「未来のための引き止め」

「…な、なんで君たちここにいるんだ。

 さっきまで上の階にいたはずなのに。」


慌てたヨシノスケさんは、

片手に持っていたコーヒーのカップを落とし、

はずみで中身が床にこぼれる。


「あっ」


瞬間、ヨシノスケさんはとっさに

コーヒーがかからないようパソコンを抱え直し、

僕がそのパソコンに手を触れる。


「ヨシノスケさん。この中にある知的生命体の情報を、

 会社に持って行かないでください…横取りされるだけです。」


「え?何を言って…」


慌てるヨシノスケさん。


そう、これはスタンプラリー先で

キツネにされた予言。


しかし、ここで彼を逃す選択した場合、

予言は成立してしまうように思われた。


みれば、ヨシノスケさんの足は別の方向へと向いていて、

明らかに僕らを避けようとしているのがわかる。


「そ、そんなワケないだろう?

 僕はちょっと外の車で休憩しようとしただけさ。

 そんな別の場所に持っていこうだなんて…」


そのタイミングで、

僕の考えを察したユウリがフォローを出す。


「ヨシノスケさん。こぼしたコーヒーを

 そのままにしておくのはいけませんよ。

 私、ポケットティッシュを持っていますから、

 パソコンはマサヒロくんに預けて床を拭きましょう。」


たじろぐヨシノスケさん。


「え、いや。僕はちょっと外の空気を吸いたくて、

 それに、どうしても行くべきところがあって…」


そこに、上の階からキヨミさんの声がかかる。


「ヨシノスケ。何をしているんだい?」


途端にヨシノスケさんは

破れかぶれで逃げようと思ったのか、

僕を突き飛ばすためにとっさに身を後ろに引く。


でも、ここで逃げられてはいけないと思い、

僕はヨシノスケさんに向かって、ラリー先のビル壁…

そこに刻まれていた会社名を口にした。


「…その会社、将来的にキューブの実験に失敗して、

 起きた爆発で文字通り建物ごと潰れました。

 ラリー先で僕らはその未来を見てきたんです。

 ヨシノスケさん…その会社に覚えはありますか?」


すると、ヨシノスケさんの口が大きく開き、

顔からバタバタと大量の汗が噴き出す。


「…どこで、その会社名を。

 そこは、僕が勤めている研究所の合併先の会社で、

 今は事業拡大のために他の部門を検討中のはずで、

 でも、将来的にキューブの実験で潰れる、なんて…」


そう言いながらも口を押さえ、

へなへなと階段に座り込むヨシノスケさん。


「そんな未来が…僕のせいで?」


足元にはコーヒーの水たまりができているが、

今は気にしている余裕もないようだ。


「…ようやく、事務から解放されると思ったのに、

 残業しても終わらない仕事から解放されると思ったのに、

 なんで、なんでなんだよ…」


パソコンを膝に置き、

子供のように頭を抱えるヨシノスケさん。


「なんで、何一つとして、

 僕の考える未来はうまくいかないんだよ。

 中学の頃から、何一つ…」


その目からは大粒の涙がバタバタと落ち、

パソコンの蓋の上に落ちていく。


「何でだよぉ…誰か、教えてくれよ…

 僕を助けてくれよぉ…」


クマの浮いた目、絞り出すような声。


あまりにも悲惨なその姿に、

僕らは黙って立ち尽くすほかない。


そうして泣きじゃくるヨシノスケさんに、

凛とした声がかかった。


「じゃあ、私に一から説明すればいい。

 解決できることなら私が協力するよ。」


顔を上げるヨシノスケさん。


そこにいたのは、

すでに隣に来ていたキヨミさん。


そして、ヨシノスケさんの顔を見下ろすと、

彼女はニッと笑う。


「…だって、あんたは可愛い私の教え子だからね。

 助けになれることなら、なんでもするよ。」

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