『ラプターズの誕生』Part3
数日後、ノスリは再び警官殺しの仕事を任された。しかもそれを伝えに来たのは、珍しいことにあのジャガーだった。
普段とは違う状況に、ノスリが警戒心を抱かない理由はない。露骨なまでに眉を顰めてみせると、話を持ち込んできたジャガーは微笑んで取り繕った。
「その仕事ぶりを、改めて是非見せてもらいたい。君が元同僚をいかにして痕跡を残さず始末しているか、興味があるんだ」
「この手の仕事は、基本的に一人に任せるのが鉄則のはず。何が狙いですか?」
と、ノスリは少しジャガーを睨むように向き合った。
失敗した時に依頼者や目的などが露見するリスクを減らす、大勢で動いて相手に気取られないようにする、などの観点から、暗殺の仕事は基本一人で行うのが望ましい。
仮に複数人で行うとしたら相手も複数居る場合や、サポート役を要するくらいである。しかし、警官殺しのような通り魔的犯行であれば一人の方が都合が良い。
そのことを知っているはずのジャガーが、間近でその仕事を見たいと言い出している。リスクを承知で申し出るということは、明らかにノスリに対して何か動きを見せるのが目的だ、と疑いを持つのは当然のことだ。
さりとてここで下手に断れば、ジャガーはそれを理由にノスリへの疑心をボスに報告するだろう。元警官という肩書は、こういう時に仇ともなってしまう諸刃の剣だった。
いずれにせよ、これ以上監視が増えたら諜報活動どころか、組織から抜け出すのも難しくなる。正体を暴かれるリスクは避けたいが、ジャガーの陰謀にあえて乗るのも危険な選択だった。
「何をカリカリしているんだ。私は君を信用しているからこそ、仕事を見学させて欲しいと言っているんだ」
「そうですか、もしあなたが焦れて獲物を取るような真似をするようなら、身の安全は保証しませんよ?」
「ははははは、言うね君も。だが私は、注文の品を静かに待てない男ではないつもりだ」
あくまでジャガーは紳士的な態度を装うが、滲み出る殺気はまるで隠せていない。こうしてプレッシャーをかけることで、ボロが出るのを待っているのだろう。
ハヤブサ達は何をしているのだろうか。こういう時のために、ノスリの周囲を監視して待機し、いざという時は援護してくれるはずだが。
知らないうちに見放されたかもしれない。もしジャガーの策謀がノスリの想像を大きく上回っていたら、ノスリは自分の頭を撃ち抜いてでも正体を隠す必要がある。
ジャガーとの会話を終えて、組織に充てがわれた自室に戻ったノスリは、遺書でも書いてやろうかと独りごちた。
ジャゼルの首都における夜の時間帯は、裏社会にとって真っ昼間だ。
この国には、かつてそんな皮肉めいた冗談が飛び交っていた。
前政権は、裏社会と非常に密接な関係を築いていたため、反社会組織はろくに取り締まりされなかった。治安維持を司るはずの警察が、マフィアと一緒にギャンブルで競っていたという逸話すらある。
治安があまりにも不安定なため、当時の子供達は、親から迷信を強く言い聞かされてきた。
夜は、大きな袋を持った漆黒の悪魔が現れる。彼はサンタだと自分を偽り、めぼしい子供を見つけては袋に放り込み、悪魔が住む世界に連れて行くのだ、と。
要するに、これは子供の夜歩きを戒めるための与太話だ。当時の治安はそれくらい劣悪で、大人ですら、夜の一人歩きは命の危険を感じる程だった。
整備が行き届いていないためか、首都ですら街灯が少なく、夜はかなり見通しが悪かった。おかげで警官の目も届かず、暴行、スリ、恐喝といった犯罪もあちこちで横行していたのだ。
かつてのジャゼルは、ほぼ無法地帯といった有様まで落ちぶれていた。
しかし、クーデター後の今は、まるで違う世界へと変化していた。過去と現在をその目に焼き付けてきたノスリには、それがよくわかる。
例えば今のような夕食時の時間帯に、かつては親子連れが手を繋いで歩くような光景は見られなかった。代わりに闊歩していたのは、スーツ姿のガラの悪い連中ばかりだった。
しかし現在は、清楚な服を着た親子連れが仲睦まじい姿をいくつも見ることができる。
亡き父が見たら、今の穏やかなこの町の様子を見て、どう思うだろうとノスリは思いを馳せる。
警官だったノスリの父は、ゴライツェ政権時代に殺された。警察と裏社会との繋がりを断とうと、腐敗を表沙汰にしようとしていた矢先の死だったので、ノスリは幼いながらも疑いの目を持った。
警察からは暴漢とトラブルになってリンチされたと伝えられた。成長して警官になると、ノスリも個人的に事件を捜査してみたが、捜査資料も内容が適当で、決定的な証拠は残されていなかった。
真相を暴いて父を無念を果たすことはできなかった。しかし、今のこの光景は、本人が望んでいた世界に、今は大分近づいているように見える。この行き交う人々の笑顔を、ノスリは父に見せてあげたかったと常々思う。
少し感傷に浸りすぎたと、ノスリは反省した。昔より平穏になったこの町を、マフィアの連中の手から遠ざける。それが今、父を思う娘ができる唯一のことなのだ、とノスリは信じて気持ちを切り替えた。
繁華街の中でも特に薄暗い道に差し掛かった。
治安が以前より良くなったとは言っても、暗い夜道を一人で悠々と歩ける程ではない。街の喧騒から外れて、別世界のような道に入れば、張り詰めた空気が立ち込めることもしばしばだ。
これから人を一人亡き者にするのがノスリ達の目的だ。よって人の目を避けるため、こうした人通りの少ない道を選ぶのは普通のことだ。
そんな中、曲がり角からボロボロの服を着た、ハンチング帽の少年が飛び出してきた。
彼がノスリの横を走り抜けようとした時、彼女は少年の腕を捩じ上げた。悲鳴を上げる少年の手には、ノスリの財布が握られていた。
すれ違い様に財布を奪い去る手際は、かなり手慣れたものだろう。普通の人間であれば気づかないうちに金品を奪われていたはずだ。
「ほう、鮮やかな手並みだな」
そう言葉をかけて、ジャガーはノスリを賞賛した。彼からしても、少年のスリの技術は眼を見張るものがあったらしい。
「だけど残念、相手が悪かったようね」
ノスリは勢いよく少年を投げ飛ばす。そして、軽く財布の財布が無事かを確認する。
その横で、ジャガーは蹲る少年を見下ろしながら、鼻で笑った。
「今の治世は平穏だと市民は両手を上げて褒め称える。だが現実はこの通り。飢えた子供にとっては今も昔も地獄の真っ只中だ。ゴライツェの時代と何が違うのだろうな?」
そしてジャガーは、寝転んだままの少年の腹に蹴りを入れた。腹を抑えて咳き込む姿を見て満足したか、やがて彼はノスリに視線を戻した。
「どうかしたかな? まさかあの短時間で中身まで盗られていたとでも?」
「まさか、一応しっかりと確認しただけに過ぎないので。早く行きましょうか」
ノスリの財布からは何も盗まれてはいなかった。しかし、札入れの所に小さな紙切れが入り込んでいるのを見つけていた。
仕込んだ張本人であろう少年には目をくれずに、ノスリはそう遠くない目的地へ向けてまた歩き出す。
紙切れに短く記された言葉を、静かに噛み締めながら。
到着したのは、今は使われていない廃ビルであった。
と言っても、見た目通りそこまで年季の入った建物ではない。今は壊滅した大規模なマフィアが、不動産会社のビルとして建設したのがこのビルだ。
彼等はここをアジトとして活動していた。いくら時の政権と繋がりがあったとはいえ、大っぴらにマフィアの看板は掲げられなかったからである。
しかし、ゴライツェ失脚後はあっさりとこのビルも放棄された。おかげで一階部分の壁は今や無数の落書きに支配されている。不届き者が夜を謳歌しているのは褒められたことではないが、平和だと市民には思われている証と見ればあながち悪いものでもないのかもしれないが。
さてここは、築十数年とそこまで古くないわりにくたびれた外観が印象に残る。建物は使われないと急速に朽ちると言われるが、相当放置されてきたのだろう。
ビルを見上げてみると、人の気配がまったくなかった。こんな夜中に警官が廃ビルを訪れるものかという疑問も残る。
メモの通り、あからさまな罠だと見たノスリは、表情で露骨に難色を示す。それに気づいたジャガーは、穏やかな笑顔で改めて事情を説明した。
「このビルには裏カジノ……というと大袈裟だな。まあ、小さな賭場があるんだよ。今回のターゲットも足繁く通っている」
標的となる警官は本来ならこちら寄りの人間であると、任務を言い渡された時に聞かされていた。
そいつに金を渡して、マフィアは警察の動向についての情報を得ていた。が、最近は賭場に毎日入り浸り、大負けしては借金を両手に抱えるギャンブル狂いに落ちぶれた。
ろくな情報も流さなくなったので、マフィアとの繋がりがバレる前に始末しろ、というのが今回暗殺対象として選ばれた理由なのだそうだ。
ジャガーの説明は、先の説明も含めて胡散臭い印象が拭えないものだった。
断れそうな理由があれば、すぐにでもここから離れたい思いだが、そのための屁理屈を並べ立てても、通じる状況ではない。
「手早く済ませましょう。階数は?」
「良い意気込みだね。奴の居場所は最上階の四階だ。言うまでもないが、エレベーターは動いていないから階段で登ることになる」
本当にこのビルに不良警官がいるのなら、ノスリの本音としては相応の報いを受けさせてやりたいところだ。まあ、本来の任務を考えると、そんな個人的な感情で粛清に加担するわけにもいかないのだが。
踏み込んだビルの内部は、外で見た時よりも古ぼけた雰囲気を醸し出していた。
壁や天井は、剥き出しのコンクリートにそれらしい塗料を塗っただけの簡素な作りだった。
ノスリがまず気になったのは、鼻につく埃っぽさだ。一応人がビルに入り込んだ形跡はあるようだが、賭場があるにしては普段から人の出入りがあるような痕跡に乏しい。埃っぽい空気も換気が行われていない証拠だろう。
階段へ上がる時、ノスリはあえて足音を立ててみせた。すると、殺伐とした空気が上階から漂ってくるのがわかった。
ジャガーの説明とは噛み合わない状況を見るに、彼が嘘を付いている可能性は一気に跳ね上がった。元よりノスリは、今回の件においてジャガーを信じてはいなかったが。
さりとて、あのメモをよこした人間に全幅の信頼をおけるかと言えば、また別の話だ。
いざという時の身の振り方も考えつつ、ノスリはジャガーを背後に引き連れるようにして建物の奥にある階段へ足を運ぶ。
異様な威圧感はますますもって、ノスリの肌に刺さった。このまま彼の言う通りに行動するのは命取りだ。
ならばと、ノスリは後ろから少し遅れて付いてくるジャガーに目を向けつつ、次の行動を起こす決意をした。
そのまま二階に上がった時、ノスリはその階の閑散とした様子に目をつけた。
「ここ、妙な気配がするわ」
突然そう言ったかと思うと、ノスリは腰から拳銃を抜きながら走り出した。
これは、あのメモに短く記された指示にあったものだ。
──人の気配がない階数で道を逸れて、ジャガーを引きつけろ。
あまりにも漠然とした指示だが、このまま最上階に上がるよりはマシな選択だろうと今は信じるしかない。
二階の廊下を走りながら、簡単に壊せそうな扉を探すと、ノスリは金具が錆びて少し傾いている扉をみつけた。
それを力一杯それを蹴倒して、ノスリは部屋の中に飛び込んだ。
電気がなくて暗いが、かつてはオフィスとして使われていた所らしいことはわかる。外のネオンなどから差し込む僅かな明かりで見る限りでは、部屋を支える柱と、乱雑に放置された事務机が倒されているようであった。
扉を蹴倒した衝撃で、綿埃やカビが舞って肺を苦しめる。だが今のノスリには、息を整える暇もなかった。
いきなり置き去りにされたジャガーは急いで追走し、ノスリが押し入った部屋へと続いて入り込んできた。
二人が室内に揃った瞬間、双方はお互いに銃を向けた。
「どうやら、お互い腹の中は読めているみたいね」
「なるほどな。ではどこの回し者か、まずは化けの皮を引き剥がすとしよう」
動きを予測していたジャガーのそれを見て不利と見たノスリは、素早く飛び退いた。
逃すまいと放たれた銃弾は、ノスリの左肩を一発掠めた。
さらにジャガーは、顔色を一切変えず、避けたノスリに銃口を向けようとするが、その前にノスリは部屋の中心にあった柱へと飛び込んだ。裏へ回ると同時に、二発の銃弾が柱に当たる音が聞こえた。
「今のうちに降伏するんだ。でないと、察しの通り最上階で待っている他の用心棒連中が集まってくるぞ」
あっさりジャガーは種明かしをしてきた。ボスの用心棒と言えば、皆揃って金で雇われた血の気の多い男達だ。
「携帯で呼びだせば、涎を垂らして降りてくるだろう。女にはいつも飢えているような連中だ。女性の尊厳を傷つけるのは、私の本意ではないが。今回ばかりは例外となるだろう」
紳士ぶったことを言うなら、このまま何もなかったことにして逃して貰いたいところだ。しかし、言葉の一つ一つに込められた殺意を鑑みるに、ジャガーがノスリを生かそうと心変わりすること考えにくい。
部屋の柱と、ジャガーが立ち塞がる入り口までの距離はそう離れていない。ただ待っていたら、本当に応援を呼ばれて逃げ場が完全になくなるばかりだ。
しかし打開策がないまま迂闊に顔を出しても状況は好転しないのも明白だ。
さらに、先程掠めた銃弾による傷は、致命傷ではないが無視できない鈍痛を刻みつけている。この薄暗い状況下において、一撃で相手を仕留める確実性が求められる中、この鈍痛は大きな枷となった。
早撃ち自慢のジャガーを相手にこれだけの不利を背負いながら、勝てる確証は持てない。下手に撃ち合うのは愚策となるだろう。
ノスリが次の動きを考えているうちに、ジャガーはついに携帯を手に取った。阻止したい所だが、相手の視線はノスリの隠れる柱から一瞬もブレてはいなかった。
「直ちに二階に集合するんだ。これからネズミを捌く」
いよいよ相手側が事態を動かすべく行動を起こしてきた。数分もしないうちに、入り口は血の気の多い用心棒達で埋め尽くされるだろう。
応援が来る気配は相変わらずない。いよいよ万事休すだと、自身の始末を考える段階にノスリの思考は移っていた。
自害などしてあの世に逝ったら、先に待つ父にどんな顔をされるだろうか? いや、そもそも父が天国に行けても、自分は地獄かもしれない。そう自嘲しながら、ノスリは自身の頭に拳銃を当てた。
「ジャガー、お呼びですか?」
覚悟を決めたその時、第三者の声がして、ノスリは柱の陰から入り口の様子を伺った。
どうやらニット帽を目深に被った男が、ジャガーの元へ駆け寄って指示を仰いでいるようだ。背丈はジャガーとほぼ同じようだが、目上の相手に接するためか、少し背中を曲げて背を低く演出している。
「随分早いな、ルースター」
その名前には、あまり関わり合いのないノスリにもよく聞き覚えがあった。
雄鶏の名を冠す用心棒で、民衆を先導することを得意としている。朝に雄叫びのような声を上げる雄鶏のように叫び散らすことから名付けられたのだそうだ。
彼の暴動を煽る言葉に惑わされた人々が騒ぎ始めた時、どさくさに紛れて標的を殺害するのだ。仕事を終えると、姿を消さずとも存在感はしっかり消してしまうので、周囲も犯人像も今一説明できなくなってしまう。
彼の服装はいつも、マフィアに属する人間としては非常に庶民的だ。印象に残りにくく、素性もバレにくく、逃げる時も街に溶け込むことができる。未然に暗殺を防ごうとする側からすれば、厄介極まりない暗殺者だった。
それにしても、四階から降りてきたにしてはやけに早い到着だ。そんな疑問を抱いた時、ノスリは自分に向けていた銃口を床に下ろしていた。
「他の面子はどうしたんだ?」
「チンタラしてるもんで、俺が先に状況確認をとね。で、話に聞いた女はどこに?」
ジャガーが無言で柱を指差すと、ルースターがポケットに手を入れながらこちらにじりじりと歩いてきた。
こちらに近づいてきたので、ノスリは自然と身構えた。ここは自決を覚悟するべき局面であるが、何故かノスリの頭は応戦せよと命じていた。
相手が近づく度に、部屋の空気が張り詰めていくのがわかる。その空気を破ったのは、ジャガーだった。
「そこで止まれ、今すぐだ」
ジャガーは銃口を味方であるはずのルースターへ向けていた。背中を取られてしまった彼は、慌てて両手をあげたので、これにはノスリも面食らった。
よく考えても見れば、二人で柱の側面からノスリを襲撃すれば、確実に仕留められるはずだ。にも関わらず、ジャガーが一人でルースターを向かわせているのは不思議な光景だ。
「ちょっと、俺に銃なんか向けんでくださいよ。女を独り占めしたいなら心配せずとも、あなたを差し置いて手は出しませんって」
必死に命乞いをするルースターの声は、どこかおどけた様子だ。
「四階には一〇人以上呼び寄せて控えさせている。しかし、他の連中の足音は一向に聞こえない。理由をお前は知っているな?」
言われてみれば実に単純な話だった。そんな初歩的な状況確認にすら意識が向いていなかったことを、ノスリは心の中で恥じる。
「そりゃ、アイツラ呑気にチンタラと歩いてるからですよ。撃つならノロマな連中でしょ?」
「三流役者の見るに堪えない芝居は閉幕としよう。さあ、正体を暴いてやる」
「……いや、お芝居はこれからっすよ。今からちょっとばかり、派手な場面が見られるかもね!」
と、憎たらしく口元を緩ませた偽のルースターに、ジャガーは迷わず銃弾を撃ち込む。
偽ルースターはそれを見越して飛び退くと、銃を懐から構えて反撃の構えを見せた。。
それを見たジャガーが避けようとするのを見るや、偽ルースターはニット帽を取って投げつけた。
難なく手で払うジャガーだったが、一瞬その視界は遮られたようだ。舌打ちしながら放たれた数発の銃弾は、標的には命中しなかった。
そのほんの僅かな隙に、偽ルースターは腰のベルトから筒状の物を取り出した。
刹那、薄暗かった部屋に強烈な光が灯され、ジャガーは思わず目を覆った。
「目眩ましか!」
それは、目を一時的に潰す、強発光のフラッシュライトだった。
見た目はサイズを小さくした懐中電灯だが、その光量は家庭用の物よりも何倍も強い。目に当てられれば、例えどんな猛者でも反射的に目を覆わずには居られなくなる。
怯んだ隙に、偽ルースターは拳銃でジャガーを狙うが、彼はすぐさま部屋から飛び出て、その射線から外れた。
「あらま、逃げられちゃった。でもまあ、今はこれで良いか」
と、残念そうにつぶやきつつ、偽ルースターは柱の裏にそそくさと回り込み、一部始終を身を隠れて見ていたノスリに気軽に挨拶をした。
「ようやく会えたね、お姉さん」
「……もしかして、アンタがハヤブサ?」
「大正解! でも残念、景品は用意できなくて」
くだらない冗談を挟む間に、二人が身を隠している柱にまた何発か銃弾が撃ち込まれた。
「三流芝居ではなく、インチキ手品ショーとは恐れ入った。まだ目がチカチカする」
「お褒め頂き光栄でございます、とね。ではお代は見てのお帰り……と言いたいけど、肝心の目を潰しちゃった」
ハヤブサはわざと挑発する言葉を投げかけた。
「先程、私の電話に出たのはお前か。本物のルースターに成り代わるとはな。間近で声をよく聞くまで、違和感に気づけなかった」
「即興モノマネは俺の特技でしてね。何ならアンタの声も真似てみせようか」
「不要だ。電話がお前に掌握されていたとしても、仲間はすぐ呼べる」
と言って、ジャガーは背後に広がる窓に数発撃ち込んだ。ガラスは耳をつんざくような音を立てて四散し、地上へと降り注いでいった。
つい背後を振り返った二人に、ジャガーは不敵な笑い声をあげた。
「銃声だけではやや心許ないが、これだけ煩くすれば流石に仲間も気づいて降りてくるだろう」
「なんだよアンタ、俺達に逃げ場を作ってくれたのかい?」
「逃げてもらって構わない。だが、今の私ならその背中を正確に撃ち抜く自信がある」
ノスリの背中に冷たい風が当たってきた。肺を突き刺すような冷え切った酸素は、埃っぽい空気とは違う不快感があった。
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