックスを車に運び込む。

 春目からフラッシュライトを受け取ったペイジが、周囲に他の投棄物が無いか確認した後、三人はジムニーに乗り込んだ。小熊が助手席に座ろうとしないのを見たペイジが声をかける。

「どうした? 乗れよ」

 小熊は首を振りながら答える。

「ここまでで結構です」

 後席から首を伸ばした春目が驚いたように言う。

「歩いて帰るつもりですか?」

 小熊はスマホを取り出しながら言った。

「タクシーくらい呼べる」

 竹千代はボックスを積み込んで少し狭くなったジムニーの後席に沈み込んだまま声を出す。

「我々の活動が何か気に障ったのかな?」


 きっとこの女は、生まれたのがロスかニューヨークのダウンタウンなら、ジムニーではなくキャディラックかリンカーンの後席から、こうやってチンピラに指示を与えていたんだろう。

「あんたたちの中でどうなっているのかは知らないが、資源の持ち去りや占有離脱物の横領は犯罪行為です。私はそういう事に係わる気はありません」

 それだけ言って歩き出そうとする小熊に、竹千代はミステリアスな微笑みを浮かべながら語りかけた。

「我々は律法を遵守する善良な市民だ。今回の行為が何ら法やモラルに触れない事を説明するべきだろう」

 小熊は足を止める、いや、竹千代の人を惑わす口調に思考や行動を制止させられたのかもしれない。  

「私はこの辺一帯の地権者より、ボランティアによる清掃作業の許可を得ている。道路やゴミ捨て場に置かれている物を持ち去れば違法だが、道路外の私有地に捨てられた不法遺棄品ならば、幾つかの条件付きで私の裁量による処分を認められている」


 竹千代の言葉をしばらく反芻し、自分なりに斟酌した小熊は、黙ってジムニーの助手席に乗り込んだ。とりあえず今夜の泥棒行為が、法の抜け穴をつくような形での合法行為だという事はわかった。

 ジムニーは大学方面へと戻っていく。竹千代は周囲に見える山林を指さしながら、先ほどの「許可」をあちこちの地主から得ている事を説明してくれた。

 春目も嬉しそうに「山菜や茸も取っていいって言われてるんですよ」と言っている。

 夜中もなおあちこちに灯りが点き、人が疎らに歩いている大学敷地の端、節約研究会のプレハブ部室前に駐めたジムニーを降りた小熊に、竹千代は言った。

「遅くまで連れまわして済まなかった。以上が我が節約研究会、通称セッケンの活動の一部だ。私は小熊君が仲間になってくれることを望んでいる」

 小熊は竹千代の目を見据えながら言った

「せっかくのお話ですが、お断りさせて頂きます」


 それだけ言った小熊は、プレハブ前に駐めた自分のスーパーカブに跨りエンジンをキック始動させた、ヘルメットとグローブを素早く身に着けて走り去る。ペイジと春目が何か言っていたが、カブのエンジン音と耳を塞ぐヘルメットのせいで聞こえない。

 きっとこの三人と行動を共にすれば、金銭だけでなく色々な物が手に入るんだろう。せっかくの大学生活、サークル活動の一つもしないのは寂しい物だとは思うし、ジムニー好きなペイジのような気の合う奴と遊ぶのは楽しいに違いない。

 ただそういった表層の意識より深いところ、潜在意識が、この竹千代という美麗で理知的な女は危険だと伝えてきた。カブに乗っていて、そういう無意識の警告が正しかった経験は幾つもあった。


 あえて具体的に気に入らなかった点があったとすれば、先ほど森で白い箱を見つけた時。中身はオモチャの銃だったが、竹千代とペイジ、春目は箱を開ける前に手袋をしていて、小熊は素手のまま、手袋の着用を勧められる事すら無かった。

 一応は法に触れぬ範囲で活動しているという建前のサークル、その実態がもし、そうではなかったなら、小熊は自分がスケープゴートになる事だけは御免こうむりたかった。 

 一刻も早くこの怪しい部室を離れるべくカブを走らせる小熊の背に、他に二人より強い視線が刺さってきた。言葉はもっと深く突き刺さる。竹千代は小熊に向かって言った。

「またのお越しをお待ちしているよ」

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