『ハヤブサとガルダ』Part6(終)
コヴィールは、力任せに椅子を机に叩きつけた。護衛の部下達が肩を竦める中、収まらない彼は、破壊した机をさらに足蹴にした。
「あと少しだってのに、なんだこの様は!」
捕らえていた四人は行方知れず。それに気づいた頃に、突然敵の襲撃を受けた。
ヒバカリがここまで動く組織と行動を共にしていたとは計算外だった。話に聞いたことはなかったし、生活をある程度監視したが、接触者はあのリデといい女くらいだったはずである。
何か手抜かりがあったか、と歯軋りしたい気持ちを抱えていると、また近くで悲鳴が上がった。どうやらもうここは安全ではないらいし。
「野郎……仕方ねぇ、撤収すると伝えろ」
本当なら襲撃者を返り討ちにしてやろうと威勢のいいことを言いたいが、虚勢を張ってどうにかなる相手でないことは明白だ。こちらは数で勝っているはずなのに、少数の敵に押されてしまっているのだから。
数の暴力で押し切るという、この組織最大の武器が通じない以上、逃げるが勝ちである。彼等がここで命を賭す意義などない。
「もたもたするな! 騒ぎをこれ以上でかくして、上の連中に知れたら終わり……」
コヴィールが、おろおろする手下を急かしている最中、爆発の轟音とともに全身を衝撃が襲った。視界が激しく震れてたまらず体勢を崩したコヴィールは、頭を抱えながらまた怒鳴る。
「くそったれがっ! 今度は何事だ!」
「わかりません。倉庫にあった爆薬が爆発したのかも……」
「何がテロリスト相手の商品になるだ。その前に俺達の首が吹き飛びそうじゃねぇか!」
危険物だと知りながら、欲に目が眩んだ部下の言葉を丸呑みしたのが失敗だった。裏目に出たあげく、廃工場内部のパニックはさらに激しくなっている。
「もういい、とにかく逃げるぞ。命あっての物種だろうが」
頭を掻き毟りながら、コヴィールは聞く耳を持った手下数人を護衛に連れて、裏口へと向かった。
裏口から出れば、銃撃戦とは反対方向から逃げられるし、敵からは行動が見えないだろう。そのまま真っ直ぐ行けば民宿のある小さな村もある。
狙撃を中心に襲撃しているということは、敵はまだ少数なはずである。射程的な優位を取ることで、反撃を避けている。だとしたら、こちらまでに手が回る程の余裕があるとは思えない。
無事な部下を数名引き連れたコヴィールは、裏口まで急いだ。正門と比べると錆びた鉄扉しかない無骨な空間で、壁には空のダンボールがぎっしりと積まれている。
部下が先行して、鉄扉を開ける。重苦しく軋む音に耳を傾ける。
「うっ」
途端、小さな発砲音とともに、部下が悲鳴を上げて倒れた。
敵襲だと気づいた時にはもう遅く、さらに数人の部下が的確に頭に穴を開けられていった。
発砲したきた相手を見て、コヴィールは驚いた。かなり若い少年であった。拳銃を右手だけで構え、気怠そうにこちらを眺めている。
「ボス、あれはヒバカリと一緒に捕まえたガキだ!」
残った二人の部下がコヴィールの脇を固め、反撃に転じる。しかし少年はすぐ建物の外に逃れて、半開きになった鉄扉も盾にして銃弾を防いだ。
一見すると、どこにでもいる今時の少年のようだ。しかしさっきこちらを見ていた時の目は異様なまでに冷たかった。引き金を引くことに躊躇いなどないと言わんばかりに。
「今の爆発もお前の仕業か!」
「それに答えてこの状況がなんとかなると思ってるのか? もっといい質問をしようぜ」
こちらを見下したような少年の言葉は、コヴィールの神経を逆撫でする。しかしまだ数的な優位はこちらにある。背中を向ければ撃たれかねないので逃げるのは難しいだろうが、そうなれば数で押して強行突破をするしかない。
「俺達を一人でどうするつもりだ? 顔を出したら今度はお前を蜂の巣にしてやる」
コヴィールはまだ二人の手下を従えている。さっきは不意を突かれて数を減らされたが、まだ数的優位は揺らいでいない。しかも今度は的を出口に絞ればいいので、むしろ相手が攻めあぐねているではないか。
「自分の命と引き換えに、俺を殺せるか賭けてみるか?」
「アンタの命って、チップにできる程安いのか? 悲しいこと言うなよな」
その返答を聞いた時、コヴィールは首で反撃を指示した。これ以上膠着すればせっかくの優位もひっくり返されてしまう。
護衛が銃を構えながら前進してくと、背後でダンボールが倒れる音がした。
反応した時にはもう遅く、傍らに居た二人は振り向く間もなく後頭部を撃ち抜かれていた。
銃を構えながら背後を見ると、小柄な少女が立っていた。黒く地味なスーツを着込んだ少女の手には、やや小さめな拳銃が収められていた。
「おや偶然、仲間が来てくれた。以心伝心の絆の勝利って奴だな」
わざとらしく額の汗を拭いながら、少年がまた姿を見せた。おどけてはいるが、目は笑っていない。
大袈裟に身振りで驚きを表す少年だったが、しれっと少女が訂正を始めた。
「さっき会って、後ろから不意打ちをしろと言ったのはあなたよ。偶然ではないわ」
「……この娘に、手品の助手は任せられないな」
少女の無情な種明かしに苦笑いしながら、少年は脱力させていた左腕を浮かせ、右手の銃に添えた。銃口はコヴィールの顔面に向けられている。
「貴様、俺を殺してなんになる。何か恨みでも買ったか」
「まあね。アンタのせいで、ぜーんぶ計画が狂っちまった。アンタ達のやり方に則って、落とし前ってのを付けてもらう」
半笑いでそう告げる少年に、コヴィールはやや下がっていた銃口を上げて、引き金に指をかける。
が、それより前に、少年の放った銃弾は彼の額を貫いていた。
爆発によって起きた爆炎は、廃工場を飲み込んでいった。ハヤブサは乾いた土の上に座り込みながら、魂が抜けたようにそれを眺める。
既にリデとシアレは逃してある。他に残党はいないだろうし、いてもたいしたことはできないだろう。
もし彼女らに手を出そうものなら、ハヤブサは残党もまた、ボスの後を追わせてやるつもりだった。
「さーて、なんでおセンチなモードになってるか知らねぇが、元気そうじゃねぇか」
煙草を咥えた大男が、スナイパーライフルを肩に抱えながらやってきた。工場を外から襲撃していた張本人、トンビである。
ニヤニヤとした顔を向けられたハヤブサは、舌打ちしながら肩を落とした。
「一時はどうなることかと思ったよ」
「その割には、ほとんど怪我なんてしてねぇじゃねぇか」
そう茶化すトンビに、ハヤブサは自分の両手を見せつける。掌には、バールを受け止めた時のダメージがばっちり残っていた。
「俺も休暇中の二人に混ざって、しばらくお休みするよ」
「休日返上で、ノスリが迎えに来てくれるらしいぞ。一緒に連れて行ってもらえ。はあ、また手がかり探さねぇとな」
トンビは、吸い殻を燃え盛る工場に向けて全力で投げ込んだ。それを見上げながら戻ってきたミサゴが、「ポイ捨ては良くない」と静かに叱った。
トンビがいるということは、ミサゴも近くにいるはずだとは思っていた。しかしハヤブサの予想以上に、ミサゴの潜入は早かった。
親娘二人を逃しながら計画を伝えると、ミサゴはぴったりのタイミングで相手の意表を突いてくれた。変に生真面目な所はご愛嬌として、優秀な仲間を得ることができたなと、ハヤブサは心の中だけで満足気に頷く。
「ったく、それにしても最近の仕事はろくなオチにならねぇ。よりにもよってヒバカリが下手打って殺されるとはな」
そして、乱暴に頭を掻くトンビを見ながら、今度は密かにほくそ笑んだ。
休暇を取ってから三日後、ハヤブサは街にでていた。今日は土曜日ということもあって、休日を楽しむ人間と勤労に励む人間が街の広場を行き交っていた。
噴水を中心としたそこは、住人達が思い思いのプライベートを楽しむ場である。ベンチに座って新聞や本を読んだり、ペットと戯れたり、そして噴水の近くで遊ぼうとして叱られている子供も居た。
ハヤブサは、ネイビージャケットというシックな装いにハットと洒落た出で立ちで、少し気取っていた。それでも、周囲で会話に花を咲かせる若者の中では、浮いた存在にはなっていない。
背伸びをして買った無糖の紅茶に顔を顰めつつ、ハヤブサはベンチの一つに目を向ける。
大荷物をまとめた親娘が一休みしていた。しばし談笑した後立ち上がった二人は、駅の方角に歩き始めた。
それを見計らったかのように、ハヤブサは飲みかけを排水溝に流し、空き容器をゴミ箱に放り捨てた。
そして、やや急ぎ足で駅へ向かう二人の行く手に、さりげない風を装って先回りした。
「あ、バードウォッチングのお兄さん」
「おや? 気が利くお嬢さんじゃないか。元気そうだな」
喜ぶシアレに対して、リデは娘を守るように抱き寄せた。胡散臭さには自覚があるが、汚い物から遠ざけるような反応には、少なからず傷つく。
「これを返そうと思って、ずっと探してたんだよ。本当にありがとうね」
と、ハヤブサは綺麗に畳んだハンカチをシアレに手渡した。事件のあった日は、ゴタゴタで結局返すことができていなかったのだ。嬉しそうにハンカチ受け取ったシアレは、目を輝かせながら問いかける。
「ねぇ、おじさんはどこ? 一緒じゃないの?」
「まだちょっとお仕事があって、すぐには戻れないんだ。だけど、待っていればきっといずれ帰ってくるよ」
輝いていた眼がさらに光度を増したように、シアレは満面の笑顔を見せた。それに満足気な微笑みを返すと、リデに突然肩を引っ張られて
「気休めはやめて。変な希望は持たせないで」
「伝えたのか、奴のことを」
「いいえ、まだだけど。これからも伝えないつもりなの」
「別に旦那でもない男なんだし。すぐに忘れて流れに任せられる、か」
リデは歯噛みしながら、ハヤブサの肩を掴んだ手を震わせた。
「確かに、シアレがアイツの子供かどうかはわからずじまいだった。私も随分、派手に遊んできたしね。だけどアイツは、力になってくれるって言ったんだ。家族愛なんて綺麗なもんじゃないけど、少なくとも私達の味方だった」
「なるほどね、疑問がはっきりしてよかった」
ハヤブサがすっきりしたとばかりに伸びをすると、リデは怪訝そうな表情を露骨に向けてきた。
「後はこれからどうするか教えてくれると、明日からはもっと、ぐーっすり眠れそうなんだけど」
「教える必要なんてないでしょう」
「アフターサービスまでばっちりっていうのが、俺のモットーなんだ。もし追っ手が来た時、すぐ潰せるように、ね?」
馴れ馴れしくウインクしてくるハヤブサを、リデは再度強く睨みつけてきた。しかしそれからすぐ、小さな声で行き先を伝えてきた。
「隣のデランゼール共和国。そこで昔馴染みを頼る」
「国境越えなんてまた大胆な。手続きとか大丈夫なのか?」
「悪かったね、育ちが悪くて」
そう言って取り出したのが、パスポートだった。非常に精巧に作られているが、記されている名前がデタラメなのを見て、ハヤブサは偽造品かと苦笑いで頷く。
相手国の入国管理局に知られたら親娘揃ってタダでは済まない。だが彼女の態度を見るに、密入国する気でいるのだろう。
それを聞いてわざとらしく伸びをしたハヤブサは、さりげなく耳打ちを返した。
「実は、知り合いに良いボディーガードがいるんだけど」
「いらない。私個人で既に話は付けてあるって話よ。見返りだって今はないって、わかるでしょう?」
そう返したリデに、ハヤブサは人差し指を立てて、白い歯が見える程の笑みを浮かべる。
「いいや、きっと気に入ると思うよ。駅前で一時間待ってくれ、それで来なかったらこの話はなかったことに」
刺客でも連れてくるつもりか、と聞き返されたが、ハヤブサはあっさりした態度で否定する。
「信じられなければ仕方ないさ。だけど、間違いなくアンタ達には必要な人さ」
リデは深く首を傾げたが、ハヤブサは早く行けと促して、足取りも軽く次の目的地へと向かった
「時期的には尚早も良いところだけど、いっちょサンタクロースになってみますか」
独り言をつぶやきながら、洒落た装いの自称サンタは、雑踏に紛れて姿を消した。
******
親娘がベンチから立つのを見て、男は深く息を吐いた。車のハンドルにもたれ掛かりながら、二人の向かう方向が駅であると見定める。
絡んでいた若い男が去ったのをしっかり確認した男は、車のエンジンをかける
助手席に広げた時刻表に目を向けていると、車のドアを叩く音がした。点取に必死な警官が、よそ見を見咎めようとしにきたか。
警戒した男は、善良な市民らしい笑顔で顔を上げた。
「やあ旦那さん。遠いあの世から随分お早いお帰りで」
が、すぐに男の顔は引きつった。かと思うと、懐から素早く拳銃を取り出した。ハンチング帽で顔を隠した相手も、ニヤつきながら銃を抜いた。
「おっと落ち着きましょうや。小鳥が囀る穏やかな昼下がりを、ちんけな銃撃戦でぶち壊すのは野暮だって思わない?」
見覚えのある若者は、銃を上に向けながら、そう男を……ヒバカリを諭した。
******
冷静に考えれば、腹に致命傷を負った人間が、成人男性を担いでドラム缶に詰めるのは不自然な状況だった。身体への負担が大きいし、出血をさらに酷くしかねないう行為だ。
しかも首を切られた遺体はご丁寧に、その傷を強調するかのような放り方で詰められていたのだ。
違和感を感じたまま、ハヤブサは見つけたヒバカリを観察した。そして、服についた血が少しだけ乾いていたことに気づいていた。流血が続いているなら、それが乾いていくのはおかしな話だ。
敵の流血を自分にわざと浴びせて重傷に見せかけたとわかれば、後は陳腐な偽装工作である。準備が不十分な中で考えた、苦肉の策だったのだろうが。
焦っていたハヤブサも、一目見た時は騙されていた。もっと巧妙に偽装工作を仕掛けられていたら、あるいは見逃してしまっていたかもしれない。
しかし、生存していると分かれば、意識するものは変わる。ヒバカリの工作に気づいたハヤブサは、あえてそれに引っかかることにした。そして、危急の事態から逃れてから、二人で話す機会を設けようと考えたのだ。
さっき、親娘と話している間、遠目で観察してる車があるのに気づいたハヤブサは、恐らくヒバカリだろうとして近づいたのだ。
「流石に、こちらの考えが甘すぎたようだな」
「ま、おかげでなんだかんだ命を拾ったじゃないっすか、お互いに。それに俺はただ、借りをちょっと返してもらいに来ただけでしてね」
走行中の車内で、助手席に座ったハヤブサが馴れ馴れしく話しかける。
なんとか臨戦態勢を説かせた彼は、ヒバカリが親娘の後を追おうとしていたので、ついでにと図々しくも同乗を要求したのだ。
こうなっては仕方ないと、ヒバカリは渋々助手席に座らせた。するとハヤブサは親戚の子供のように振る舞い始めた。
こういう態度の方が、周囲からは怪しまれないのかもしれないが、乗せている側はすっかり毒気を抜かれてしまっていた。
「聞かせて欲しいことがある、と言っていたな。お前もやはり、噂の遺産が目当てか?」
「こう見えて俺、年の割には稼いでるんっすよ? 大体ね、金が目当てならこんな回りくどい真似するより、電気椅子にでも縛り付けて拷問した方が早いでしょう?」
しがないバードウォッチャーの台詞じゃないなと苦笑いしながら、ヒバカリが煙草を取り出した。ハヤブサはそれを止めず、むしろ自分でも一本貰おうとして、持ち主に警官に目を付けられると拒否された。
「ガルダと不死鳥、二人の襲撃にアンタが関わってるか、聞きたかったんだ」
「これはまた、予想外のビッグネームが出てきたな。もし関係していると言ったらどうする?」
「俺がこの車の運転を永遠に代わることになるかもな」
緩んだ空気が再度張り詰めて、ヒバカリが横目で見ながらさりげなくグローブボックスに手をかける。しばし無言の時間が続いたが、やがてボックスから手を離したヒバカリは、話を続けた。
「誘われはしたが、断った。俺はああいう不特定多数が絡む仕事には向いていない。それに相手が悪い」
「懸命だね、アンタは。その懸命さがあの時もあれば、俺が休日返上で押しかけることも」
と、背もたれに脱力しながら寄りかかりつつ、ハヤブサは首を横に振った。
「……ってそんなことはどうでもいいや、じゃあ、依頼してきた奴は誰?」
「フード姿の男で、ゴライチェの遣いだと名乗っていた。が、実際はどうかわからないな。手口や目的が普段とは違うようにも思える」
やがて車は赤信号に差し掛かる。助手席で話を聞いていたハヤブサは、深く頭を俯けた。
今までなんとか掴んできた情報と、さほど相違のないものだったのだ。
「俺はこのまま汚れ仕事からは身を引くつもりだ。悪いがこれ以上揉め事に首を突っ込むつもりはない。二人を陰ながら見守りたいんだ」
「いやいや、それじゃ親父失格だね」
と返しながら、ハヤブサは突然シートベルトを外すと、あっという間に車から降りた。
「親父ぶるつもりなら、恥があろうが一緒に暮らせよ。それが何よりも家族の、子供のためだろ」
「俺は、あの娘の本当の父親かもわかっていないんだぞ」
と、首を横に振ったヒバカリに、ハヤブサは手指で銃を作って突き付ける。
「俺がアンタの偽装工作を見過ごして逃がすのは、あの娘のためだ。日陰者のアンタにお天道様は無理だ。素直に親父になる気がないなら、ここですぐに交通事故が起きる」
歩行者の信号が点滅を始め、間もなく青に変わることを示唆する。武器を介さない緊迫感で、体感時間が遅くなったようだった。
「命懸けで責任放棄なんて、割りに合わないって思わない?」
「バードウォッチャー風情がデカイ口を叩いてくれる」
ヒバカリが開け放たれた扉に手をかけながら、ハヤブサを睨む。
「……すぐには無理だ。が、そう遠くないうちに、俺は二人の元に戻ろう。もう二度と、怖い思いをさせないために」
ハヤブサは、そう告げるヒバカリの目を睨み返した。彼の目は思いの外細かったが、眼光には確かに決意が込められているように見えた。
この世界において、真実を正確に見定める目を持つ者はそういない。ハヤブサとて、じっくり相手を品定めはしても、決断を下すのに用いるのは己の感性だ。
銃の形にするのをやめたハヤブサは、彼の出立を見送れるよう、少し身を引いた。
「いつかこっそり、顔を見に行くよ。鳥さんを観察するついでに」
「そうか、心待ちにはできないが、お前の姿を探すのも面白そうだな」
今度は両手で望遠鏡を作っておどけたハヤブサが歩道へ飛び退くと、信号が青に変わった。ヒバカリの車はそのまま、真っ直ぐと駅の方角へ向かって消えていった。
別れに余韻などなかった。すっかり見えなくなったのを確認して、ハヤブサは車で走った道を歩いて引き返す。
すると視線の先に、見知った少年が見えた。相手がこちらを露骨にねめつけてきたので、ハヤブサは深くため息をつきながら彼の元に足を運んだ。
「こそこそとプライベートの侵害か? 嫌な趣味を持つようになったね、お前も」
「俺はただ目的に忠実なだけだ。その様子だと、また空振りだったようだな」
ハゲタカが心底がっかりした口調で言い放つ。
「本当に後始末はお前が責任を持つのか? この世界で引退宣言など、一番信じられない言葉だ」
「こう見えても人を見る目はあるつもりなんだよ、俺は。それよりお互い休暇で外に出てるんだから、どっかで食って帰ろうぜ」
「くだらん、俺は帰って訓練をし直す」
「馬鹿の一つ覚えに鍛えても頭が本当に馬鹿になるだけだぞ。美味しいもん食って寝ろ。そしたら目もスッキリするって」
と、帰る気満々だったハゲタカの腕を取って、ハヤブサが走り始めた。振り解こうとするが、まるで離れる気配がなく、ハゲタカは思いっきり眉間にシワを寄せた。
「ほら、おでこにシワが寄るのはお疲れの証拠だ。ぱーっと気晴らしに行こうぜ。良い姉ちゃんがいる店知ってるんだー」
「なっ……! お前のそういう不真面目な所が俺は昔から嫌いなんだ、離せ!」
顔を真っ赤にして抵抗するハゲタカの腕を、ハヤブサはまるでプロレスの組み技のようにがっちりとホールドした。
「お前もそろそろ大人の階段に足をかける時だぞ」
と、無理矢理連れて行った先の喫茶店で、ハヤブサは一押しのオムライスを二人分頼んだ。若いウェイトレスが注文を取りに来る間、ハゲタカはずっと下を向いて黙っていた。
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