『ハヤブサとガルダ』Part5
月日は流れ、ハヤブサは銃の反動に泣かされない程に成長した。
まだ未成年でありながら、その実力は師であるガルダも素直に認めるレベルとなり、師と一緒に仕事をするようになった
殺し、潜入、救出……依頼は様々だが、やがてハヤブサは一人で仕事を任されるようにまで名を上げた。
警戒心を解けるその若さに、鍛え続けた戦闘技術、そして声帯模写を生かした変装による撹乱やハッタリ。いつしかそれらは、個人としてやっていける売りになっていた。
この頃、師匠同士の繋がりハゲタカとトンビ、同世代の同業者と知り合いになっている。それぞれ年齢に見合わない技術を持っていたが、個人で仕事を受けた回数はハヤブサが一番多かった。
仕事の内容が内容だけに自慢して胸を張るようなことでもない。しかし、正直に言えばハヤブサにとっては誇らしかった。師の力も含めて評価されているような気分になれたからだ。
そんな思いとは裏腹に、ガルダはますます白髪や顔の皺が目立つようになった。出会った頃から既に加齢を憂いたボヤキが多かったが、今は口癖のように隙あらば愚痴るようになった。
そのせいか、以前は街の貧民街でひっそりと暮らしていたのだが、数年前から二人で山籠りを始めた。老骨に鞭を打つような転居だが、ガルダは同業者の中でも有名な男で、命を狙う輩も多かった。それまでは返り討ちなど容易かったが、老いた今ではそれも厳しくなっていた。
だから街中で窮屈に暮らすよりも、山の中でひっそりと暮らし、仕事の時だけ街に出ていく方が安全は確保しやすかった。だからこそ、下山する時の負担がガルダのぼやきを増やしているのだが。
「お前も立派に独り立ちできそうだし、俺も引退していい頃合いか」
「突然寂しいこと言うなよー。職人が仕事を辞めると一気に老けて、ボケやすくなるって聞いたことがあるぜ?」
「老眼も進んできたし、身体も仕事の度に軋みやがるんでな。一向に老けない不死鳥が羨ましいね」
不死鳥とは、ハゲタカやトンビを育てた師匠だ。ガルダと同世代とのことだが、そうは思えないくらい、見栄え良く年齢を重ねている男である。本当に不老不死じゃないかと、ハヤブサが思った程だ。
「アンタの介護なんてゴメンだ。せいぜい長生きして、俺の太鼓持ちにでもなってくれ」
「仮にもお前の師匠やってきた人間に、太鼓を持たせるのか? 俺の大事な足腰にガタがきたら、お前に車椅子を押させるからな」
師弟らしからぬ軽口の叩き合いも、慣れたものだ。十数年共に暮らしてきた二人は、師弟にして、義理の親子……いや、兄弟のような間柄になっていた。
不遜な態度を取りつつも、ハヤブサはガルダの元を離れる気はなかった。強く尊敬していたし、身内として大切に考えていたからだ。
ああは言ったが、もしガルダの身に何かがあれば、彼の命が尽きるまで傍に寄り添い、一日も長く過ごす。この時のハヤブサはそう心に決めていた。
しかしそれは、彼等が生きる殺伐とした世界では、普通には叶えられない。ハヤブサにとってそれは、生まれて始めた抱いた将来の夢であった。
******
ヒバカリの一家を地下から脱出させたハヤブサは、近くにあった小部屋に三人を隠す。元は更衣室だったのか、錆だらけのロッカーがドミノ倒しのように転がっている。そしてハヤブサは、ここで隠れて待つようにと伝えてから、部屋にあった通気ダクトのフィルターを軽く取り外した。
「何をするつもりだ」
「偵察だよヒバカリさん。可能な限りの状況確認と、逃げ道の探索。もし良さげなところがあったら呼ぶけど、ここを通るから服が汚れるのは覚悟しておいてくれよ」
訝しんだヒバカリの問いかけに、ハヤブサは平然と答える。一度に大勢で動くより、一人が内部を偵察した方が安全かつ効率的なのは言うまでもない。
しかし、不安もある。この三人が果たしてこの部屋でおとなしくしてくれるかどうか、だ。
実際、要件を話すとヒバカリは鼻で笑った。
「随分とあっさり信用してくれたものだな。お前の目がないうちに、一人置いてさっさと逃げることも可能になるな」
「一家心中したくないなら、オススメはしない選択だ。ねえ?」
リデとシアレにウインクを投げかけ、さりげない脅しも残してから、ハヤブサは器用にダクトへと滑り込んでいった。
「ちょっと待って、鳥のお兄ちゃん」
急に割り込んできたのは、シアレだった。ダクトに手をかけながら振り返ると、幼い少女はスカートのポケットからハンカチを差し出していた。
「これ使って、汚れちゃうんでしょ?」
「おっとありがとう、気が利くね。こりゃ将来、男が放っておかなくなるな」
餞別も貰って、ハヤブサは意気揚々と飛び込んだ。
流石に廃工場なだけあって、中はまるで掃除されていなかった。進む度に埃などで汚れきった空気が肺を蝕んだが、呼吸を最小限に抑えて対応するしかない。
進むうちに、いくつかの部屋をフィルター越しに目を凝らして確認する。どこもかしこも見張りが居るし、出口に通じそうなところがない。
窓から飛び出して、銃弾の雨を浴びない保証もない。裏口を探して母娘を逃し、自分達が囮になって時間を稼ぐしかないか。
偵察しながらいろいろ考えていると、話し声が聞こえてきた。声の響き方に加えて、複数人の気配がするのを鑑みるに、かなり広い部屋の横に着いたようだ。
今の所、脱走に気づかれてはいないようだが、ちんたらしていたら時間の問題であろう。
などと考えているうちに、にわかに部屋の中が慌ただしくなってきた。耳を澄ますが、壁に遮られているのでほとんど詳しくは聞こえなかった。
しかし、人が駆け出す足音だけははっきりと聞こえた。リーダーが何か指示を下して部下が散開して動き始めただろうことは想像が付く。
逃げ道探しどころではなさそうだ。早く戻っていかにこの状況をやり過ごすか、彼等と相談した方が良い。
一時撤退を決めたハヤブサは、器用にバックして元の部屋を目指した。
「これは、どういうことかな」
戻ってみて、ハヤブサはすぐにヒバカリが居ないことに気づいた。
リデが言うには、偵察に出てからそう間をおかず、一人で出ていってしまったのだという。
あの大部屋での騒ぎはヒバカリの仕業かと頭を抱えつつ、二人にそのまま隠れておくよう、厳重に言いつけた。
「おじさん、大丈夫かな?」
シアレが思わず漏らした一言に首を傾げつつ、ハヤブサは不安げなその肩を叩いた。
部屋から出ると、ここから敵の意識を遠ざけるためすぐに離れた。ヒバカリが本当に大間抜けでなければ、同じことを考えて動いているはずだ。
恐らく、人の気が少ない区画を目指し、彼なりに現状把握をするために動いていたのだろう。あれだけ釘を差したの墓穴を掘るなんてと、ハヤブサは呆れて深い溜息をついた。
ヒバカリが早まった行動に出た理由は、わからないでもない。ハヤブサ達が生きるこの裏の社会において、互いに信用できる相手はとても少ない。
ハヤブサとて、気軽に絡んではいるが、まだ出会って日が浅いノスリやミサゴを完全に信じているわけではない。今は協力関係にあっても、いつ心変わりするかなんてわからないのだ。
皮肉にも、この血なまぐさい世界において信用は最大級の価値と重みがある。裏切りが知れ渡れば協力関係の多くが消え失せるし、最悪の場合は報復として命に危険が及ぶことだってある。
つまり、まだ互いを信用していないヒバカリが、ハヤブサの言うことを素直に聞くと思ったのが甘かったのだ。早まったのは自分かもしれないと、ハヤブサは頭を掻いた。
気配を極力消し、幾人かの手下に気取られないようすれ違いながら、ハヤブサは探し回った。そして数部屋分進んだ先に置かれていたドラム缶の一つから、赤い液体が薄っすら滲み出ているのが見えた。
駆け寄って開けてみると、首を真っ赤に染めて死んでいる男が詰め込まれていた。
ヒバカリの仕業であろうことはまちがいない。周囲を見渡しながら耳を済ますと、微かに人の小さな息遣いが耳に入った。息を殺すようにしたそれは、少なくとも敵側のものとは考えにくい。
出所が近くの部屋と突き止めたハヤブサは、ドアノブを回してみる。鍵がかけられていたので、ベルトから針金を取り出して静かに解錠した。仕組みはそこまでややこしくはなかった。
空いた棚と掃除用のロッカー、そしていくつかの麻袋が放置されていた。元備品庫らしき部屋で、ハヤブサはまた耳を澄ます。
一見すると誰もいないように見えるが、息を止めて意識すると、気配があるのはすぐにわかった。
発生源であるロッカーに手をかける。しかし先に扉が開いた。
「……死神の迎えではなかったか」
中には血をたくさん浴び、腹を抑えたヒバカリが隠れていた。ハヤブサの顔を見ると、苦笑いしながら前のめりになり、ぐったりと倒れ込んでくる。
「撃たれたのか?」
「お前に頼らない方法を探して、お前の胸を、借りることに、なろうとは、な」
「馬鹿な真似しちゃって。家族が待ってるだろうに」
ハヤブサがヒバカリの肩を支えようと少しだけ屈んだ。が、その厚意はあっけなく当人によって拒絶される。
「見ればわかるだろう。俺はたぶん、そう長くない。すまないが二人のことは……」
「知らないガキに親の責任を押し付ける馬鹿がいるかよ」
ハヤブサは憤りを込めて、唸るように答えた。すると、あろうことかヒバカリは咳き込みながら、か細く声を上げて笑った。
「意外と真面目な奴だな。そうと知れていれば、もっとすんなり、信用できたか……」
体勢を崩したヒバカリは、棚に寄りかかりながら床に座り込んだ。すっかり呼吸が荒くなった彼の真っ赤な身体を見ながら、ハヤブサは歯を食いしばる。そして、苛立ち混じりに息を吐いて、乱暴に髪を掻き毟る。
「せっかくの手がかりがまたパーだ。冗談じゃないぞ、クソ」
「交換条件がなければ……二人を助ける義理はない、か」
今にも死にそうな男の発言としては、随分挑発的な一言だ。その通りだと答えたいところだが、ハヤブサにはできなかった。
親は仮にどうでもいいと切り捨てられても、関係のない娘までも見捨てることはできそうになかった。
ハヤブサは、床に落ちていたガラクタを苦々しそうに蹴飛ばしながら答えた。
「ったく、アンタの勝ちだ。命に代えてもとは言えないが、せいぜい努力するよ」
「……そうか、悪いな」
「ただ、冥土に行く前の置き土産くらいはよこしてくれていいんじゃない? 一つだけ聞かせて欲しいことが」
そう問いかけようとすると、大勢が通路を駆ける音が聞こえてきた。この部屋には目もくれず、どこか別の場所へと向かっているようだった。
残してきた母娘の二人が見つかったから動いているのだとしたら、せっかくした約束をもう守れなくなる。
「今回は、本当に割りに合わないボランティアになりそうだ」
苦しそうに腹を抑えながら苦笑いを返したヒバカリに、ハヤブサは少し困ったような笑顔で返した。
「借りはあの世で返すさ。いつになるかは、神のみぞ知ることだろうが」
「どうだろう、案外早いかもしれないぜ?」
「そうなりたくないなら、二人を連れてここを離れろ。そこに放置してある袋の中のものを使って、盛大な花火を上げるからな」
不敵な笑みを浮かべるヒバカリに、ハヤブサは朗らかな笑顔で返した。それ以上、二人の間に言葉はなかった。
部屋を出てから、ハヤブサは状況を簡単に整理する。
廃工場が慌ただしくなった原因はヒバカリが動いたせいだと考えていた。しかし、なんとか生き長らえている状況を見ると、他に何かが起こったらしい。
騒動の原因を推察しているうちに、発砲する音がいくつか聞こえた。音の方向を探ると、どうやら騒ぎの大元は外のようだ。
すぐ本格的に銃撃戦が始まった。こっそり窓から外を眺めても、位置が悪くて襲撃者の姿は確認できない。
すると、一際大きな銃声が聞こえてきて、呻きと共に人が転倒する音が耳に入る。
仲間をやられた怒りから、怒声とともに反撃に出たもう一人も、あっけなく床に転がった。
音からすると、長距離からの狙撃で二人はやられたようだ。対峙する面々は、悪態を付きながらも二の舞にならないようにと必死に声をかけあっている。
耳を澄ませていたハヤブサは、呆れたような笑みを浮かべた。
「タイミングが良いんだか悪いんだか。良い仕事を期待してるよ、トンビさん」
外からの襲撃者に目が向いている間に、ハヤブサは素早く母娘が潜む部屋へと戻った。
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