Raptors ーラプターズー

灯宮義流

『暗闇を跳ぶ』

 小高い山奥に立てられた大きな屋敷があった。輸入業で財を成した男が、建てたそれは、木造のシックな作りだが、見方を変えれば小さな城にも見える豪奢さだった。

 通称「コウノトリ」と呼ばれる男の屋敷では、定期的に得意先を集めてパーティーが開催される。普段なら周囲は鳥か虫の鳴く音しか聞こえないくらい、人家のない土地である。が、今は人々の談笑や演奏などの催しで都会のような賑わいを見せている。

「流石はコウノトリと呼ばれた御方だ、貫禄がありながら救世の輝きを背負っているかのような佇まい!」

「お言葉はありがたいのですが、取引のお値段はこれ以上下げられませんぞ」

 客の半分は、男と少しでもお近づきになろうという思惑を持った商売人達だ。代わる代わる男に話しかけては、顔を覚えてもらおうと必死に媚びを売る。

 一方で、そんなコウノトリを横目に見ながら含み笑いをする連中は、彼の裏の商売に興味のある人間であった。

 今、揉み手をしながら媚びへつらっている人間達は、握った相手の手が血の火薬にまみれてきたことを知らない。




 輝かしい表の姿と、薄暗い裏の姿を持つコウノトリだけに、パーティーでは外部から用心棒も雇っている。渋い色合いのタイトなスーツで身を固めた、ロングヘアの女もまた、その一人である。

 同じく、外部から雇われた人間は、皆その女には近づかなかった。元警察官という肩書きが、虫除けコロンのように傭兵を遠ざけているのだろう。

 殺気をピリピリと漲らせていなければ、花束を持って現れる男性が後を断たなかっただろうに。

「あんな真面目だけが取り柄そうな美人さんが、サツを追い出されるヘマか、想像がつかん」

「さっきすれ違ったが、ありゃ俺達と同類の目だよ。厄介払いされたんだろうが、男絡みじゃねぇのか?」

 野卑な笑い声をあげていた傭兵達の頭の間を、何かが突き抜けていった。反射的に飛来物の行く先に目をやった男達は、壁に刺さる竹串を見て絶句した。

 見れば、話題にあがっていた警察崩れの傭兵女が、竹串を弄んでいるのが見えた。

「お喋りが過ぎると寿命が縮むって、私の父はよく言っていたけれど、今ならしみじみと理解できる」

 傭兵の男達は、舌打ちして精一杯の強がりを見せながらも、そそくさと逃げ出してしまった。





 パーティーもいよいよ締めのデザートが運び込まれてきた頃、傭兵女の足が動いた。無線で理由を尋ねると不審者を見つけたのだという。

 傭兵女が向かう先には、大男を連れた若い青年が居た。恐らく参加者で最年少なのは間違いないだろう。

 隣のボディーガードらしき男の方が、まだ貫禄がある。しかし、岩壁が削り取られて形作られたような人相は迫力があるが、女傭兵は面構えで臆するような人間ではない。

「パーティーは楽しまれていますか?」

「おぉ、これまた綺麗なお方! しかしまあ、使用人さんにしちゃ地味な服装だね。それとも探検家さんか何かがご出席されているので?」

「いいえ、こちらで働かせて頂いているのは同じですが、もう少し荒っぽい業務を任されております。少しあちらでお話できますか?」

 と、女傭兵は丁寧に、しかし鋭い目付きで青年を睨みつけた。簡単な揺さぶりであったが、どうやら効果は十分すぎるくらいあったようだ。シャツの襟をいじりながら、青年は精一杯にこやかに答えた。

「わお、美人さんからの誘いなら喜んで! と言いたいけど、そんな疑心丸出しの目で言われちゃうと、流石の俺も警戒しちゃうってもんだよ?」

 と、青年が目配せすると、ボディーガードの大男が女傭兵に手を伸ばしてきた。が、その手は簡単に捻られ、その巨躯はいとも簡単に宙を舞った。

 投げ落とされた大男は苦痛に顔を歪めながらも立ち上がり、女傭兵に掴みかかろうと丸太のように太い腕を伸ばす。

 しかし、女傭兵は身を屈めてそれをやり過ごし、大男の肩を飛び越えてからその背中を踏みつけて再び蹴倒した。

 人が床に叩き落される音を聞きつけ、参加者は騒然となっていた。そして青年の余裕綽々だった表情は、自慢のボディーガードが倒されると一瞬にして崩れ去っていた。

 軽いパニックになりかけたが、近くに居た使用人達が必死に落ち着かせつつ、人払いを始めたその場は事なきを得た。

 駆けつけた傭兵達と協力して、改めて持ち物チェックをすると、持ち物から小型の拳銃や刃物が見つかった。

 女傭兵の目は鋭かった。この二人の不穏な様子をあっさりと見抜いてしまったのだ。

 どうしてわかったんだと他の傭兵は口々に問いただしたが、聞かれた当人は鼻で笑って企業秘密だとあしらう。

「本当に頼りないね。その体たらくじゃ、最悪コイツラに逃げられかねないよ」

 女傭兵がそう不安をぶつけると、黒服を着た屋敷のボディーガードは周囲の傭兵達を一睨みしてから手招きをした。

 自分で言ったからにはと、女傭兵は下手人達の背中に拳銃を押し付けつつ、屋敷の奥にある個室まで付き添った。

 部屋の前に着た時、黒服の一人が女傭兵の肩を叩いて足を止める。

「ここまでくれば心配はない。後は我々に任せて持ち場に戻れ」

「どう心配がないのか教えてくれないと、せっかく捕まえたこの二人が万が逃げ出したら……」

「ここから先は関係者以外は立ち入り厳禁だ。この先を知りたければ、我々の正式な仲間になるといい。だが、雇用の交渉をしようにもボスは今、手が離せない。今回は嫌でも俺達を信じろ」

「じゃあ、これから押し込まれるその二人は関係者だって言うの?」

 尚も食い下がる彼女に、黒服は不敵に微笑みながら答えた。

「まさか、コイツラを生きて屋敷から出してやると思っているのか? まあ、これだけ言っても付いて来るというなら、一緒に詰め込んでやってもいいが」

「あー、私はまだまだ命が惜しいお年頃だから。小悪党どもはせいぜい可愛がってもらいなさいな」

 と、銃を突きつけていた二人を床に蹴倒してから、女傭兵は立ち去る。命乞いか最後の抵抗か、二人は必死に彼女を睨んだが、当人は無視を貫いた。






 その後、何事もなく、女傭兵はパーティーの護衛を済ませた。

 屋敷お抱えの人間に後事を託してから、そそくさと退散することとした。が、女傭兵の働きに大層ご満悦であったコウノトリは、馴れ馴れしいと振り払いたくなる程のしつこさだった。

 彼女は、コウノトリからお礼を言われながら何度も専属のボディーガードになって欲しいとせがまれた。しかも提示された報酬や待遇の良さは、これ以上ない内容だ。これを二つ返事で受けた方が、一匹狼として動くよりも安定した収入が得られる。

 しかし、女傭兵は思うところあってこれを固辞した。コウノトリはしつこく粘ったが、結局彼女が首を縦に振ることはなかった。

「気が向いたらいつでも話してくれ。いつだってさっきの条件か、それ以上で受けよう」

 最近人材マニアめいたことをしていると噂が立っていたが、この執着心には女傭兵も不満の表情を隠せなかった。今回の警備で集まった傭兵の質を見るに、納得のいく逸材をまだ手元に置けていないのだろうか。

 最後は名残惜しそうに見送るコウノトリにふりかえることもなく、さっさと屋敷を出ていってしまった。





 自分の申し出に一切色よい返事をしなかった女傭兵を見送りながら、コウノトリは独り言をつぶやく。

「生け捕りにするんだ。もし死体で戻ってきたら、貴様達全員、ペットの共同墓地に送ってやる」

 薄ら笑いを浮かべながらそう告げた彼は、してやったという顔で屋敷の奥へと戻っていった。女傭兵が捕まえた捕縛者をどう尋問しようかと、どこか歪んだ笑顔を浮かべながら。





 屋敷から出ると、それを囲む木々が女傭兵を出迎えた。砂利で舗装した私道を除けば、この辺りはあまり手を付けていないとのことである。おかげで夜闇が意地悪く不気味さを演出してくれている。

 その道から視線を外し、残された森に目を向ける。そこには、女傭兵が屋敷に来る途中に自力で見つけた獣道があった。さっきの舗装された道なら、街の明かりも見えるし、月明かりもしっかりと照らしてくれるだろう。だが、あえて彼女は私道を選ばなかった。

 女傭兵は、ライターで少し森の奥を照らすように揺らしてから、やや険しい獣道へと入っていった。森の中はライターありきでも先はほとんど見えない。

「鬼が出るか蛇が出るか」

 頼りになるのはかろうじて差し込む月明かりと、手に持ったライターくらいだ。

 目を闇に慣れさせつつ、道をじっくり確認しながら女傭兵は速やかに移動する。こうした暗闇の中で行動する術を、彼女はしっかりと身に付けていた。

 その間、何かの気配が集まってくるのを感じた。気配は女傭兵を包囲するように動いているのがわかる。あえて獣道を選んだが、どうやら相手は逃がす気はないようだった。

 強行突破は無理だと悟った彼女はライターの火を一度消し、静かに息をついてから、堂々とした姿勢で歩き始める。

 少し歩いた先で、行く手に明かりが灯った。身構えながら目を凝らした先には、ライターを掲げてニヤつく男が居た。

「お見送りなら結構、帰って」

「とんでもない、連れ戻しに来たんだよ」

 男はヘラヘラした笑顔を一切崩そうとしない。既に包囲は狭まっているのを、女傭兵は肌で感じていた。

「アンタらの態度はどう見ても穏やかじゃない。もしかして私、何かご主人の機嫌でも損ねた? 見に覚えがないんだけど、何か聞いてたら教えてくれないかな?」

「ボスは君のことが大層お気に入りでね。素直に誘いを受けておけば、穏便に事が済んだだけの話だが、もう遅い」

 いよいよ他の面々も気配を隠そうとしなくなった。徐々に追い詰めて恐怖心を煽ろうという魂胆なのか、懐から拳銃を取り出し、わざとじっくり銃口を向けた。

「ボスからは殺すなとは言われているが、無傷で捕らえろとは言われちゃいねぇ。外面さえ整ってりゃ、後は俺達の好き放題ってことだ」

 男は野卑な笑い声をあげると、包囲している敵の息遣いが変わった。欲望を隠そうともしない男達の態度にうんざりしながらも、女傭兵は強気に答える。

「へぇ、私と遊びたいんだ。じゃあせっかくパーティーの名残もあるし、私達とダンスでもしてみる?」

「へへ、お前さんも結構乗り気……私、達?」

「ええ、まあ私はダンスそこまで得意じゃないから、連れがメインになるけど」

 途端、男の呻き声が闇の中から聞こえてきた。品性の欠片もない息遣いが消え、一転して短い叫びが、示し合わせたかのように聞こえてくる。

 先方に立っていた男は、仲間達が次々と倒されている事に気づき、拳銃を両手で構え直した。

「そこまでにしとけやクソが! この女の目ん玉撃ち抜かれたくなきゃ、両手を挙げてとっとと出てこい!」

 男の呼びかけに応じて、木々の影から一人がフラフラと歩いてきた。一体どんな奴が自分の仲間を制圧したのだろうかと思ったが、出てきた相手を見て、男は思わず顔を歪めた。

 右目と左耳に小型のナイフが深々と刺さった男性が、焦点の合っていない目で、男を見ながら出てきたのだ。脅して引きずり出そうと考えていた男は、自分の仲間の見るも無残な姿を見て、怯んでしまった。

 その隙を、女傭兵は見逃さなかった。手に持っていたライターの火を改めて点けると、負傷した仲間に意識を向けた男に投げつけたのだ。

 男は反射的に叩き落とそうとしたが、その頭を何かが一瞬で突き抜けていった、威勢よく怒鳴っていたはずの男は、糸の切れた人形のように前のめりで倒れる。

「援護ありがとうミサゴ。何人くらい居た?」

 女傭兵の問いかけに、連れと紹介された者は、ようやく闇の中から姿を表した。ミサゴと呼ばれた背の低い少女は、ナイフについた血飛沫をハンドタオルで拭いながら答える。肌の色合いのせいか雪のように白い印象を受ける彼女だが、その身体にはほとんど血は付いていない。

「……大体一〇人程度。ノスリの方は、何か怪我をした?」

「私は特になし。強いて言うなら三下どもの吐息が気持ち悪くて、吐き気がするくらい」

「……ごめんなさい。吐き気止めとかの薬、今は持ってない」

「はぁ、冗談を真面目に返されても困るんだけど」

 ノスリと呼ばれた女傭兵は、鼻の頭を掻きながら苦笑いした。

「ハゲタカの狙撃、大分遠くだったようだけど、屋敷の援護に間に合うの?」

 その問いに、ミサゴは上着のポケットから取り出した通信機を投げ渡した。耳を当ててみると、若い男のため息交じりの声が聞こえてきた。

「今回、俺達はお膳立て役に過ぎない。アイツラが失敗するようなら、俺達の仕事は救出でなく証拠隠滅のはずだ」

「一番動いてない人間が、偉そうに言ってくれちゃって」

「いつも無茶な狙撃を要求する奴に、言われる筋合いはない」

「いずれにせよ、急いで合流しなさい。手を貸すにしても消すにしても、アンタの役割はまだ終わっちゃいないんだから」

 と、緊張感のないやりとりをしつつも、通信機越しにハゲタカが準備している音が聞こえた。ノスリも余裕をかましている場合ではないと、ミサゴに目配せして屋敷へと引き返した。




 屋敷には大きな地下室があった。華やかな地上階から一転して、コンクリートが剥き出しとなった、冷たい印象ばかりが目立つ通路が広がっている。

 地下には、コウノトリの裏の顔を表す品々が所狭しに置かれていた。銃火器などの武器に加えて、弾薬や爆発物なども豊富にストックしてある。

 コウノトリはこれらを他国の、特に小規模な国の紛争地域で取引していた。これらをアングラ組織やテロリストなどに売り捌き、各小国の内戦を煽っているのである。

 俗に言う死の商人と呼ばれる類の人間であるが、彼はある意味死神と言っても良いのかもしれない。

 そんな地下室に連れてこられた侵入者二人は、連行してきた二人によって、とある個室に押し込められていた。扉が閉められて以降、中から痛々しい殴打の音と、呻き声が絶えず響いていた。

 大分痛めつけられ、声が弱まってきた頃、コウノトリは悠々と現れた。個室から響く痛ましい音を聞いて満足げに微笑みながら、彼は個室をゆっくりと開け放つ。

 コウノトリと呼ばれながら、裏では死を売り歩くこの男は、暴力的な一面も持っていた。要するに、侵入者に対する直接的な拷問に快感を覚える性質の人間なのである。

 見れば部屋の中には椅子に縛られてぐったりとした青年と大男がいる。部屋に積まれた火薬の木箱には、拷問役の男二人が寄り掛かるようにして休んでいた。

「ご苦労、何か吐いたか?」

 という問いに、部下はだらんとした体勢で木箱に身を預けていた。長い時間殴り続けたせいで、声も出ない程に疲弊したのだろうか。

「おいおい、これくらいで息が上がるようじゃ困る。私の護衛がそんな体力では頼りないぞ」

 と、部下の肩を叩くと、彼はゆっくりとコウノトリの方へ向けて倒れてきた。

 思わずコウノトリが避けるともう一人に肩が当たり、力なく地面に突っ伏す。

 一瞬状況が読めなかったが、事態を理解したコウノトリはすぐに懐に手を伸ばした。護身用の拳銃を取り出すためだ。

 刹那、俯いていた大男が跳ね起きて、銃を取ろうとしたコウノトリの手を力強く握り潰した。

「あああっ! 右手がっ! ぬああああっ!」

 細い骨が折れる音が幾重も鳴り響き、コウノトリは腹の底から唸った。握力だけで砕かれた右手の指は、それぞれがあらぬ方向に曲がっている。

 今までぐったりしていたはずの青年はいつの間に立ち上がり、歯を食いしばるコウノトリを見て、苦笑いしながら首を傾げていた。

「コイツラは何も吐かないうちに天へ召されたが、この地下は一通り調査させてもらっちゃいましたよ。長々と拷問するよりもずっと平和的かつ安全だ」

「大方、俺達の予測通りだったが、個人向けに力入れて商売をしていたとはな。おまけに搬出用の地下道まであるとは恐れ入ったぜ。よくあんなところまで掘ったもんだが、地下の監視を怠りすぎてたな」

 徐々に状況が読めてきたコウノトリは、顔を青くする。圧倒的に不利な状況から、どう逃げ出そうか頭を捻るが、あまり浮かばない。

 そんな心情を悟ったのか、わざとらしく青年が目をパチクリとさせる。

「あらら、この御方、まるで世界の終わりを目にした顔していらっしゃる」

「喜んで俺達を拷問しに来たクソ野郎が、痛みに関しちゃ無知ってか。気に入らねぇ、痛ぇのがどんなものか、教え込んでやらねぇとな」

 眉間に青筋を立てた大男は、必死に折れた右手で抵抗するコウノトリなど物ともせず、左腕を容赦なく捻り上げた。

「ごぉぉっ……き、貴様等ぁ、調子に乗りやがって」

「あらら、コウノトリさんの化けの皮が剥がれてきちゃったな。お色直しするならその辺りの火薬を用意してあげようか。結構似合うんじゃない? アンタ本音はカラスみたいだし」

 この状況において、青年は大男のように凄むわけでもなく、まるで野次馬のようにつぶやいた。

 まるで時事ニュースを皮肉る、テレビの前の市民のような場違いさに、コウノトリは背筋が徐々に凍りつく思いであった。

 大男の言ったように、コウノトリは痛みというものを知らない。これまで危ない橋は渡ってきたが、持ち前の口八丁で乗り越えてきた。そしてこういった話し合いをする気のない手合いとは、なるだけ距離を置いてきたのだ。

 思えば直接的な痛みから自分を縁遠くするため、ボディーガードなどは積極的に用意してきた。特にあの女傭兵のような、腕の立つ人材を常に求めていた。

「お前をここにぶち込んだあの女、俺の部下として引き入れられていれば」

「ああ、はっきり言うのは心苦しいけどね、アンタはアイツのタイプじゃないと思うよ。完全に脈なしって奴」

「……奴も貴様等の仲間か!」

「さてね、答え合わせは、いつかあの世でゆっくりといきましょうや。今はとにかく時間がなくて」

 と、青年が懐に手をやる。銃殺されるのかと思わず頭を庇うコウノトリだったが、中から出てきたのはもっと見たくないものだった。

「それは、ここで保管していた時限爆弾か!」

「御名答。パーティーの引き出物にしちゃ物騒だけど、ここはありがたく貰って、早速使わせてもらうとしますよ」

 青年は時限爆弾の機械を操作して、タイマーを起動させ、火薬箱に装置をセットする。

「トンビさんよ、帰りの準備はできた?」

「ああ、コイツにもう少し手心を加える必要はあるが、なっ!」

 コウノトリは勿論止めようとしたが、その間にトンビと呼ばれた大男によってもう片方の手指と、両膝が砕かれてしまった。

 やることを終えた二人はその場を立ち去ろうとする。立つこともままならないコウノトリは、かろうじて身を起こしながら、二人に問いかけた。

「トンビ……? 何者、なんだ……どこの組織の、人間だ」

「知りたければ、自分の爆弾を自力で止めて、生きて俺達を今度こそ取っ捕まえてみなさいな。その時は潔く観念して教えてやるさ」

 果たせるはずのない約束をしてから、襲撃者二人は逃げ出してしまった。

 コウノトリは必死に這いつくばって、火薬箱に寄り掛かるようにして上半身を起こした。すぐ装置を止めようと手を伸ばすが、装置にはギリギリ手が届かない。

「クソォォォッ!」

 仮に届いたとしても、装置の細かい操作をするために必要な指は、力なく明後日の方向を向いていた。






 翌日、ニュース番組はこぞってコウノトリの死を報道した。

 彼の豪邸が爆発を起こし、屋敷の上階が全て吹き飛んだ。すると地下からは三人の遺体とともに武器の残骸が大量発見され、彼の裏の姿が明らかになったことは、特に熱心に報じられた。

 原因は不明で、故意なのか事故なのかもわかっていないが、警察は爆発物が誤作動を起こしたか、取り扱いをを誤ったかして爆発したと見ている。

 火薬のすぐ近くで見つかったことから、製造中の爆発物が作業中に炸裂したのではないかと思われており、未だに屋敷の関係者だけでも行方不明者は一〇人はいるという。

 遺体は火災による損傷が激しく、コウノトリ以外の二名は身元の判別は困難だとされた。だが、昨夜行われたパーティー中に、二名の男性客が屋敷の奥に連れて行かれるのを参加客の数名が目撃しており、他の二名は不審者として捕まった二人ではないかとされている。




「屋敷に居た連中は無事だったのか? あんな派手にやったのにな」

 映像を見ると、屋敷のスタッフが煤にまみれながらも毛布に包まれて身体を竦めているのが見える。何人かの屈強な人間は、警察からそれぞれ話を聞かれているようだった。

 ただ、これが全員とは思えない。恐らく行方不明とされる人間の中には、ノスリを襲った人間以外に、現場からそそくさと逃げ出した輩もいるだろう。

「もし地下まで木造だったら、流石に別の手を考えてたさ。コウノトリさんの素顔を知らない召使いさん達まで、丸焼きにしてやる必要もないだろ?」

「ハヤブサ殿はお優しいことで」

「借金と恨みは少ないに限る。俺は親父様のモットーを守ってるのさ」

 テレビの前でミネラルウォーターを飲みながら、トンビと青年……ハヤブサが世間話のように昨日のことを話している。

 爆音と夜闇に紛れて、二人はノスリ達と合流し、自分達の関わった痕跡をできる限り消してからアジトに帰参していた。

「しかしまあ、結局は黒狼さんとの繋がりはサッパリだったなぁ」

「アイツの商売方針からしても、武器の仕入れは個人か、協力関係にある組織に任せたんだろうぜ。ったく、久々に尻尾を掴んだと思ったら、毛を一本毟ってりゃ御の字ってか?」

「おかげで、ハゲタカくんが拗ねてまーた訓練漬けってね。そんな訓練バカだからノスリに無茶なこと頼まれるって、いい加減わかったらいいのにな」

 そうハヤブサが首を振って呆れていたら、額に何かが飛んできた。

 敵の襲撃だと床へ転がって避けるハヤブサ。が、手元に落ちてきたのは鉛の弾ではなく、ピーナッツだった。

「無茶女で悪うございましたね。どこかの誰かさんみたいに、地下階のほとんどを爆破させて証拠隠滅を図るよりは、無茶していないつもりなんだけど?」

 と言いながらノスリはハヤブサに向けて、もう一発のピーナッツを指で弾いた。

「でっかい花火でパーティーを締める。定番の演出って思わないか?」

 飛んできたそれを右手で掴んだ彼は、肩の力を抜きながらおどけてみせる。

「花火は夜空で綺麗に爆ぜてこそ価値があるし綺麗だって、私は思うけどね」

「しかも横にはゲス野郎どもの死体と火気厳禁のブツが並んでたんだぞ。祭りの熱が冷めちまうわ」

 仲間二人からにごもっともな返事に、ハヤブサは肩を竦めてそれ以上軽口を叩くのをやめた。テレビではアナウンサーが現場映像を背に、コウノトリとこれまで呼ばれてきた悪徳商人の経歴を、身振り手振りを付けて紹介している。

 微妙な空気になったハヤブサを助けるかのように、アジトの扉が開き、ミサゴが入ってきた。

「今戻った。これから、全員集合することは可能?」

「一人だけ拗ねて山籠り……ならぬ庭遊びをしてるけどね。その気になれば全員すぐ集まれる」

「そう、ファルコナーからの新しい指令を貰ってきた。なるだけ早くハゲタカを呼んできて欲しい」

「旦那も最近人使い荒くなってきたな。俺もアイツと一緒に拗ねてこようかね」

 肩を揉みながらぼやくハヤブサに、トンビとノスリは顔を見合わせ、呆れたように息を吐いた。

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