第6話「忘れたくない」






   6話「忘れたくない」




 「よく人間達も子どもの頃は霊感があるから見えることがあるって言っているんだろう?それは正解だ。まぁ、大人でも見える人はいるけど、僕の事を見れる人はほとんどいないだろうね」

 「じゃあ………薫はもう………」

 「ここに来ても僕の事を見れないよ。それに、僕と遊んだ記憶もなくなる。それが、ルールだ」

 「そんな………」



 当たり前だと言わんばかりに平然と説明をするミキ。本当は悲しいはずなのに、それを当然のように受け入れている。

 それが、時雨には理解出来なかった。



 「何で、悲しんだり、悔しがったり、足掻いたりしないんだよ!」

 「それは、全て無駄な事だから。そんな事をしたって薫は僕を思い出してはくれない。それなら、そんな風に思わないようにした方がいい」


 

 苦笑をもらしながらそう言うミキは、我慢しているように見えた。そんなミキを見ているのが痛々しく感じる。本当は悲しくて、泣きたいはずなのに、全てを受け入れている我慢しようとする。

 その姿は人間と全く同じだった。



 「じゃあ、俺が薫を貰う。おまえが薫の事を諦めるなら、俺が必ずあいつと恋人になる」

 「………何を言っているんだい?」



 突然の時雨の宣言に、ミキはポカンとした顔で時雨を見つめていた。

 けれど、感情が高ぶっている時雨は話を止めずに勢いのまま言葉を続けた。



 「おまえだって、薫が好きだっただろ?見てればわかるんだからな。とぼけてもダメだ。おまえが薫を諦めるなら、俺が貰う」

 「……時雨。僕は妖怪。あやかしだよ?薫と恋人になんて……」

 「薫はそんな事気にする奴じゃないだろ?!あいつは、そんな奴じゃない」

 「……時雨……」

 「それに、俺だっておまえに負けたくないってずっと思ってたんだ。ミキは友達だけど、ライバルでもあるって……だから、おまえが諦めるなら、あいつは俺が恋人になってもらう!」



 そこまで一気に言葉を発したからだろうか。それとも、ここまで走ってきた時の疲れが、まだ呼吸を乱しているのだろうか。

 どちらかわからないけれど、時雨は、はーはーっと深い呼吸を繰り返した。


 時雨の言葉を正面から受け止めていたミキは、目を大きく開けて、口もポカンと開いていた。それぐらい、時雨の言葉に驚いたのだろう。

 時雨は、ミキが自分が薫を好きだとバレていた事に驚いているのだと思った。そのため、少し得意げな笑みを浮かべてミキを見ていた。

 

 すると、ミキは肩を小刻みに揺らし始めた。時雨はミキが泣いているのかと思い、思わずミキに向かって手を伸ばした。すると、そうではなかった事がすぐにわかった。



 「くくくっ…………は、はははははっっ!!」

 「!!」



 ミキはお腹を抱えながら、思い切り笑い始めたのだ。目尻には涙を浮かべ、呼吸が出来なくなるぐらいに笑い転げていた。

 突然笑い始めたミキに、時雨はギョッとしてしまう。



 「な、何で笑うんだよっ!」

 「ははは……ごめん……でも、時雨は変わってるなって……くくく………はぁー面白いっ!」

 「こっちは真剣に……」

 「そうだよね。ごめん……ちょっと待って。今、落ち着くから」



 そう言うと、ミキは大きく深呼吸をしながら涙が溜まった目をゴシゴシと手で拭った。



 「時雨の言う通りだ。薫は僕があやかしだからって嫌がるような子じゃないよね。……まだ、時雨が僕の傍に居てくれるんだ。僕も諦めない事にするよ」

 「……まぁ、俺が勝つけどな」

 「不器用な君には負けないよ」



 2人はそう睨み合った後、くくくっと小さく笑い合った。



 「………ありがとう、時雨。本当に君が僕を覚えていてくれて嬉しいんだ。また、遊ぼう。そして、薫の話を聞かせてよ」

 「あぁ。そうするよ」



 時雨とミキは、手で拳を作り、お互いの拳をコツンッとぶつけた。

 

 時雨はその時、1日でも多くミキを覚えていられるようにしよう、と心に決めたのだった。



 それから、時雨はいろいろな事をしてミキを忘れてしまいそうになった時に備えた。

 薫がミキを忘れてしまった時は、時雨が覚えていたので薫を呼び覚ませる事が出来た。けれど、時雨にはそんな人はいない。忘れてしまったら、そのまま永遠に忘れてしまうのだ。

 時雨はそれがとても恐ろしく感じ、ある対策を取る事にした。まずはミキについて詳しく書いたノートを作った。そして、毎日やる事リストを作り忘れてしまっても、まずは山のてっぺんに行くことと示した。楠に行けばミキが居るのだ。ほんとうに見えなくなるまでは、彼に会えるはずだと思ったのだ。

 そんな対策をしつつ、時雨はミキを忘れることを日々怯えながら過ごしていた。

 けれど、ミキに会えばとても楽しかった。薫はどんな事にハマっているのか、勉強は頑張っているのか、そんな話をしながら、「恋人になったらどんなデートをすれば薫が喜ぶか」なんて、恥ずかしい話もしていた。


 そんな楽しい時間を過ごしているうちに、ミキの事を本当に忘れる時がくるのだろうか。そんな良い疑いまで持ってしまうようになった。


 けれど、終わりの日はゆっくりと近づいていたのだ。




 それは、薫がミキを忘れてから2年ほど経った、時雨が12歳になる頃だった。


 時雨は授業を受けている時に、見慣れないノートを見つけた。パラパラと捲ると、自分の字で「ミキについて」や「毎日やる事」が書いてあり、その他にもミキという少年と何をして遊んだかの日記が2年前からつけてあったのだ。

 時雨はそのノートを見て、ハッとした。



 「…………今、俺はミキを忘れていたのか?」



 それに気づき、時雨は顔が真っ青になってきた。それから、少しずつ記憶がなくなるようになり、時雨は焦り始めた。

 毎日一緒に登校している薫も普段と違う時雨の様子を見て「時雨、最近元気ないよね?体調悪いの?」と聞いてくるぐらいだった?

 ミキも、それには気づいているようで、放課後に時雨が楠の木の前に現れると、ホッとした表情を見せるのだ。けれど、記憶についてミキは何も言っては来なかった。


 タイムリミットは近づいている。

 時雨は、毎日毎日眠るのが怖くなった。眠ってしまえばまた次の日になり、ミキを忘れてしまうのだ。大切な友達の記憶が。自分が忘れたら、ミキは一人になってしまう。


 その日。時雨は嫌な予感がした。

 ミキと一緒にいる時に、視界がボヤけ霧がかかったように見えたのだ。


 「時雨?」

 「あぁ……大丈夫だ。で、何の話してたっけ?」

 「………」



 ミキも時雨の異変に気づいていたのだろう。その日は笑顔を見せながらも口数は少なかった。

 時雨は今夜は寝ない事に決めた。寝なければ、ミキを忘れないと思ったのだ。徹夜ぐらい出来る。ミキを忘れないためにも、今夜は寝ない。そう決めて苦手なコーヒーを飲んだり、ゲームをしたりして過ごした。

 そして、太陽の光がうっすらと差し込んできた頃。時雨は寝ていないのに、自分が持っているミキの事を書いたノートが何なのかわからなかった。

 けれど、何故か今、山に行かなければいけない。てっぺんにある楠の大樹の所へ行かないといけない。そう強く思ったのだ。

 ミキは、ノートを持って走った。まだ、夜が明けて間もない明星の時間。人はほとんどいない。自分だけが町にいるような、そんな錯覚を覚えた。

 けれど、待っていてくれる人がいる。それは誰?わからないけれど、時雨は走った。


 楠が見えてきた頃。丁度朝日が登り、日の光を浴びて緑の葉っぱ達は喜んでいるかのようにキラキラと光っていた。その葉っぱを撫でて微笑む少年が居た。それを見た瞬間、時雨はまた全てを思い出した。



 「ミキっ!!」

 「………時雨」



 いつもは来ない時間だというのに、ミキは驚かなかった。

 そして、苦しそうに息をする時雨に近づき、時雨の頭を撫でた。すると、自然と呼吸が落ち着いてくる。ミキの力なのだろう。



 「………時雨。君とも今日が最後だ」


 

 その言葉は残酷だった。けれど、時雨も予感していた言葉。



 「時雨には感謝してる。僕と薫を取り合って本気で競ってくれた事。僕はあやかしなのに、バカにしないで好きな感情を認めてくれた事。…嬉しかったんだ。感謝してる」

 「………別れの言葉みたいな事、言うなよ」

 「……時雨」

 「俺もミキを忘れるのか?薫見たいに、もう何も覚えていられなくなるのか?そんなの嫌だ!………おまえが一人になるだろ?……忘れたくない……忘れたく、ないんだ………」



 時雨はボロボロと涙をこぼした。

 ミキを忘れる恐怖、そして悲しみ。一人になるミキを思っての切なさ。そんな気持ちが溢れ出てきたのだ。

 そんな時雨を、ミキはとても穏やかな笑みを浮かべて見つめていた。



 「僕は何千も生きてる。沢山の別れがあって、沢山泣いた。もう人間と仲良くなりたくないとも思った。………でもね、君達を見てたら一緒に遊びたくなったんだ。だから、薫を助けた。……誰かを好きになるのは初めてだったよ。ずっと一緒に居たいって思えるのはとても素敵な感情だ。………この気持ちと思い出があれば、僕は平気だよ。それに、僕は君達を見守っていけるからね」

 「ミキ………」

 「時雨と薫の分まで、ずっと僕が覚えているよ。………時雨は薫と幸せになって、その姿を、僕に見せて」

 「……………」



 時雨は涙が止まらず、言葉が出ない。そんな様子を見て、ミキは苦笑した。



 「時雨が薫と恋人になれるのか不安になってきたなー」

 「っっ!何だよ、俺は絶対に恋人になるぞ」

 「……そうだ。じゃあ薫が25歳の誕生日の時、僕が薫を貰いにいくよ。その時まで恋人になってなかったら、僕が恋人にする」

 「なっ!!」



 突然のミキの言葉に、時雨は驚き涙を乱暴に手で拭った。



 「さぁ、早く行かないとその事も忘れてしまうよ。………お別れの時間だ」

 「ミキ………待って!!」

 「ありがとう、時雨。……薫といつまでも仲良くね」



 ミキの体がまた靄で包まれる。そして、ゆっくりと姿が消えていった。それはミキが消えたのか、時雨がミキを見れなくなったのかはわからない。

 それと当時に、時雨は記憶が曖昧になってくる。

 どうして、ここにいる?

 今誰と会っていた?


 そう思って、からまたハッとする。



 「くそっ!!」



 時雨はまた走り出した。

 ミキが言った言葉を書き残して置かなければいけない。25歳の誕生日にミキが会いに来る。それまでに恋人にならないと………どうなるんだ?

 時雨の瞳から涙が出てくる。

 けれど、何故泣いているのかわからなくなるが、途中から思い出す。

 感情がぐじゃぐじゃになり、頭も混乱する。



 「ミキミキミキっ……ごめん……!」



 時雨は、そう呟き続けながら自宅まで走った。

 そして、混乱する記憶のまま、コピー用紙にペンで文字を書こうとする。けれど、何て書けばいいのか。今、何があったのか思い出せず、時雨は頭を叩いた。

 すると、どこからか楠の葉がちらりと落ちた。それを見て、ハッ!とした。一瞬だけ、ミキの事を、ミキとの約束を思い出したのだ。


 「っっ!」


 忘れる前にと、殴り書きで紙に『薫の25歳の誕生日 薫を守れ!』と書いた。

 

 時雨はそれを書き終えた後、フラフラと体に力が入らなくなり、体をずるずると引きずりながらベットまで歩き、ドサッと布団に体を倒した。



 「ミキ………ごめん、ごめんな………」



 時雨は楠の葉を握りしめたまま、ぐっすりと眠った。



 次に起きるとき、時雨はあの殴り書きのメモも、もっていた葉の事もすっかりと忘れてしまっていたのだった。

 


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