No.10 「電光クジラ」

「ステージへの戻り道」

「なんだ?まだなんか、

 聞きたいことでもあるのかい?」


控え室、タバコの吸い殻を机に押し付けた

ヒッピー風の男は椅子から立ち上がる。


「…ん?このスタイルが、

 俺自身、気に入っているかって?

 そりゃあ、面白いこと聞くなあ。」


つかつかと、脇に置いていたギターを取り上げ、

男はポツリとこうつぶやく。


「ホントは好きじゃねえよ。

 こいつは、最初に音楽に目覚めた時から、

 一番逸脱したスタイルなんだからな。」


そしてこちらを見ると「お、意外か?」と、

どこか嬉しそうに声をあげる。


「こちとら、中学時代から音楽をかじっていたが、

 目指す先はこんな懐古的なものじゃあなかったのさ。

 テクノとかポップスとか、ロックやヘビメタに憧れてた。

 パソコンに打ち込めば歌ってくれる電子声優の曲も好きだった。」


「でもな、」男はそう言うと、

ギターを鳴らしながら歩き出す。


「結局、俺一人では音楽は作れなかった。

 誰かと一緒にやってこその曲だったのさ。」


そこで、男はついっと音を止める。


「…懐かしいぜ、そいつと曲作って、セッションして、

 ケンカして、でも笑って許しあって…」


男はドアを開けてステージへと向かう。


「俺は、ソイツに曲を届けたかった。

 願いを叶えた俺の情けない姿を見て笑ってもらって、

 『やっぱ、俺がいないとダメだな』って思わせて、

 戻ってきたアイツと一緒にまた一から曲を作って、

 …そう、俺はアイツに戻ってきて欲しかったんだ。」


ステージの真ん中で、

ギターを弾きながらもそう語る男は、

歌いながらも泣いているようで、

その姿はひどくあわれを誘った。


「でも、結局ここにはアイツはいない。

 俺の曲を聴いてくれる観衆はいない。

 俺は、誰のためにこれを歌っているんだろうか。

 なぜ、俺の考える未来は何一つうまくいかないのか。

 誰か、教えてくれないか…」


ジャジャンッ


歌うようにそう弾き語ると、

男はステージの上でうつむく。


…だが、それに拍手を送るものはいない。


あるのは席の半数以上を埋める死体と、

それを運ぶナンバーずだけ。


どこか欠けた音楽。

何かが欠けてしまった男の曲。


その余韻だけが会場に残る。


…そして、男は絞り出すようにこう言った。


「もう、行ってくれ。俺を一人にしてくれ。

 次の曲を考えないといけないんだ…」


その声に応え、後ろを向くと、

男のつぶやきが耳に届く。


「…なあ。もし、ブレイカーをしている最中、

 俺を探している男がいたら言ってくれ。

 『中学の時は悪かった、また曲を作ろうぜ』って、

 それでアイツはわかってくれるはずだからな。」


そして、再びギターのソロが始まる。


男以外誰もいないステージで。


だが、曲調は先ほどと同じ、

ひどくもの哀しいメロディに聞こえていた…

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