終末世界の無線ログ

@suzume_no_keyari

無線交信記録:No.001

《これ以前のデータは紛失。便宜的にこれをNo.001として以降のログを数える。》


―――《交信開始》―――


【生漆】

こちら生漆きうるし、こちら生漆きうるし……

じいさん、いるか?


《沈黙》


【生漆】

あ~……じいさん?


【黒鉄】

《大きめのノイズ音》


―――こちら黒鉄くろがね……

いるぞ。今日もしっかりくたばり損ねましたわ、どうぞ


【透漆】

笑えないからやめろ


《沈黙》


(定時通信に)30分遅れだぞ、何かあったのか


【黒鉄】

今までに何もなかった日なんてあったかね?

《遠くで犬の吼える音》


何もない日なんてない。今じゃ毎日充実してる。


【透漆】

ああ、あんたにとっては、今が充実してんだよな。

死んでるのと変わらない、何もない毎日をただ生き

惨めに萎びていくはずだった寂しい老人にとっては―――。


【黒鉄】

なんだそれは


【透漆】

あんたがこの前言っていたやつ。


【黒鉄】

ワシはそんな事言ってない


【透漆】

言ったぞ


【黒鉄】

言ってないぞ。少なくとも、そこまで悲観的ではなかった。

誇張するな。お前はすぐ人の話しを曲げる。悪い話はより悪く捉えてそれを話す。


【透漆】

良い話をするのであれば、それだってより良く捉えて話しもする。


【黒鉄】

……何?


【透漆】

暗い話ばかりするあんたが悪いんだよ。もっと楽しい話題はないのか?

今日開けた缶詰は美味かった、でも。役に立ちそうな物を見つけた、でも―――


【黒鉄】

道端に花が咲いていた、でもいいな


【透漆】

そうだな

少なくとも、ジジイのつまらん人生話よりは楽しい話だ


【黒鉄】

ワシのありがたい処世訓は楽しい話ではないか


【透漆】

―――何だって?今なんて言った?


【黒鉄】

処世訓


【透漆】

《大きな笑い声》


【黒鉄】

ひどいな、そんなに笑うなよ


【透漆】

何が処世訓―――……《笑い転げる声》


【黒鉄】

―――……お前が楽しくなれる話ができたようで何より―――


【透漆】

なあじいさん、気にならないか?


【黒鉄】

あん?


【透漆】

萎びた爺さんの寂しい人生観とか、陳腐な処世訓とかを毎日聞かされる男は

果たして一体何を想いながら話を聴いているのだろう、とか


【黒鉄】

いいや。だがそれがどんなジジイであれ、貴重な体験だとは思うだろう。

少なくとも、若い頃の自分なら、そう考えた。

ワシの世代のジジババは戦争経験者で、普通のジジババじゃなかったってのもあるが―――


【透漆】

オーケイ。じゃあ、自分がその貴重な体験をしている男だと思って、俺の話を聴いてくれ


【黒鉄】

はいよ


【透漆】

《仰々しく老人の声真似をしながら》―――人生に良いも悪いもない。解釈の違いがあるだけだ。たとえ、このような絶望の変化があったとしても、そこは変わることがない。


【黒鉄】

《爆笑する声》


【透漆】

な?笑えるだろ?


【黒鉄】

ワシはそんな話し方をしない

《笑い声》


【透漆】

いやいや、あんたはこんな風だぞ。いつも。


【黒鉄】

嘘だろ。なんてこった。


《犬の吼える音》


【透漆】

さっきからあんたの後ろで聞こえるこの音は何だ

……犬か?これは―――……


【黒鉄】

あぁうん―――……拾った。


【透漆】

拾った……?


【黒鉄】

なわばりの中でクソしてやがったんで、基地まで引っ張ってきた。


《以降、無音が続く》


すまん、クソしてたって言い方はよろしくなかった。

正確に言えば、肛門からお汚い半固形の物体をお捻りだしておられた所をワシが―――……


《無音が続く》


―――あー……ふざけすぎだったか?


【透漆】

―――……すごくな。あまりあぶない事をするな。

今じゃ、信用できねーのは人間だけじゃないんだ


【黒鉄】

ならワシは信用できない者の筆頭だな。実はワシも人間なんだ。


《以降、無音》


―――……なあ、何がそんなに気に入らないんだ

犬に騙された経験でもあるのか?裏切られたりとか?フられたりとか―――


【透漆】

動くもんに簡単に手を出すなと散々言った《強めの声》


《長めの無音》


……なあおっさん。どうせ後先短いだの、生きてるのも死んでるのも変わらんだのとさんざん聴かされてきたが、本当に死にたいと考えているのか?

本当にもう、生を諦めてしまっているのか?自暴自棄になってねえか?


《無音》


【黒鉄】

―――……諦めてはいない。

自暴自棄になったというのも違う。


《無音》


……ただ執着はなくなったな


【透漆】

それは諦めてんのと同じ事だろ。もっと真剣に生きろよ。

簡単にあぶない事をするのをやめろ。


【黒鉄】

ワシはただ―――


【透漆】

誓え


【黒鉄】

《無音》


【透漆】

簡単に危険な真似をするな

わかったか?


【黒鉄】

―――……わかった、誓おう

危険な選択は、不用意に取らない。


《無音》


―――……しかし、誓いっていうのは、大それてはいないか?

長く生きてきたが、誓いなんてもんを立てたのはこれが初めてだぞ


【透漆】

そうかい


【黒鉄】

……"約束"では駄目だったのか?


【透漆】

どっちも同じだろ


【黒鉄】

いいや。少なくとも、わしにとっては違う。

……感性の違いか。歳が離れていると、同じ言葉でも違う意味を持つようになる。

これは面白いな。


【透漆】

何が面白い


【黒鉄】

お前の言う誓いとは、約束という言葉とそう変わらないんだな?


【透漆】

そうだ


【黒鉄】

ワシにとっての誓いとは、神仏に対して行う約束事だ

お前は仏様だったのか?それともワシが仏様だったのか?

はたまた両方か


【透漆】

どっちが仏でもいいぞ。誓いも約束も、俺はどっちでもいい

ただあんたがあぶない事をしなくなれば、それでいい

―――……気になるようなら、言い直してやろうか?


【黒鉄】

いや、いい

もう誓いを立てたんだ


《無音》


―――……神仏に対しての宣誓は、簡単に取り消せるものではない


《無音》


【透漆】

……なあ。

今の……っつーか……

今生きてるジジイやババアってのは、全員、あんたみたいな面倒くさい人間なのか?


【黒鉄】

それは他のジジイとババアに聞け


【透漆】

簡単に会えるかよ、こんなクソみたいな世界で生き残ってる選ばれしジジイやババアになんて


【黒鉄】

《小さく笑う声》


珍しいだろうな

―――……まあ、あれだ。ワシもまだまだ食いしばっていられる内は、頑張って生きていくさ。

お前のようなやつに心配されるまでもなくな。


【透漆】

俺が心配してるのは、じいさんの事じゃなくてだな


【黒鉄】

えぇ……?


【透漆】

じいさんがいなくなると、この何もねえクソみたいな夜が更に長く感じられるだろ

それを心配してんだ


【黒鉄】

……あそ。―――……もっと言い方はなかったのか?

口説かれてるみたいだぞ


【透漆】

―――……生き残りが若い女だったら良かった


【黒鉄】

残念だったな、ジジイで


【透漆】

いや、まったく

本当、まったく


【黒鉄】

―――……言っとくが、ワシも同じような事を思ってる


【透漆】

あんたの話を聴かされる女の犠牲者がいなくてよかった


【黒鉄】

《笑い声》

お前は本当に可愛くない


【透漆】

気色の悪い事を言うのをやめろ、俺はあんたの息子じゃねーんだ


【黒鉄】

恋人でもないしな


【透漆】

そうだ、やめろ


【黒鉄】

《犬の吼える音》

ああ!お前はだまっとれ。お前が吼えると、こっちも吼える


【透漆】

殺すぞ


【黒鉄】

おー、こわ


【透漆】

本気だぞ

あんたが、犬に変な病気をもらって"やつらのようになる"くらいなら

その時は、俺が直接殺しにいってやる


【黒鉄】

《小さな笑い声》

あー……互い、生存確認も済んだ事だし、ワシは眠い

もう寝てもいいかね?明日も忙しいんだ


【透漆】

お好きなように


【黒鉄】

しからばまた明日


【透漆】

ああ。―――……おい、犬とは一緒に寝るなよ?おい―――……おい。

……クソジジイが、てめーの知ってるような伝染病とはワケが違うんだぞ……


―――《交信終了》―――

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