「言いつけ」

…マイコ、あなたは自分のしたいことは、

これからもこの先も我慢するようにしなさい。

人にどのような嫌なことをされても、

それを我慢してやり過ごしなさい。


少女の背後にぼんやりとした

女性の姿が浮かび上がる。


それは幻のように揺らぎ、

少女は女性の言葉にびくりと体を震わせる。


…私たちはそうやって生きるしかないから。

ここ以外に行ける場所なんてないから。


陽炎のように立つ女性。

その面立ちは少女とよく似ている。


彼女は、少女の母親だろうか?


その女性の腕や顔には

少女と同じようにいくつものあざが見えた。


…私たちは世間様に頭を下げて

生きていかなきゃいけないから。

そう生きていくしかないのだから。


ついで、少女を叩く男の姿も現れた。


…人の迷惑になることをするんじゃねえ、

てめえは人様に口出せるような資格を持ってねえんだよ。

名家の子にいじめられたなんて二度と口に出すんじゃねえ。

いいも悪いもねえ。周りが偉いんだ、てめえがバカなんだ。


男は酒に酔っている様子で、

少女の叩かれた頬は赤く腫れ上がり、

それは次第に青あざへと変化していく。


そして…


「…っく、ひっく…。」


気がつけば少女は泣いていた。

キューブを持ちながら泣いていた。


背後に見えた人影は薄れていくも、

少女は誰にともなく頭を下げる。


「ごめんなさい、お父さん、お母さん…

 わがままを言おうとしてごめんなさい。

 お願い事なんてしません。許してください。」


そして、涙を拭い、

少女はキューブに言った。


「私には、願いを叶える資格なんてありません。

 別の人の願いを叶えてあげてください。

 私なんかより他の人を…」


『…そうですか。』


すると、キューブはみるみる光を失っていく。


『あなたの思いは受け取りましょう。

 ですが、最初に我々の話を聞いていただけた存在として、

 未来の技術が確立する頃にまたお会いするかもしれません。

 キューブはこのままお渡しします、…では、さよなら。』


そして、キューブは完全に光を失う。


気がつけば、空は白み始めており、

クレーターの周りには数人の人だかりができていた。

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