第10話 明治時代の男性のアクセサリーと香水

今回は読まないと意味が分からないかもしれないので、ざっと見て頂けると嬉しい司会の説明→https://kakuyomu.jp/works/1177354054892641004/episodes/1177354054892641022


金子堅太郎かねこけんたろう巳代治みよじっていつも左手の小指に金の指輪をしてるよね。指輪についてるのダイヤモンド?」

伊東巳代治いとうみよじ「うん、ダイヤ」


堅太郎「へぇ。でも、どうして小指なの? どこかの花柳界かりゅうかいの女性からもらった女性ものの指輪で、サイズが合わないから小指にしてるとか?」

巳代治「ううん。これは明治15年に伊藤さんと一緒にヨーロッパに行ったとき、パリで買ったものだよ」


堅太郎「明治15年って言うと、あれ? 教科書に出て来る『伊藤博文らはドイツなど欧州諸国におもむき、憲法調査にあたった』っていう」

巳代治「それ」


堅太郎「教科書の1ページの話にいきなりそんなエピソード入れられると何か変な感じだけど……なんで小指なの? 巳代治、華奢きゃしゃだったし、海外だし、サイズあったはずだよね?」

巳代治「わかんない、なんだろうね。日本的な意味で小指だと『忠義』とかそんな意味かな。まぁ、死ぬまでつけてたから大事なものだったんだと思うよ」

堅太郎「巳代治が死んだの昭和9年だから、50年以上つけていて大事なものじゃなかったら逆にビックリだよ……」


堅太郎「指輪をしていたのは巳代治だけではありません。薩摩さつま桐野利秋きりのとしあきさんも香水をつけてお洒落して、純金の指輪をしていました」

巳代治「猛将もうしょうって感じの人じゃなかったって言うよね。僕は中央政府に出仕したのが明治10年以降だから会ったことないけど」

堅太郎「桐野さんは西郷隆盛さんの側近だから、西南戦争で亡くなってるからね。その頃は僕もアメリカにいたから会ったことはないけど、洒落た人だったみたい」


巳代治「同じ薩摩出身の上原勇作君も、僕と同じように小指に指輪をしていました」

堅太郎「上原君は同じ薩摩出身の陸軍大将・野津道貫のづみちつらさんの家の書生しょせいだったのですが、一番目を掛けられていたそうです。それで、上原君が士官学校を首席で卒業したのを祝って、野津さんの奥さんが大切にしていた指輪を上原君に贈ります」

巳代治「上原君はその指輪を死ぬまでずっと小指にはめていたそうです」


堅太郎「あと、男のアクセサリーってなんだろう」

巳代治「カフスボタンとかかな。当時は手釦って書いたけど」

堅太郎「金無垢製きんむくせいの台に、植物の文様もんようをあしらったものとかあったよね」

巳代治「刀装具で培われた彫金ちょうきんの技術が生かされていたね」


巳代治「後は時計かな。『虞美人草ぐびじんそう』にも出て来るでしょ。ガーネットの飾りのついた金時計」

堅太郎「昔は懐中時計のこと、袂時計たもとどけいって呼んでたよね」


巳代治「金属のアクセじゃないけど、飾るものと言えば香水かなぁ」

堅太郎「桐野さんの話でもしたけど、外国帰りの人なんかは香水つけてたよね」

巳代治「西園寺公望さいおんじきんもちさんの親友の光明寺三郎こうみょうじさぶろうさんとかそうだったね。パリ帰りの光明寺さんは、いかにもハイカラな服を着て、香水の匂いを漂わせていて、ああ、光明寺さんが来たなってすぐわかったよ」


堅太郎「乃木将軍の奥様が息子さんたちに香水を買って持たせたって言うのも聞くしね」

巳代治「今の人の日本軍のイメージだと“何を軟弱なものを持ってるー!”とか、なりそうと思うかもしれないけど、帝国海軍だと“香水も付けてないのか!”言われることもあったって聞くよね」

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