第7話「温かい夢」
7話「温かい夢」
☆☆☆
「そんな事があったんだね………」
時雨の話を聞きながら、薫は泣きじゃくってしまった。自分が先にミキを忘れてしまった事がとても悔しくて情けなかった。あんなに大切な想い出だったのに、何も気づけなかった。それがミキに申し訳なかった。
「私………本当に忘れてしまってた。……ごめんね、ミキ」
両手で握りしめていた琥珀に祈るように薫はそう呟いた。すると、時雨は「ミキは夢で薫に会えて喜んでるはずだよ。それに………今から会いに行くんだ」と言ってくれた。
時雨の話を聞いている内に、あっという間に地元の町に到着していた。変わらない町並みは懐かしさを感じさせてくれる。それど、今日は懐かしさに浸るために来たわけではないのだ。町を抜けてしばらく車を走らせる。すると、目の前に小さな山が見え、その頂上には大きな木の頭の部分が見えていて。
「ミキ………」
「もう少しで着くぞ。寒いはずだから、温かくするんだぞ」
「うん」
薫はマフラーをし、そして手に持っていた琥珀をジャンパーのポケットの中に入れた。
ミキはまだあの楠に居てくれるのだろうか。忘れてしまっていた2人の事を恨んだり怒っているわけでもないのはわかる。けれど、悲しませてしまったのは事実なのだ。
ミキに会って謝りたい。そう薫は思った。
山の麓に車を止め、そこから先は徒歩だ。薫と時雨はゆっくりと歩きだした。
大人になってからこの山に上ったことはない。久しぶりだという感覚と、ちょっとした変化を感じる。
「ねぇ、時雨。この山ってこんなに小さかったっけ?」
「俺も同じ事思ったよ。きっと、俺たちが大きくなったって事なんだろうな」
「……そうだね」
頂上に行くまでも長い時間がかかっていたような気がしていた。けれど、今ではそこまで苦労しないでも、楠の近くまで行けそうなのだ。
その森は変わっていない。変わったのは自分達なのだと思い知らされる。
「さぁ、見えてきた」
少し前を歩く時雨がそう言い、薫がまっすぐに前を向くとそこにはとても大きな楠の木があった。それだけは子ども頃に見たまま、巨大に感じられた。
薫はすぐに楠に駆け寄った。
「ミキ……遅くなってごめんなさい!………そして、夢で会いに来てくれてありがとう。……私たちも会いに来たの。だから、姿を見せて欲しいの!」
「ミキ、お願いだ………出てきてくれっ!」
薫と時雨の声は冷たく強い風に飛ばされ、あっという間に消えてしまう。
やはり、ミキには会えないのだろうか。
薫と時雨はお互いに顔を見合わせて、悲しげな表情を浮かべた。
「ミキ………お願い………」
薫は楠のすぐ傍まで寄り、大きな幹に触れた。普段ならばひんやりとしているはずなのに、何故かその時は温かかった。
薫が驚き、時雨に声を掛けようと後ろを振り返ると、その瞬間に風が楠の上から吹き抜け、薫と時雨を包んだ。
その温かさは太陽のぬくもりによく似た、2人がよく知るものだった。
「ミキ………」
「来てくれたんだな」
見えなくてもわかる。
いつもミキが2人を待っていた、一番低い木の枝を見つめた。そこには、何もない。けど、会いたかったミキが居るのだ。
『会いに来てくれたんだ。………でも、ごめんね。2人の夢に力を使ってしまって、今は君達の前に姿を見せる力は残っていないんだ』
「ううん………ミキが居るってわかるよ」
「あぁ……ありがとう、ミキ。僕たちに思い出させてくれて」
時雨がそう言うと、ふふふっとミキの笑い声が聞こえた。
そこ声は昔と変わらない。彼らしい澄んだ声だ。
『時雨はしっかり薫と恋人になれたね。ずっと見守ってたけど、なかなか2人は恋人にならないから心配したんだよ』
「……ミキ、見守っててくれたんだ」
『当たり前だよ。僕は時雨と薫が大好きなんだから……』
「………ミキ。薫がとっても大切だって気づいたんだ。おまえの事を忘れてしまっても、俺がおまえの分も薫を幸せにしなきゃって。きっと、そう思ったんだと思う」
『そっか……本当は僕が幸せにしてあげたかったけど、25歳の誕生日までに恋人になるって約束だったから、仕方がないから今回は時雨に譲るよ。でも、薫を泣かせたらすぐに僕が貰う』
「………絶対に泣かせない」
「時雨……ミキ………」
ミキはまた大粒の涙が頬に伝う。すると、頬にミキの指が触れたような気がした。
ハッとすると、『泣かないで、薫』と囁く声が聞こえた。
「ミキ………ごめんなさい。あなたの事忘れたくなかった。それなのに、忘れたことも気づかないで、ここまできてしまって………ごめんね。ミキ」
『それは仕方がないことなんだ。薫が気にする事じゃないよ。それにね、僕は薫と大人になってデートをしたのが、今でもドキドキしちゃうぐらい嬉しかったんだ。誕生日を僕が独占して祝えてよかったよ』
「私も楽しかったわ………ねぇ、ミキ。ミキは、僕はクジラだって言ったけど、私はそうは思ってないよ」
『え………』
「出会ったときも、一緒に遊んでくれた時もミキは私を助けてくれて。忘れていたあなたを思い出させてくれたのも、ミキ………。私にとってミキは、クジラなんかじゃない。ペルセウスなんだよ」
『僕がペルセウス?』
「えぇ……これ、夢に出てきてくれたお礼。ペルセウスの星だよ」
琥珀を入れてある方とは逆のポケットから取り出したもの。それはここに来る途中に、寄ってもらった天文台で買ったものだった。ペルセウスの星の形をしたキーホルダーで星の部分にはキラキラと光る宝石が埋め込まれていた。
それをミキに差し出すと、そのキーホルダーがふわりと風にのったかのように、手から離れる。
『わぁー!綺麗だなぁ………僕がペルセウスだなんて、嬉しいよ。ありがとう、薫』
そう言うと、ミキは薫に抱きついたのか、薫の体が温かくなる。
「ミキ………私もあなたが大好きよ」
『僕も大好きだよ、薫』
しばらく2人は抱きしめあった。
彼のぬくもりや、香りに包まれ、薫は昔の出来事や昨晩の夢を思い出す。
とても楽しくて、優しい思い出。
しばらくすると、ミキが離れたのか冷たい風を感じる。
『そろそろ限界みたい。僕はしばらく眠るんだ。力を使い果たしたからね』
「ミキ………また、会える?」
『僕はずっとここにいるよ。だから、いつでも帰っておいで。思い出の場所に』
「でも………私たちまた忘れてしまうわ」
『………胸の中ではきっと覚えてる。そして、僕もずっと君達を覚えてる。だから、大丈夫だよ』
「うん………そうだね」
「ミキ。また、ここに来るよ」
『待ってるよ。じゃあね、2人とも。いつまでも幸せに、ね』
そういうと楠が大きく風に揺られた。
薫と時雨は、咄嗟に目を瞑る。すると、そこには、もう温かい風もミキの気配もなかった。
薫と時雨は寄り添い、しばらく楠を見上げて過ごした。
今の出来事は決して夢ではないと信じながら。
薫と時雨は、その後急いで帰宅した。
そして、昔の思い出や今日の出来事を残そうと、PCやノートを使い、書き残した。
明日になれば、それが何なのかわからなくなるだろう。薫は小さい頃のミキや大人になってからの姿をイラストにした。デザインの仕事をしていてよかったと、この時改めて思った。
日付がかわるギリギリまでその作業をした。そして、薫の誕生日が終わる頃、2人は疲れからか、ベットで倒れるように寝てしまっていた。
その時見た夢には、どこかの山の大きな木の枝で寝ている、緑の髪に褐色の少年がいた。
その少年は古びたノートと、星座のキーホルダーをとても大切そうに抱きしめて寝ていたのだった。
それを見て、薫と時雨はとても穏やかに微笑む。そんな素敵な夢だった。
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