第7話 コンテナ

 小熊は夕食の間、ずっとコンテナの事を考えていた。

 とりあえず今日は家の台所や寝室の環境を整え、夕食後は大学のオリエンテーションや講義に必要な準備などをして寝るつもりだったが、ラジオを流し、カレーを食べながらも視線がコンテナのある方向から離れない。

 屋外に置かれたコンテナの作業は、昼間の明るいうちに行ったほうがいい、それはわかっていても、小熊にとってガレージとなるコンテナの内部をどう作っていこうかと思いを馳せているうちに、思考が止まらなくなる。


 今乗っているスーパーカブや、カブの新しいパーツやグッズを買った時もこんな感じだった。コンテナはその中でも最も高価で大きい。

 普段は何かを見ながら食事する事はしないが、スマホを取り出して色々なガレージを検索する。

 趣味性の高い車やバイクの納まったガレージは、工具や部品だけでなく、書籍やメモリアルグッズなど、各々のオーナーの好みを反映したインテリアで飾られていた。

 まるでオモチャ箱のようなガレージを見ていると、生活の場である木造平屋の内装を考えている時よりも、心が高揚してくる。

 小熊が自分の乗っているスーパーカブとその工具をコンテナに仕舞うのは、盗難対策や風雨による劣化防止が目的。しかし、それだけではない。このコンテナ付きの借家を選んだのは、カブのある幸せな時間を過ごすため。


 カレーとサラダをかきこむように食べ終わった小熊は、皿二枚とグラス、スプーンだけの洗い物を済ませ、黒い木綿パジャマの上にライディングジャケットを羽織り、クロックスをつっかけて外に出た。

 平屋に隣接するコンテナは、日暮れ後も玄関灯と敷地に面した道路の街灯で淡く照らされていた。

 とりあえず具体的な作業は明日行うとして、コンテナの状態だけでも見ておこうと思った小熊は、一旦家に戻って自転車用のLEDライトを持って来た。

 まずはコンテナの周囲を照らしながら回る。黄緑色のコンテナはコンクリートブロックの上に置かれていた。黄緑色の表面は風雨で薄汚れている。


 小熊がここに引っ越す事を決めた時、付随するコンテナについてもあれこれと調べたが、輸送用ではなく倉庫の用途で据付られたコンテナは、十年くらいで錆や腐食で使い物にならなくなるらしい。

 目の前にあるコンテナは、ブロックで嵩上げされ地面からの湿気を防いでいるためか、見た限り錆は発生していない。

 汚れた表面を手で擦ってみると、黄緑色の塗膜はまだ新しく、外観では見えないところで錆が進行している可能性などを考慮しても、小熊が今の大学を卒業するまでくらいはガレージとしての役を果たしてくれそうだった。


 暗い夜間に出来る外観の点検はこれくらいだろうと思った小熊は、内部を見てみることにした。

 長方形のコンテナの短辺片側に、両開きのドアがついていたので、ドアをロックするハンドルバーに手をかける。

 高校時代はバイク便の仕事で流通業務に従事していた小熊は、トラックのアルミパネル荷台とほぼ同じ構造のISOコンテナを開ける方法くらいわかっていた。それに相応の力が必要な事も。

 ハンドルバーを起こして、ドアを上下に貫くロックバーを解除した小熊は、そのままハンドルを手前に引く。ドアが軽く軋みながら開いた。


 コンテナのドアはそれなりに重かったが、毎日の開閉が苦になるほどでもない。仕事や学校ではなく遊びのためにカブを出す時には、むしろ気分を盛り上げる良い演出になるんじゃないかと思った。

 ドアを開け放ち。内部をライトで照らす。フィラメント球ほど光の拡散しないLEDライトでは、コンテナ内部全体が良く見えない。

 小熊はもう一度家に戻り、バイクの部屋に置いてあった作業灯を持って来た。 

 電球は引越し初日に照明が玉切れしていたバスルームに使うため抜き取ったが、今日の買い物で浴室用のLED電球を買ってきたので、バスルームには眩しすぎる屋外用高輝度電球は、先ほど本来の位置である作業灯のソケットに戻してあった。


 作業灯の電源をどこから取るか少し迷ったが、前住人も倉庫として使っていたらしきコンテナの内部には電源が引き入れられていて、二口のコンセントが付いていた。

 コンセント周りのスイッチを見た小熊は、綺麗に処理された配線を見て、プロの電工技術者かそれに準じる人間が施工したものだと判断した。このまま使っても問題ないだろうと思い、コンセントプラグを接続した作業灯のフックを、コンテナの天井にあった構造部材の窪みに引っ掛けた。

 小熊は作業灯のスイッチを入れた。コンテナ内部が明るく照らされる。


 強力な光の下で改めて見たコンテナ内部は広かった。

 20フィートのISO規格コンテナの面積は畳八枚分ほど、六メートルの奥行きを持つ長方形のスペースは、横幅も二m半はある。

 これならカブとその工具を納めてもまだ余裕があるだろう。ありすぎると言ってもいい。カブをもう一台置いてもまだ余る。カブを運ぶ軽トラを入れても、奥行きの半分ほどしか使わないし、左右幅も車のドアを開けるのには充分なほどの余裕がある。


 小熊が暮らしている家の中でも最も大きい部屋よりも広い空間は、生活に必要な物さえ持ち込めばここに住めそうだと思わせてくれる。もしかしたら台風や地震の時は木造平屋の家より、鋼の壁で守られたこのコンテナに中に篭るほうが安全かもしれない。

 非現実的な空想を打ち切るべく、小熊は一旦外に出た。コンテナと平屋の間に駐めてあるスーパーカブが目に入る。

 またしても家に戻った小熊は、玄関内から持って来たキーでカブのロックを解除し、コンテナの入り口まで押して行った。

 ここでカブを保管し、整備し、あるいはただ眺めるだけの時間を過ごすなら、何が必要になるのか。それを確かめるには、実際にカブをコンテナに入れてみるという方法が最も手っ取り早いだろう。本音としては、このコンテナの中で憩う自分のカブを見たくなっただけ。


 カブを運び入れようとした小熊は、直後にそれが不可能である事に気づいた。

 ブロックで嵩上げされたコンテナの床面は高く、カブは持ち上げないと入れられない。

 ラダーと言われる傾斜板を使わずカブを積載車に乗せる時のように、まず前部を持ち上げて床面に乗せ、それから後部を上げるなど、やれば出来ない事は無かったが、夜間に未舗装の場所で行えば、倒したり車体下部をぶつけたりするリスクが大きい。必要がある作業ではなく、単にやってみたいと思っただけの行為で、これから何年も乗り続ける積もりのカブを傷つけるのは馬鹿げている。


 小熊はカブを元あった場所に戻してロックをかけ、コンテナ内の作業灯を片付けて扉を閉めた。

 明日はこのコンテナにカブを乗せられるような傾斜をつける物を買いにいこうと思った。

 そこから、小熊のガレージ作りは始まる。

 

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