「嫁入り」

すると、再び景色が変わった。


今度は駄菓子屋の商店の店先。


少女は大人の女性の姿に変わり、

お嫁に行くのか白無垢姿で

両親に頭を下げている。


しかし、彼女の目には光はなく、

ずいぶんとやつれているように見えた。


父親は上機嫌の様子だが母親の顔は暗く、

彼女の横に着くとそっとささやく。


「あなたはお金を借りるためにお嫁に行くのだからね。

 向こうの人たちには頭をよく下げて、

 どんな仕打ちを受けても我慢するのよ。」


「…はい。」


そこに、母親はすっと四角い箱を出す。


木彫りの箱の蓋を開ければ、

中にはガラスケースに収まった、

一体の市松人形が入っており、

母親は白無垢の娘にそれを渡した。


「これは、私があなたに渡せる唯一の嫁入り道具。

 このお人形はおばあさんの代から家にあってね、

 生活に困ったらこれを売って。」


それを聞き、女性は目に涙を浮かべる。


「母さん…」


そして、母親と娘が抱き合った時、

ポツポツと雨が降り出し、

それは雷の鳴る大粒の豪雨へと変貌した。


…雷鳴により、視界が一瞬さえぎられる。


次に見えた店舗の光景は、

雨の中でずぶ濡れになった、

シャツにスカートをはいた女性の姿。


店内では電話が鳴り響き、

応対する父親の声は必死に

弁解しているように聞こえる。


「はい、申し訳ありません。お金の方はなんとか…」


同時に、母親が店舗から飛び出し、

娘の方へとかけよるも、

その頬におもいきり平手打ちをした。


「あんた、何で子供ができなかったの!

 子供さえできればお金を返さなくてすんだのに、

 苦労しなくてすんだのに、何で家に帰ってきたの!」


どしゃ降りの雨の中、

女性は「うう…」とうめきながら、

空のガラスケースを地面に落とす。


その中には、やや厚みのある封筒。


嫁入りの時に入っていた人形は、

今や跡形もなくなっていた…

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