『ラプターズの誕生』Part1

 ジャゼル公国は、北方寄りにある海沿いの小規模な国である。少ない国土ながら豊かな資源に恵まれているのが特徴で、世界的に有名ではないが、一定の存在感がある国家だった。国土は本土と海沿いに面するいくつかの無人島のみと少ない。本土には未開拓の森こそ多いものの、標高の高い山が少ないため、開拓の余地と資源の算出に富んでいる。

 そんな国にとって、ここ十数年の政権転覆は、特に濃密な歴史と言えるだろう。




 この国を現在治めているのは、オイダン家と呼ばれる数十年続く一族だ。

 事の始まりは、今から先々代の国主の死からである。彼には男四人と女二人からなる六人の子供がおり、後継者に指名したのはやや病弱だが温厚で人当たりの良い長男ヴェイルであった。しかし、父の死後に権力欲を抱いた次男のゴライチェは、権力を手に入れるために裏社会と結託し、行動を始めた。

 そして、政敵として有力な長男、長女、そして三男を病気や事故に見せかけて亡き者にし、まんまと新たな国主として実権を得ることとなった。

 残るは四男と次女だが、彼等はまだ未成年であることから、権力闘争に参加できる立場にない。闇雲に血縁者を殺害しても悪評が際立つため、ゴライチェも世間体を気にして二人を軟禁状態にして飼い殺すことを考えた。

 自身の立場を脅かす者が居なくなったゴライチェは、次に穏健派で固められた旧体制の人間の粛清を進め、改革と称して軍部の人間や強硬派を多く要職に取り入れた。反発する前任者は計画的かつ秘密裏に暗殺され、政策も徐々に独裁性を帯びていった。

 やがて市民からも非難の声が出てくると弾圧も始まった。強制連行されれば二度と帰るものは居なかったため、国家警察は死神の如く恐れられた。

 まるで中世のような権力掌握を続けていたゴライチェだったが、その終焉は自らが生かしておいた四男ブラーズによってもたらされた。

 毒をもって毒を制すとばかりに、ブラーズは裏社会の有力者と協力し、対抗する策を模索した。

 一人はどのような仕事においても、どんな苦境に立たされても、必ず生きて帰ってきた不死身のスナイパー、通称は不死鳥。

 そしてもう一人は、数十人を相手にした籠城戦で、一度も相手にその顔を見られることなく全員返り討ちにした逸話を持つ暗殺者、通称ガルダ。

 民を悪辣な独裁政治から開放するという市民寄りの大義に賛同した二人は、父の代から密かな付き合いもあって、信頼関係も深かった。以来、関係者の間で極秘にクーデターの準備を整え、そして兄が別荘で遊興に勤しむ隙を見て、それを成功させた。

 一応の目的を果たして政権を奪取したブラーズだったが、大将首となるゴライチェを取り逃がすという失態を犯してしまった。しかも逃げたゴライチェは財産の多くを持ち逃げしていた。

 財産片手にジャゼル公国のどこかへと姿をくらませたことが、後に彼が反撃の狼煙を上げる火種となってしまったのは皮肉である。ゴライチェの息がかかったテロ活動は大小多岐に渡り、市民に多大な不安をもたらしてしまった。

 政権が変わって間もない混乱期な上、ゴライチェが味方に付けていた軍部の人間の多くが逮捕、死亡したことで、ジャゼルにおける軍事力は勿論、治安維持の能力を自前で補う力は急速に衰えていた。




 ブラーズは、もう二度と頼るまいとしていた不死鳥とガルダの二名に恥を承知で再度助力を求めた。頼まれた二人とその配下達は、期待通りの成果をあげ、テロリスト達を着実に減らしていった。

 掃討計画が始まって数年経ち、事件数が減り始めて治安の回復がようやく見込めるようになった頃だった。

 不死鳥とガルダの二人が、アジトごと強襲され、頭目である二人が殺害されてしまったのである。

 二大巨頭の死去は裏社会の勢力図を大きく変えた。これまで公国側に付いていた殺し屋やスパイの類の人間の中にも、旧体制派へ鞍替えする者が現れるようになった。

 裏切りはこの稼業においては自身の信用度を大きく下げる行為である。そのリスクを承知でも尚、生き残る手段として判断されたのだ。

 信頼していた二人の死には、ブラーズにとっては個人的なショックも大きかった。国主がやや体調を崩しがちになったことで士気も落ち、現政府は表からも裏からも、徐々に立場が脅かされつつあった。




 ******




 ジャゼル公国の領地は本土の他に、いくつかの小島も含まれる。と言っても人間の生活に適した環境ではなく、どこも無人島となっている。

 しかし、その一つの島に、一件だけ小さなボロ小屋が立っていた。年季の入った小屋の出入り口には、三人の若い男が立っていた。

 その一人、ハヤブサというコードネームを持つ男は、ライターで新聞紙に火を付け、小屋に向けて投げ捨てた。火は瞬く間に小屋の全てを飲み込んだ。

 このボロ小屋を燃やし尽くすことに、ハヤブサは正直いうと抵抗があった。そこは殺された義父達、不死鳥とガルダがかつて隠れ家として使っていた所だったのである。

 その二人が育ててきた孤児にして遺児である三人は、その名残を噛みしめるように、小屋の輪郭がはっきりと崩れるまで形見が燃えゆく様を見守っていた。

「さて、お別れ会はそろそろお開きとしようや。お迎えを待たせて機嫌を損ねちゃマズいだろ?」

 誰かが切り出さなければずっと留まっていそうだったので、ハヤブサがあえて口を開いて出発を促した。我に返ったように残りの二人も踵を返し、焼け落ちるボロ小屋に背を向けた。

「悪ぃなハヤブサ。いろいろと嫌な役を押し付けちまってよ」

 大男のしおらしい態度の謝罪を聞いて、ハヤブサは満面の笑みを返した。

「あんまり気にするなよトンビちゃん。大きな貸しにしといてあげるからさ」

「……お前ぇとだけは、金や物の貸し借りはしたくねぇな」

 雑談を交えながら歩く二人と違って、もう一人はそれには首を突っ込まずにひたすら歩き続けていた。

 元より愛想のない可愛げゼロの男であったが、育ての父にして師でもある不死鳥が死んでからは、さらにそれが悪化していた。

 ハヤブサはガルダ、ハゲタカとトンビは不死鳥と呼ばれた男に育てられてきたが、何者かの裏切りによって起こった襲撃と抗争により、彼等は仲間はおろか、その父まで亡くすこととなった。

 それぞれ裏切りの首謀者や襲撃を支持した黒幕には借りを返すつもりでいる。が、中でもハゲタカは人一倍復讐心を胸に抱いているようだった。

「だからって、おやっさんの真似して敵討ちが上手くいきゃ苦労しねぇってんだ、あの馬鹿」

「聞こえてるぞ。別に猿真似なんぞしてるつもりはない」

「その無表情を気取ってる所、完全におやっさんの真似だろうが」

 トンビの指摘を鼻息であしらったハゲタカは、さらに歩く速度を早めて先んじで行ってしまう。やや遅れ気味の残り二人は合わせてペースを上げつつ、顔を見合わせた。

「あのガキっぽい所、どうにかならねぇのかねぇ」

「いいじゃないか可愛げがあって。親を亡くして荒んだ俺達に、微笑ましい笑いを提供してくれるんだし」

 小馬鹿にした発言が頭に来たのか、ハゲタカが歯軋りしながら詰め寄ってきたので、ハヤブサは苦笑いしながら犬を宥めるように落ち着かせた。

 あまりにも緊張感がないのは自覚があるが、こういう空気感を楽しんでいる自分がいた。




 ハヤブサ達の目的は、育ての親を殺した組織や首謀者への復讐である。親が遺した仕事を引き継ぐため、と一応の大義は掲げてあるが、本音はただ自らの手で落とし前をつけることこそが最大の望みだ。

 しかし、ハヤブサにとって本当の復讐とは、相手の世界観ではなく自分達の人生観を貫き通すのが前提だと思っている。

 殺しの世界に生きる人間にとって、普遍的な倫理観は勿論、情愛など足枷以外の何者でもない。しかし彼等の義父達は、必ずしもそれらを全て捨ててきたわけではなかった。

 ハヤブサは、父であるガルダの教えや思いを守ったうえで相手のど頭に赤い華を咲かせてやりたかったのだ。

「ハゲタカちゃん、どうかそのままのお馬鹿さんでいてくれよ」

「よくわかった、売られた喧嘩は買おう」

 腕捲くりして取っ組み合いを始めかねないハゲタカを見かねてか、トンビがその馬鹿力を駆使して腹に一撃を見舞った。

 まだ成人前とはいえ、仮にも鍛えられた男をいとも簡単に無力化したトンビの拳が炸裂する様を見て、ハヤブサはこれ以上余計なことを喋る気持ちが失せていた。




 海沿いにいくと、一隻の小型クルーザーが止まっているのが見えた。近くにあった岩場の影に三人揃って隠れてから、ハヤブサは望遠鏡で確認する。

 船上には、小柄な少女が一人、お腹の下に手を重ねて、まるで高級ホテルの受付のように立っていた。

「旦那から伝えられた特徴には合致してるし、こんな無人島に一人佇むためにくる人間もいないだろうから、間違いないだろうけども。あとは暗号が通じるか否かだ」

 相手が何者か、すぐには判断できないと考えたハヤブサは、二人に待機するよう言って、腰の後ろに拳銃を潜ませながら一人立ち上がって手を振った。

「おーい、そこの綺麗なお嬢さん!」

 すぐに相手は気づいたようで、クルーザーから迷わず飛び降りると、静かにハヤブサの元へと歩み寄ってきた。

 できる限り二人が隠れている岩場とは距離を取るため、ハヤブサも距離を詰めてクルーザーと岩場の中間点程で立ち止まった。

 少女はハヤブサの胸の程度しか背がない小柄な少女で、色素の薄い髪を後ろで短く結んでいた。表情が見えず意思を推測しづらい相手だなと歯噛みしつつも、ハヤブサは笑顔で手を上げて声をかけた。

「綺麗なクルーザーだね、名前はあるのかい?」

「イージア」

 それは事前に聞いていた合言葉代わりのやりとりだった。ひとまずこれを知っているということは限りなく味方に近いということになるが、まだハヤブサは警戒を解かなかった。

「ファルコナーの旦那に秘蔵っ子がいるとは知ってたけど、予想外に若い娘さんだね」

「主には幼い頃に命を救われた。拾った命はあの方のために捧げるつもり」

「へぇ旦那、そういう犠牲のなり方、嫌うと思うけどな」

「命を粗末にするつもりは毛頭ない。あの方が天寿を全うするまで、お側でお仕えするのが私の夢だから」

 少女は淡々とそう語った。漠然と聞けば感情に乏しい嘘くさい言葉に聞こえるが、ハヤブサにはそう受け取れなかった。

 感情を表に出してはいないが、その言葉には主への、ファルコナーへの親愛の情がしっかり篭められているのを感じた。これでハヤブサを騙そうとしているのだとしたら、彼女は女優として大成できそうだ。

 という簡単なやりとりの後、ハヤブサは後ろの二人に合図を送った。すぐに立ち上がった二人は、警戒は解かないまま合流した。

「ハヤブサ、ハゲタカ、トンビの三名を確認。これからよろしく」

 深々と頭を下げる少女に、三人は視線を下げないように軽くお辞儀を返した。

「これはどうもご丁寧に、本土までの案内だけの付き合いとはいえ、頼んだよ」

「いいえ、私はただの案内人じゃない」

 顔を上げた少女は不穏な言葉を口にした。身構える二人を他所に、ハヤブサだけは腰に手を当てて首を傾げてみせた。

「それって、一体どういう意味?」

「私に与えられた名前はミサゴ、これからあなた達の仕事に加わることになる。改めてよろしく」

 新入りの挨拶にしてはあまりに愛想のないそれを聞きながら、三人は思わず顔を見合わせた。






 ジャゼル公国において現在問題視されているのは、警察関係者の暗殺事件である。

 この国におけるかつての警察は、軍の延長線から誕生した組織であり、警察軍と呼ばれていた。よってノウハウも軍事的な空気感が強く、ゴライチェ時代の恐怖政治とは悪い意味で相性が良く、市民を警察の権力によって畏怖させていた。

 しかし、ブラーズの代になって軍の支配する組織は軒並み見直され、従来の組織図は軒並み解体された。そうなると面白くないのは軍関係者で、軒並みブラーズによる政策には非協力的な態度を取り、上層部の多くはゴライチェ政権の崩壊と共に行方をくらませた。市民から恨みを買った現場の警察官達も、軒並み国を出ていった。

 ブラーズ政権下における警察は、他国と同様に治安維持組織としての要素を強く意識したものとなり、市民からの認識も良好なものへと変わった。

 だが、実のとこ再編された現場の警察官は、軒並み実践経験の少ない人材ばかりであった。ベテランと呼べる程の熟練者が大幅に減った新たな警察は、ゴライチェら旧体制派から見れば剥き出しの弱点を曝け出しているようなものだった。

 こうして始まったのが、殺し屋や殺人鬼をけしかけて、下っ端の警察官を含む警察殺しであった。

 そういった殺し屋に真っ向から対抗し、事件を可能な限り未然に防いでいたのが、不死鳥やガルダらの一味だった。以来、警官殺しは目に見えて減り、治安も徐々に安定していた。

 そんな矢先に二人が死んだことにより、減りかけていた警察殺しは、再び増加の一途を辿ろうとしていた。




 *****




 警官殺しによって、離職率の増加と志望者の減少による人員不足が問題になりつつあった。

 事件が最も盛んだった時期から警官を辞めずにいた面々は、それだけで勇者と讃えていいかもしれない。

 だが、警官達に危害が及ぶ懸念は払拭できないままである。特に夜のパトロールの危険性はずっと拭えずに居る。

 勤続三年目となる新人、ベイラー巡査も不安を抱えつつもパトロールの当番をこなしていた。

 夜は殺し屋でなくても、人が闇に紛れて様々な悪事に手を染めやすい時間である。例えどれだけ命の危険が間近に迫る状況であっても、建物の中で震えているようでは治安維持の担い手として話にならない。

 ベイラーは、将来を有望視されている、真面目な若人であった。彼とて警官殺しへの恐怖心があることは否定できずとも、毅然とした態度で日々の問題解決に取り組んでいる。市民が求める警官としての理想的な勤務姿勢と言える彼の姿は、市民から厚い信頼を受けていた。

「く、苦しい、水をくれ、うぇぇ」

 酒場の裏手から人が苦しむ声が聞こえてきて、ベイラーは声の元へと駆けつけた。路地から出てきたのは、ローブのような砂色の上着を着た男で、胸を抑えて酷く苦しんでいる様子だった。

「大丈夫ですか? 僕の言っていることがわかりますか? 話せますか?」

 いろいろと問いかけるうち、ベイラーは顔をしかめた。男から酸っぱい匂いと酒の匂いが混ざりあった異臭が漂ってきて、否が応でも表情が歪んでしまう。

 人間ごと洗濯機に打ち込んで、腹の中から全て洗い落としてやりたい、と心のなかで文句を垂れながら、ベイラーは崩れる男の肩を抱き起こした。

「う、うぅぅ……」

「しっかりしてください。今、近くの医者にお連れしますから」

「……そう、かい。だが医者に行くのは俺じゃねぇ」

 思わぬ返答にベイラーは思わず首を傾げたが、すぐに彼は言葉の意味を理解した。異臭漂う男の手には拳銃が握られていた。

「いや、直接墓場かもしれねぇな。どっちでもいいけどよ!」

 ベイラーは咄嗟に懐の拳銃に手をかけたが、それでは当然間に合わない。ふとベイラーの脳裏に心配そうな両親の顔が浮かび上がる。

 最後の最後まで警官になることを反対していた両親に、警官として誇れる姿を見せようと今日まで頑張ってきたのに、心配通りの事態になってしまうなど、情けない。

 目を瞑ると同時に、顔面に血飛沫が飛んだのを感じた。血飛沫の嫌な感触に歯を食い縛りながら、ベイラーは神と両親に祈った。神に慈悲があるなら、どうか自分の最後の思いを両親に届けて欲しいと、強く願いながら。

 しかし、しばらく経ってもなかなか意識が消える感覚がない。ゆっくりと目を開けてみると、顔中に血が飛び散っていた。

 そして歩道を見下ろすと、先程自分を殺そうとしていた正体不明の男が、額に大きな穴を開け、大口を思い切り広げながら仰向けに倒れているのが見えた。

 自分の銃はまだ懐で眠っている、ということは自分ではない誰かによる狙撃ということになる。

 ベイラーは周囲を見渡したが、異変を聞きつけて窓から顔を出すアパートの住人の顔が見えるだけであった。

 だが、それとは別に誰かがこちらを見下ろしているような気配を感じる。不気味にも感じる視線だが、不思議と殺気は感じ取れなかった。

「一体、何がどうなっているんだ」

 やがて、男の射殺死体に気づいた女性の悲鳴が周囲に轟き、ベイラーはようやく意識を現場に戻す。冷静さを取り戻した時には、謎の気配は消え去っていた。




 *****




「おいおい、俺を見つめたってダメだ。あの世行きの切符は生憎一枚しかないんだ」

 人の気配がないビルの一室で、ハヤブサは独りごちる。そして腕に抱えていた狙撃銃を一部解体し、素早くギターケースに収め、階段を降り始めた。

「こちらミサゴ。ハヤブサ、首尾は?」

「滞りなくぶち抜いたし、完全に勘付かれる前に撤収した。他はどうなんだ?」

「ハゲタカとトンビの方も、暗殺阻止に成功した。アジトに戻って待機をお願い」

「はいよ、道草食わずに帰るよお姉さん」

 ミサゴと共に仕事をするようになって早一週間、ハヤブサはミサゴと組んで警官殺しの阻止に勤しんでいた。

 ハヤブサがミサゴと組むことになったのは、他の二人が組むのを嫌がったためである。たかが一週間で信頼を得られる程甘くはないし、ハヤブサとて全面的な信頼を置いているわけではない。

 勿論、ミサゴは態度や実力で信頼の証を立てようと努力しているのは明らかだったし、彼女の育ての親にしてハヤブサ達に指令を下すファルコナーも、精一杯ミサゴが信頼を得られるよう、今日まで尽力してきた。

 そもそもミサゴは、ファルコナーの秘蔵っ子で、元々は家事の手伝いをお願いしつつ、やがては社会人として独り立ちしてもらおうと考えていたらしい。

 しかし当の娘は親の心子知らず、ファルコナーの仕事を手伝うと言って譲らず、結局スパイとしてのノウハウを独学で学び、今までずっと鍛えてきたのだそうだ。

 あげく、ファルコナーが暗殺者に襲われそうになったのを助けたことを契機に、彼も娘の覚悟を肌で感じて、自分の仕事を手伝って貰うことを認めたという。

 今日はハヤブサが暗殺を請け負ったが、ミサゴの技術も凄まじかった。その足捌きはハヤブサら三人でも目を丸くする程で、実際軽く手合わせを挑んだトンビは、初戦で虚を突かれて負けていた。

 三人の中で最も体術や格闘戦に優れたトンビを負かしたという事実だけでも、実力は十二分と言って差し支えないだろう。しかしどうにも表情が見えづらい少女であるためか、ハヤブサ達は全面的な信頼を置くには至っていない。

「だけど、こんな露骨に妨害して大丈夫? 情報提供者が疑われかねないよ?」

 そして今回ハヤブサ達が携わるこの暗殺仕事は、ミサゴがやりとりしているというあるスパイからの情報提供により成り立っていた。

 その名はノスリ。写真は既目を通した後で処分しているが、髪の長い女性で元警察官という経歴を持っているのだという。

 ちなみにファルコナー曰く、ミサゴと同じ新たな面子として考えているのだというが、勝手に決められハゲタカは特にご立腹だった。

「そろそろ潮時だとノスリは言っていた。抜け出す時は援護して欲しいとも。近いうちに要請がくるから、準備は万全にお願い」

「お出迎え用の白馬と王子様の衣装セット以外なら、万全のつもりだ」

「ノスリは地味な服が好きだそうだから、派手な物をわざわざ用意する必要はないわ」

 冗談に真顔で普通に返事をされて、ハヤブサはつい苦笑いを漏らす。真面目というか無関心というべきか、いずれにせよ返答が読めないのはやりづらかった。

 ハゲタカのようなクール気取りではなく、本当の意味でクールな相手は、ハヤブサとしては少々苦手な部類だった。冗談とは相手の反応をある程度予測して言い放つものだが、彼女は怒るわけでも突っ込むわけでもなく、真面目な返事しかしてこない。

「ノスリってのは、ミサゴから見てどうなんだい?」

「警察官らしく、きっちりと仕事をこなす人。潜入任務の時は、随時臨機応変に立ち回って急場を乗り越える。私よりもスパイが上手い」

 そりゃそんな無表情な人間よりはマシでいてくれないと困るわけだが、とハヤブサは心の中で指摘した。

 だが、ハヤブサが変に探っても今は仕方がないことだ。実力のない人間であれば、自分達と顔を合わせるより前に、変わり果てた姿で対面するだけの縁にしかならないのだから。

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