第3話 ライブに参戦!!

「えっ!? まじ!?」

 とある日の休日、私はホログラムに釘付けになっていた。


 SDのディスプレイ上には、人気男性Vtuberの「もふもふ」先生の公式サイトが開かれていた。

 今、私が見ているのは、「もふもふ先生」のライブチケットの当選表だ。

 なんと、当たっていたのだ。

 しかも、二人分。


 誰と行くのかなんて決まっている。

 もちろん、えるかとだ。


 えるか本人がどういうのかは分からないけれど、私と一緒なら大丈夫だと思う。

 SDを起動させ、《ユートピア》にダイブする。


 目的地はもちろん、エンドラ学園。

『魂』を得た彼女は、自らの意思で《ユートピア》内を歩き回ることが出来た。


 彼女とずっと一緒にいられるんだ。

 これからずっと――――。


 そう思うと、毎日が楽しくなる。

 楽しみになる。


 私が死んでも、《ユートピア》の中にずっといればいいのだから。


 エンドラ学園の図書館に行く。

 西洋式の建物と廊下の中を歩き、図書館棟へと向かう。

「相変わらず、凄いわね。ここは」


 目の前には、『エンドラ学園図書館』と書かれた看板が張られてあった。

 正六角形の10階建ての建物。

 純白の一切の混じりけの無い外装。


 流石、《ユートピア》初期からあるとされる歴史のある図書館だ。


 中に入ると、勉強用の建物が陳列している。

 殆どが勉強中の学生で埋まっている。

 図書館の最上階である10階まで階段に上り、一番奥へと進む。


 窓際に彼女の姿があった。

 また、難しそうな本を読んでる。


 ふふふ。

 少しいたずらをしてやろう。

 抜き足差し足忍び足と……。


 両手を彼女の肩にぽんと乗せる。

「えっりっかっ!」

「わっ!!」

 びくん、と一瞬跳ね上がる。


 どっきり大成功だ。

「えへへ。びっくりした?」

「どうした?」

「もう。びっくりしたのなら、もうちょっとびっくりした感じのリアクションをしてよね。驚かせ甲斐がないじゃん」

「そ、それは済まないな」


「でねでね!! 聞いてよえるか! 私、もふもふ先生のイベントの抽選当たったんだよ!!」

「へえ、良かったじゃないか」

「何を言っているの。えるかも一緒に行くんだよ」

「わ、私もか!?」

「だ、駄目かな……?」

 上目遣いでおねだりをしてみる。


 彼女は、観念して承諾した。

「分かった。凛がそう言うのなら仕方が無いな」

「やったーーー!」

 これでえるかと一緒にライブに行ける!!


 ――――――

 当日、私とえるかはもふもふ先生の舞台を観に、エルドラ学園から10km離れた《フマニエール体育館》に来ていた。

「うわぁ。やっぱり人がいっぱいいるねぇ!」

「そうだな。今日観に行くもふもふ先生とやらは結構人気のあるVtuberなんだろ?」

「そうだね。一人で活動している男性アイドルだよ。歌詞も良いし、曲のリズムももう最高なんだよーー!」

「そうか。それは良かったな」

 そう言いつつ、えるかは私の頭を優しく撫でてくれた。


 なでりなでり。

「えへへ」

「にしても、結構人が並んでいるな」

「そうだね。でも、こんなのえるかと一緒にいれば平気だよ」

「そうか。私もだ」


 そっと、えるかの手を握る。

 そっと優しく握り返してくれた。

 自然に口元が緩む。

 掌の温もり。これが彼女の手の温もり。


 ずっと感じていたい。

 コタツの中にいるような温かさ。

 家族と一緒にいる時の様な安心感。

 優しさが心を包み込む。


「ちゃんと、私の手を握れているか?」

「うん。握れているよ。だめ……だったかな?」

「そんなことはない。もっと握っていてくれ。一生握っていてくれてもいいんだぞ?」


「い、一生!?」

 顔が一気に熱くなる。


「そ、それは流石に恥ずかしい…………かも」

 恥ずかしくて思わず目を逸らしてしまった。

「冗談だ。気にするな」

「む、むう」


 そう言われると、無性に腹が立ってきた。思い切って、えるかを睨みつける。

「それも冗談だ。ははは」

「も、もう! えるかったら!」

 怒りをえるかにぶつける。

 両手で拳を握り、えるかのお腹に向かって振り下ろす。

「いたっ」

 それを何度も何度も繰り返す。


 でも、その音は少年漫画に出てくるようなドガッ! バキッ! みたいな暴力的な音では無く、ぽこぽこという感じに近かった。

「全く、凛は甘えん坊だな」


 その時、甘いお花の香りが鼻を掠めた。

 ジャスミンの――――えるかの香りだ。


 背中に圧力を感じた。

 温かくて、細い。

 いつの間にか、えるかの両腕が私の背中にあった。

「えるか……」


 私はそのままえるかの中に顔を埋めた。

 えるかの体温が伝わって来る。


 一生、こうしていたい。

 一生、このままでいたい。

 私の体は。

 私の心は。

 私のおっぱいは。

 私のアソコは。

 ――――すべてえるかのもの。

 私の全てをえるかに捧げるよ。


 だって、だって――――。

 私はこれ以上の幸せを知らないから。


「私達はずっと一緒だ。一生だ。凛が私をアバターとして蘇らせてくれたように、凛が死んだら今度は私が凛を蘇らせよう。約束だ」

「うん。絶対。絶対に約束だよ」

「ああ。当然だ。私が凛を裏切ったことがあるか?」

 左右に首を振って否定する。


「だろう。それなら、全て私に任せてくれればいい。心も体も。私に任せたら大丈夫。ぜんぶ。私が守ってあげるから」

「うん」

 ふと、視線を感じて周囲を見渡す。

 周りの人たちの視線が私達に集まっていた。

 どうやら、私達は目立ってしまったみたいだ。

「い、行こうか。凛」

「うん」


 一時間並んで私達は席に着いた。

 ――――数分後。


 もう、今から心臓がバクバクだ。

「えるか。私今、心臓がバクバクなっているよ」

「うん。私もだ」


 私もえるかも興奮している。

 えるかの方を見る。

 彼女の綺麗な白い手をそっと握る。

 彼女の手を握ると、何故か安心出来た。


「やぁ、みんな。今日は来てくれてありがと――――!!」

 意気揚々な声がマイクを通して会場全体に響き渡る。

 一人の人物が舞台に現れた。


 端正な顔立ちに切れ長の瞳。

 漆黒と真紅の衣装に身を包んだ長身で細身の男。

 その彼こそ、超有名男性アイドルであり、ソロ歌手でもあるVtuberである「もふもふ」先生だ。


「キャー――――!! もふもふ先生せんせーーーーー!!」

 テンション大爆発。

 爆上がり絶好調だ。


「それじゃ、来てくれたみんなの為に1曲目行っくよーーーー!」

 軽快なリズムと、もふもふ先生の王子様の様な爽やかな声が会場内に響き渡り、無数のペンライトが線を描く。

 人々の意識が、気持ちが一つになる。

 心臓に生きた音が響く。

 心に響く。

 これがライブ!!


 向上した高揚感は留まることを知らない。

「キャー―――! もふもふ先生――――! かっこいいーー!!」

 会場の人々の心が、魂が一つになる不思議な感覚。

 これは堪らない!

 ずっと浸っていたい!!

 新しい世界の扉を私は開いたような気がした。


 5曲目を歌い終わったもふもふ先生は、ステージの中央に立つ。

「それじゃ、6曲目は俺のデビュー曲!! 行きます! 『トライアングル エラー』!!!!」

 様々な色彩が会場内を飛び回る。


 ――――突然、世界が朱色に染まる。

 比喩では無く、現実として視界が朱色に染められたのだ。


「な、なになになに!?」

 会場全体が一瞬で混乱状態になる。

 紅い空間を見つめると良く見たら、ハニカム構造の形をしたホロの集合体だった。

 そのホログラムの一つ一つには、《Error》の文字が刻まれている。


「なに? 何が起こってるの?

「仮想空間のバグ!? まさか……」

 そんなことあるわけない。

 だって、この《ハーモニー》を構成しているのは、世界一の演算能力を誇る自立型AI量子コンピュータ――――《ラプラスプログラム》なのよ。


 そんな簡単にバグなんて起こるわけが……。

 そうだ。

 えるかなら何か。

 慌ててえるかの顔を見る。


「えるか……!」

 えるかはその場に立ち尽くしている。

「遂にこの日が来たのか。遂に……」

 《Error》空間は拡大していく。

「えるか逃げなくちゃ!!」


「無駄だ。私達は逃げられない。この世界に囚われたんだ。魂を」

「な、何を言って――――」

 こんなえるかの表情は見たことが無い。


「えるか。これは一体どういう」

「世界が崩壊――――いや、再構築されるんだよ」

「え?」

 えるかのあまりの非現実的なセリフに耳を疑う。

 えるかはもう一度その言葉を繰り返した。


「今、世界は再構築されているんだよ」

 その言葉に私は息を呑んだ。

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