No.07 「フィッシュ&ディップス」

「車窓と魚」

ガタンガタンッ


軽快な音とともに電車がゆれる。


沈みゆく夕陽が車内に射し込み、

内部を赤く照らす。


僕ら以外、動くものがいない車内。


…いや、一匹。


車両の奥、

床に落ちる影の中にそれはいた。


ひらひらと広げられた、

黒い背びれと尾びれ。


銀色の頭部に左右に見える目玉はぎょろりと大きく、

明らかに僕を意識してか、パクパクと動かす口は、

今にも噛みつきそうに僕に向けられている。


頭頂部に空気穴と思しきメッシュがなければ、

とうてい着ぐるみとは思えないほどに、

リアルな姿をした魚。


…そう、僕らはキューブを調べに行った

帰りに電車に乗っていたはず。


だが、気がつけば僕らは

強制的にこの場に移動していた。


激しい攻防があったのか、

車窓の窓ガラスには、

ほぼ全てにヒビがが入っている。


夕陽のせいで建物が影になっていて、

外の様子もよく見えない。


ユウリもやっちんも動かない。

…いや、ほとんど動くことができない。


「クッソ、腕一本かすっただけでこれかよ。」


座席から右腕を引き抜こうとやっちんはもがくも、

まるで埋められてしまったかのように動かせない。


「『フィッシュ&ディップス、すり抜ける闘魚ベタ

  ぶつかった相手の体をどこでも沈めることができる。

  完全に沈められないように気をつけよう!』

  …じゃあ、この車内に出ている手足はみんな、

  沈められた犠牲者ってわけ?」

 

電車の床から必死に足を引き抜こうとするユウリは、

それでも片手に持ったスマホのデータを読み上げる。


車両のそこいらじゅうの座席や床からは、

腕や足が無数に飛び出している。


中にいる人間がどうなっているかはわからないが、

すべて目の前の魚の攻撃による犠牲者であることは

よういに分かった。


そんな中、唯一不意打ち攻撃を

受けなかったのは僕だけ。


ユウリもやっちんも魚に少し

ぶつかっただけでこうなってしまったのだ。


狭い車内の中。


さわったらいけない魚に、

どうスタンプすればいいのか。


僕は必死に考えあぐねながら、

揺れる車内で立ちつくしていた…

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