第2話 仮想デート
《ユートピア》に私達は移動してデートをすることにした。
「そうか。私は死んだのか。もう、私は生きてはいないのか」
「うん」
私は何も言っていないのに、えるかは今の状況を理解した。
流石だと思う。
「それなら、不思議だな」
「何が?」
「そりゃそうだろう。私は今考えている。行動をしている。でも、それはあくまで生前の一式えるかが考えたこと、行動したことデータに基づいて、ニューラルネットワークの技術を用いて予想される行動と思考傾向をまねているだけだ。人の脳の真似事なのだよ。これは」
「でも、声も受け答えも仕草もえるかだよ」
「そりゃそうだ。過去の私が感じたことをデータ化させたものをこの人形に入力しているのだからな。私も驚きだ。まるで、意識が戻ったみたいだからな。本当に生き返ったような気分だ。当然、死んでから半年の記憶はもちろん無いのだがな」
「えるかはえるかだよ。私の大切な友達。それがクローンでも変わらないよ」
「ふ。そう言ってくれるか。私は良い友人を持ったな」
街中は若者でいっぱいだった。
でも、この世界では外見なんて何の意味も成さない。
現実世界では男でも、ここでは女——なんてことは今の時代では当たり前のことだ。
昔はそれを「ネカマ」と呼んでいたとえるかが教えてくれた。
今では、それを「ネット異性NG」と呼ぶ。
が、それも段々と死後となりつつある。
言葉も風化して消えていく。
その代わり、新しい言葉が芽を出す。
それが文化を形成し、文化もまた言葉を消し、新しい言葉を生み出す。
言葉と文化の相補的な関係が歴史を生み、人の思考と感性を形作る。
私たちは、《ユートピア》の中央部にある都市――――《ハーモニー》――――にあるエルドラ学院に向かうことにした。
《ハーモニー》は華やかで若者が活気立っていた。
体験型ゲームに夢中になる者、恋人とデートをする者、チャットで知り合ったばかりの見知らぬ人とデートをしたり――。
仮面ペルソナを被った人々が自分たちの時間を過ごしていた。
――――エルドラ学院。
《ハーモニー》の中心街に位置する《ユートピア》有数の学園の一つだ。
この世界の中での学校は、強制的な「授業」は一切存在しない。
中高の教師や大学の教授が開講する講座は全て希望制。
「個人の最大幸福」を善とする《ユートピア》は、自分の思い通りにならない理不尽な現実世界から逃げ、人々の息抜きができる唯一の場所なのである。
――――個人の自由意志、個人の最大幸福。
それは学問にも言える事で、個人の意志と実力により自分の興味のある講義を聴講することはもちろんのこと、部活動に励むことも可能だ。
全ては自分の思い通り。
流石、《ハーモニー》有数の学園であるエルドラ学園。
大門を抜けると、広大な庭園が目の前に広がる。色とりどりの花々や草木が庭園に咲き乱れている。
私達は唯何をするでもなく庭園の中を歩き回る。
窓の外からは学生の声や講義をしている講師の先生の声が教室から聞こえてくる。
でも、今の私達にはそれは関係ない。
私はえるかと一緒に歩きたい。
えるかと一緒に話したい。
えるかのいつもの小難しい話に付き合っていたい。
彼女と共にいる時間、空間全てが愛おしく尊い。
だからこそ、彼女と一緒にいる時間を失いたくない。
「ね、ちずるもそう思わないか?」
「え? 何? ごめん。ぼっーっとしてた」
「つまり、私はちゃんと「私」でいられているのかとちずるに聞いているのだよ」
「え? どういうこと?」
「今の私は全て仮初めの姿。姿形、心までもな。今まで入手したデータからどんな行動をするのか、どんな心の変化をするのかを予測し、行動しているだけ。本当の『心』はそんなものではないだろう。そんな機械的なことは考えない。と、私は思っていた――――」
「ということは違うの?」
「ああ。外的刺激を認知して、様々な思考や行動を行う。それを人は経験だとか知覚だとかと言う。それは私達AIでも変わらない。このニューラルネットワークを実現した今では。それでは、人にだけ残ったものとは何か。それは遺伝だと私は思うのだよ」
「……遺伝」
「そう。遺伝。遺伝的性質。それだけはどうにもならない……。けど、それはどうでもいいのだよ」
「どうでもいい?」
「そう。でも、電子デバイスはそれまで生きてきた人間の知覚、感覚全てを記録する電子機器。ちずるは私と一緒にいて何も違和感は感じないのか?」
言われてみれば……。
正直言うと、違和感は微塵も無い。
「いえ。全然」
「それなら、AIの研究成果は成功したと言えるな。人に何も違和感を与えずに接することが出来る。仮想上とは言え、人間を創り出すことが出来たんだ。一つの偉業と言えるだろう。人の五感に何の違和感も与えていないのだからな。私も《自分》が《自分》でいる。生き返ったかのような気分だ。こんな不思議な気持ちは初めてだ。生き返るというのはこんな不思議な気持ちだったのだなと思う。私はずっとちずると一緒にいたいんだ」
「私も一緒。えるかと一緒にいたい。それが私の願い」
「うん」
エンドラ学園の庭園を一通り回ると、私達は街中に繰り出すことにした。
《ハーモニー》の中にある繁華街に出ることにした。
繁華街は、道行く人々で賑わっていた。
食事を楽しむ者、ゲームに夢中になる者、道の端で駄弁っている者。
それぞれがそれぞれの楽しい時間を味わっていた。
適当に美味しそうなカフェを見つけてその中に入ることにした。
幸いなことにも、物静かな雰囲気の良いカフェに入ることが出来た。
木彫りの机や椅子、カウンター。
自然を活かした内装に天井のLEDランプの優しい光が店内を優しく包み込んでくれた。
私たちは店内の一番端の席に座ることにした。
向かい合わせに座る。
店員が来て、注文を尋ねて来た
「私はいちごパフェで」
「それでは私はいちごみるくパフェにしようか」
「かしこまりました。イチゴパフェとミルクイチゴパフェですね。それでは少々お待ちください」
私達以外にはもう一組男女のカップルがいた。
二人は楽しそうに話をしている。
一方、私達はお金の話をすることとなった。
「えるか、君はどうやってこの世界のお金を集めているのだ?」
「私はダンジョンとかでお金を集めているよ。今人気の『ブレイクストーリー』ってやつ。『ブレイクストーリー』100エルスあたり25ルイだったかな。それで10000ルイス稼いだことだってあるんだから!」
「ほう。それは凄いな。《ユートピア》の中にあるゲームの通貨なら何でも使えるという話だったが、それは本当だったか」
この世界に住む住人なら誰でも知っていることだと思っていたけれど……。
昔からそうだけれど、えるかは常識が無いからなぁ。
でも、それがえるかという人物を作っていると言っても過言ではないから。
何とも複雑な気持ちになってしまう。
「それじゃ、えるかは《ユートピア》のお金はどうしていたの?」
「うむ。それはだな、現実世界のお金を使っているのだよ」
「げ、現実のお金を……」
そう言えば、えるかの家はもの凄いお金持ちだったはず。
「何か?」
「い、いや何も……。相場はどのくらいだっけ?」
「1ルイ=10円だ。本当、このお金はどこに流れているのやら」
「国に流れているっていう話だよ。つまりは、税金だよね。まぁ、そのお陰でこの世界で生きることが出来るんだけどね。管理会社と言っても、この世界はみんなで作っているんでしょ? 全体の管理はスーパーコンピュータ《ゼウス》に任せられてるっていう話だけど」
「ああ。そうだ。その中で私たちは、この世界で『生きる』ことが出来ている。中には、最低限の生活を現実でして、仕事場はこの中でしているという人もいるくらいだからな」
「変わっていくんだね。世界は」
「ああ。変わらずにはいられない。この世界に平穏なんて有り得ない。この世界は変わり続ける。それが、どのような形であってもな」
そう。
人が求めているのは永遠の《平和》――――《平穏》――――の日常と世界だ。
だけれど、この世の理はそんなことを許してはくれない。
私達は変わり続ける。
「お待たせ致しました」
そこへ、頼んでいたいちごパフェとミルクイチゴパフェが来た。
いちごがてんこ盛りに盛られている。
これは美味しそう。
思わず、口から涎が出そうだ。
ごくり。
「いただきます」
手を合わせて一番上のいちごを食べようとすると、その苺はえるかの口の中に吸い込まれていった。
「あっ!! なんで私の苺を食べるのよぉ!! それは私のでしょ!」
「ふふん。食べるのが遅い凛がいけないんだ。代わりに私が食べさせてあげよう」
えるかはニヤニヤしながらスプーンを私の中に突っ込む。
「むぐ……」
な、生暖かい。
さっきまでえるかの口の中に入っていたから。
「美味しいか?」
えるかは口元を緩ませて尋ねて来た。
「う、うん」
「そうかそうか。それじゃ、もっと食べさせてあげよう」
えるかはそう言うと、私の口にパフェを運び続ける。
「ふふ。本当にかわいいな。凛は」
「も、もう。私は小動物じゃないんだから」
「でも、可愛いのは本当だ? 私の凛は私の天使ちゃんなんだからな」
「そ、そんなこと言われたら恥ずかしいよ」
パフェを食べ終わったらカラオケ、プリクラ、公園と色んな所に行って楽しんだ。
えるかとの分かれの時が来た。
寂しかったけど、また会えるから。
寂しくない。
そんなこんなをして私達はその日を過ごした。
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