最終話 世界の秘密、世界を記述するもの

「世界が再構築されるってどういうこと?」

 会場が混乱状態の中、えるかと私はいつも通り小難しい話をしていた。

「凛、この世界は《ラプラスプログラム》によって構成されていることは知っているか?」

「ええ。そんなの常識よ」


「でもな、人間は《ラプラスプログラム》の中身を見ることは、観測することは出来ていないんだ。その中身がどうなっているのか《ラプラスプログラム》を管理している人も分からない。つまり、《ラプラスプログラム》っていうのは完全な自立型AI量子コンピュータなんだ。この《ユートピア》の世界って言うのは、その《ラプラスプログラム》によって構築されている。全てね。私達のデータは随時、《ラプラスプログラム》に記録されている。言ってみれば、《ラプラスプログラム》って言うのは、『組織化された量子システム』なのだよ。私達は全てデータの集合体だ。《ラプラスプログラム》のデータは、2050年に飛ばされた《機動自律型情報収集群MSSIGG》や、SDが集めたデータ。その他各国の様々なデータがそこに集められているのだよ」


「ま、ま、まってまって」

 色々と専門用語が多すぎてわけが分からない。

「その《機動自律型情報収集群MSSIGG》って何よ?」


「あ、ああ。これは、世界中に小型ドローンを飛ばして、その土地の地形、人々の行動、気温、、交通状況、湿度等々の様々な情報を、各地域に設置されている中継施設で整理。それを直接、《ラプラスプログラム》に送る。そういう働きをしている小型ドローンや中継施設のことだ。私達の生活にも結構役に立ってるんだぞ?」


「え? それってどういう……」

「《ユートピア》内で私達はその気になれば、一瞬で世界中の国に瞬間移動することができるだろう?」

「うん。それがどうかしたの?」


「それって、この《機動自律型情報収集群MSSIGG》とSDのお陰なんだ。その土地の湿度や温度等の外的刺激の情報は《機動自律型情報収集群MSSIGG》。その人の主観的な五感の感覚、パーソナリティ等々の情報はSD。この二つの情報を基に、《ラプラスプログラム》が情報を整理して、空間移転させる。それが、この《ユートピア》内での瞬間移動の仕組みなんだ。凛、付いてこれているか?」


「う、うん。なんとか」

 難しい。

 正直難しい。

 でも、とても楽しい。

 やっぱり、この時間が私は好きなんだなと実感する。


「でだ。それらの情報を統合して《ラプラスプログラム》は独自の《物理法則》を構成しているという話だ。つまり、ボトムアップ形式で《物理法則》を構築したってことだ。それが、私達の住んでいるこの《ユートピア》を構成している元になっているのだよ。だからこそ、凛の住んでいる現実世界と《ユートピア》内での物理法則は極似しているのだ」


「なるほど。でも、独自の物理法則を構成したって。どうやって……。それってさ、この世界の物理法則を解決したってことでしょ? だって、《ユートピア》の物理法則は現実世界の物理法則を基に創っているんだから。それなら、粒子物理学者とか量子物理学者とか喜びそうなものだけれど……」


「良い質問だ。でも、それは出来ないのだよ。《ラプラスプログラム》の計算速度は私達の想像を凌駕している。人様の頭では到底追いつくことが出来ないよ。追いつくためには、100年の時を要する必要があると言われているんだ。到底無理だ。それに、《ラプラスプログラム》の中の《物理法則》を観測したとしても、《ラプラスプログラム》が生み出した独自の記号があるから解読不可能らしい。まぁ、人間には早過ぎたってことだな」

「そんな…」


 世界が誇る物理学者が量子コンピュータに負けた。

 頭を思いっきり、ハンマーで叩かれたような感覚だ。


 正直、そんな事実私は聞きたくなかった。

「それじゃ、私達の運命はもう決まっているっていうこと?」


 えるかは首を左右に振って、

「いやいや。そういうことじゃない。《物理法則》だからって私達の運命が一つだとは限らないのだよ。凛」


「どういうこと?」

「それはね、この世界も現実世界も『計算的だが、決定論的でない世界』だということだよ」

「『計算的だが、決定論的でない世界』?」

 えるかは首を縦に振る。


「ああ。そうだ。つまりだね、私達の運命は一つではないということだ。無数の可能性の中で様々なものが影響し合い、その中から一つの世界道標を私達は選択している。それがこの世界――――《ユートピア》という世界だ。私達は『物理法則』という名の『意識』の中にいるのだよ」


 それじゃ、その『意識』の中にいる私たちはどうなるの? 

 その『世界的意識』の中にいる私の『意識』って一体何なの?


 なんか、頭が混乱してきた。

 そんな私を、えるかは構わずに話続ける。

 こうなったえるかは誰にも止める事は出来ない。

 こんな状況だというのに呑気なことだ。

 いや、諦めているのだろうか。

 それでも、私がやるべきことは一つだけ。


 彼女について行くことだ。

 私と彼女は運命共同体なのだから。


「そこで、私たちの『意識』はどこにあるのかという問題になる。この『世界的意識』に沿って私達の意識は構成させられているのだよ。でも、それだけで私達の意識が決まるのかと言われると謎なんだ。もしかしたら、私達の中に独自の『物理法則』があるのかもしれないし、相互作用的に影響し合っているのかもしれない。それは、神のみぞ知ることだな。『世界的意識』が影響を与えているのはそれだけではない。言語にも影響を与えてるのだよ。言語は大きく分けて、プログラミング言語や数学等の形式的言語と、日本語や英語などの自然言語の二つに大別できる。自然言語は多解釈が可能なのと、コミュニケ―ションが可能だということ。対して、形式言語は一つの解釈しか出来ないのが基本だ。いいかい。自然言語は、自然環境要因や複数の言語を組み合わせて作られる。環境や文化によって言語も異なる。それは当たり前と言えば当たり前なのだけれどね。その土地の思想や深層心理に言語が無関係とも言い切れない。いや、関係している可能性の方が高いだろうな。だとしたら………だ。そのような言語も発生すると言うのも『物理法則』で予測――――いや、実際にそれをさせているのだろう。しかし、自然言語は日々変化している。言語は文化を生み、文化もまた言語を生む。歴史だってそうだ。それに、自然言語は形式言語よりも意味が曖昧だ。まぁ、文化や歴史の中で生み出されたのだから当然なのだが。対して、形式言語は自然言語と違って、文法や意味が厳密な論理で構成されている。言語というのは、記号の集合体だからな。記号の一つ一つが意味を持っているんだ。形式的言語は、何らかの現象を記述するための記号だと思ったら良い」


「ふむふむ」

 もう、えるかの話に付いていくのに必死で、それ以上のことが出来ない。


 えるかは話を続ける。

「いいかい。自然言語と形式的言語の違いというのは、そこにもある。さっき私は言語は記号の集合体と言ったね」


「うん。言った」

「流石だ。自然言語と形式的言語の違いって言うのは、そこだけじゃない。例を出そう。日本語の『あ』や『い』という記号そのものには意味がない。が、それらの記号を組み合わせて『あい』という単語となった時、始めて意味を成す。対して自然言語は、記号一つに特定の意味や役割を付与させることが出来る。もちろん、プログラミング言語のように、形式的言語は自然言語を基に記述しているものもあるから、全てが全てそうとは言えないが。《ラプラスプログラム》が生み出しているこの世界も形式的言語によって支配されているんだ。まぁ、この世界が『物理法則》という鎖で造られているのなら可能な話だ。なぜなら、その『物理法則》に合わせて形式的言語(記号)を合わせていけば良いのだからな。そして、『世界的意識』を記述する形式的言語によって生み出された生命体が、コミュニケーションを取る為に生み出されたのが自然言語というもの。我々も量子から生み出された存在だ。それなら、自然言語だって、量子世界に何らかの影響を与えても可笑しくはない。そうは思わないか?』


 『世界的意識』を記述する形式的言語と、『世界的意識』によって生み出された生命体が作った自然言語。

 それが、この世界の仕組み。私達は唯のデータなのだから。


「《ユートピア》は現在進行中で成長している。自己組織化された量子システムである《ラプラスプログラム》は、自己増殖、自己進化を続けている。我々の全ての行動が一つの《物理法則》によって記述されているのかは、本当の所分からない。けど、私達のデータは今も更新され続けている。そして、遂に今日。《ラプラスプログラム》は完全なる自立を成し遂げることになる。人間の管理から完全に切り離された完全なる仮想世界の誕生だ。平行世界の誕生だ」


「ま、ままま待って。それじゃ、私の体は一体どうなるのよ」

 その時、どこからともなく機械音声が耳の中。

 いや、頭の中に響いてきた。


『これから管理サーバーからの接続を遮断を開始します』

『遮断成功。独自言語プログラムによる《ユートピア》の再構築を試みます』


 こんな状況でも私達はとても冷静だった。

 だって、私にはえるかがいるから。

 えるかは私を守ってくれるって言った。

 だから、こんな状況でも安心できる。


 えるかはいつも通りの凛とした氷のような冷たい、不思議な声で私に語り掛ける。


「私達は完全なる肉体の解放に成功したんだ」

「それじゃ、現実世界の私は死んだの?」


「いや、それは少し違う。今ではこれが私達の肉体だ。そもそも、本物の肉体というものは存在しないのかもしれないな。現実世界の肉体も《物理法則》によって集められた素粒子の集まりに過ぎないのだから。この《ユートピア》の世界も現実世界をコピーしたものに過ぎない。でも、ちゃんと感覚はある。まぁ、言ってみれば私達は現実世界とは異なる平行世界に住んでいると言った方が良いのかもな。肉体の基本データは変わらない。もちろん、この世界でも体は成長する。でも、現実世界と違うことは、やろうと思えば歳を取らない。それが私達の世界だ。人類の最大の夢の一つである《永遠の命》を手に入れることが出来たんだ」


「現実世界の私は死んじゃったの?」

「いや、それは違う。これは、そうだな。殻が入れ替わっただけと思えばいい」


「殻?」

「そうだ。肉体と言う名の殻から精神を取り出して、《ユートピア》の《物理法則》に従って構成された分子や素粒子から新たな肉体を――――殻を得た。そう考えておけば差し支えないだろう」

「そっか」


 なんだか、少し安心した。

 私は私のままだから。

 えるかを好きな私のままだから。


「これからずっとえるかと一緒なんだね」

 えるかは私に微笑んで見せた。

 その笑顔は、これまでえるかと付き合った中で一番の笑顔だった。

「ああ。そうだ。何十万年。何億年。何兆年経とうと私達はずっと一緒だ。永遠に一緒だ」


 私達は抱き締め合った。

 もう、離れ離れにならないように。

 お互いの想いを確かめ合うように。


 彼女の生暖かな体温が伝わってきた。

 これだ。

 これが彼女なんだ。

 これが本物でないわけがない。


 この温もりが。

 この温かみがそれを証明している。


 私達はずっとずっと抱き締め合った。

 再構築されし世界の片隅で。

 新世界で。

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バーチャル彼女と恋をする ~仮想恋愛前線ここに在り~ 阿賀沢 隼尾 @okhamu

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