第29話 狩猟
周辺の風景は照明眩いロードサイド店舗が並ぶ物から、住宅地へと変わっていき、やがて疎らな街路灯が銀色に光るだけの暗闇へと変わっていった。
先ほどまで幹線道路で他車に囲まれ、狭苦しそうに走っていたジムニーは、道の広さに反比例するかのように活気のある走りを見せていた。
街灯の反射で凄みのある笑顔を顔に貼りつかせたペイジを見ていると、このジムニーがどのような道を走るために作られたのかがわかる。
流れの速い道路では柔らかすぎると思ったサスペンションや、ロードノイズを伝えてくる大径のタイヤ、最高速は大型SUVに及ばないが、曲がりくねった山の速度領域では充分な吹け上がりを見せるエンジンと、鋭い加速をもたらす軽いボディ。
小熊は自分の乗るスーパーカブとは似ていて違う移動機械だと思った。いかなる場所でも安定した走りが可能なカブとは違い、この車は走る場を選び、走るべき場では他のいかなる者より速い。
競輪に使われる競技用自転車ながら自転車メッセンジャーの仕事道具としても秀逸な、ピストと呼ばれる無変速のロードレーサーに近いかもしれない。
極めて上機嫌な様子でジムニーを操っているペイジに対し、竹千代は変わらない。街でも山でも、空腹でも満腹でも、同じような顔をして悠然とシートにふんぞり返っている。
隣の春目はよくわからない。先ほどからずっと窓の外を注視していたが、ジムニーが東京都下に数多く残る山林の深部へと入っていくにしたがって、見開いた目は輝きを増している。照明で飾られた夜景より漆黒の空間が好きなんだろうかと思った。
自分はどんな顔をしているんだろうかと小熊は考えた。大学入学早々、この怪しいサークルに係わりを持った事がきっかけで、ドライブに連れ出され美味な夕食で歓待を受け、日用品の買い物に突き合わされた末、今は車で人里離れた場所に連れていかれている。
まさかこのまま殺され山に埋められるような恨みを買った覚えは無いし、奪われるような金目の物も持っていない。この先で何かしらの脅迫を受ける羽目になったとしても、どうせそう速くは走れない車。集中ドアロックの類のついていない昭和時代のジムニーなら、ドアを引き開けて逃げる事も可能だろう。
その後は、山の中を走り回る勝負については東京の人間に遅れを取る事など無い。
最初にこの車に乗った時に抱いている警戒感を、ずっと保ち続けていた小熊は、それが表情に表れているんだろうかと思いながら暗い窓を見ていたが、思索は後ろから聞こえた声で打ち切られた。
「止まって!」
いきなり叫んだ春目の口調は鋭かった。ペイジが急ブレーキを踏み、小熊の体にシートベルトが食い込む。
こういった事には慣れているらしきペイジが、ルームミラー越しに春目を見ながら言う。
「どこだ?」
春目は今まで走ってきた道を振り返りながら言った。
「ちょっと通り過ぎた、戻って」
ペイジが普通車がやっとすれ違える道幅の道路でジムニーを器用にUターンさせた。そのまま来た道を低速で戻り始める。
ジムニーは這うような速度で進む。ついさっきこの細道に入ってから、他車は一台も見当たらない。
春目が後ろから手を伸ばした。古臭い見た目に似合わず高輝度のディスチャージライトに取り換えられたらしきヘッドライトで白く照らされた範囲の外、ただの黒い塊にしか見えない中の一箇所を春目が指さした。
「あそこ」
ペイジは春目の指示した場所にジムニーを停める。シートベルトを外したペイジは助手席のグローブボックスに手を伸ばして何かを取り出し、ドアを開けて降りる。
小熊はこのまま車内から見ていればいいのかと思っていたが、自分の乗っている助手席を後部からトントンと叩く感触が伝わってきたので、しょうがなく車を降り、助手席を前進させる。
ペイジは車内から取り出した大型のライトで、道の外を照らしていた。小熊には何も見えない草木の中の一点を春目は指す。
ペイジがライトを向けた。小熊もその場所に注目する。背後で竹千代が静かに車から降りてきた気配を感じた。
下映えの草の中に、白い箱が置かれていた。
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