「学長像前にて」

…今から数時間前のこと。


早朝の電車に乗って二駅目、

バスに乗ること十五分。


僕らはキューブが何なのか調べるために、

大学前の学長像の前まで来ていた。


これは、昨日やっちんが電話をした相手の指定場所だったが、

未だに電話をしたことを後悔しているのか、

やっちんは像の足元でいじいじとスマホをいじっている。


学長像の手前には『天文学博士 ヨコミゾ氏』と刻まれていて、

後ろにはいついつ大学を創設したとか書かれていたが、

正直そこまで目がいくような内容でもない。


三連休の初日にもかかわらず、

キャンパス内は行き来するひとが何人もいて、

大学って忙しいところなんだなあと、

僕らがぼんやりと考えていると…


「お、ヤスシ。ちゃんと学長像の前にいるね。

 二人とも、ここに来るまで何も悪さはしてないかい?」


そこにかかる、女性のダミ声。


やっちんは、とたんにぴょんと真上に跳ね、

僕も昔のことを思い出し、ちょっぴり立ちすくむ。


そこにいたのは恰幅の良い、

腰に大型のポーチを付けた色黒の女性。


彼女はやっちんの叔母であり、

大学で鉱物の研究をしているキヨミさんだった。


「べ、別に悪さなんかしてねえし、

 俺たちもう、一年生の頃とは違うし!」


必死に弁明するやっちんに、

キヨミさんは「どうだかねえ」と疑わしげな目を向け、

手に持っているキューブにもちらりと目を配る。


「…ま、調べて欲しいものをちゃんと持ってきてるならいいさ。

 大学構内は広いから、くれぐれもはぐれないように。

 他の依頼で押してる中で時間つくって調べてあげるんだから、

 ありがたいと思いな。」


そう言って、スニーカーで軽快に歩き出す

キヨミさんにユウリはこそっと聞いてくる。


「ねえ、なんでやっちんは、

 あんなに小さくなってるの?

 叔母さんと甥っ子の関係でしょ?」


構内の守衛さんから、

中に入るための許可証をもらいつつ、

僕は「まあね」と苦笑する。


…実は、僕もやっちんも

ここに来るのは初めてではない。


小学一年生が、

最初で最後の一度きり。


まだまだ頭の中がガキンチョだった僕らは、

その日、遊びに来たテンションそのままで、

キャンパス内に置かれた化石の標本のいくつかを

叔母さんが目を離したすきに落書きして回ったのだ。

…しかも、油性ペンで。


「そりゃ大目玉だわ。

 今、入れてくれたのが奇跡的なくらい。」


あきれるユウリの言葉に、

僕は大きくうなずく。


まったくだ。おかげで今の今まで、

大学内の出禁を食らっていたのだから。


電話口のやっちんのペコペコ具合を思い出し、

僕も反省するところがあるので反省しておく。


でも、もし「実験室」と書かれたドアを開けた先に、

まだ落書きの残った化石があって磨けと言われたら、

僕は真っ先に逃げ出す自信はあった。


そんなことを心配しつつドアが開くと、

キヨミさんは僕らを中に招き入れる。


「…じゃ、そこの椅子に適当に座って、

 みんなの持ってるその怪しい鉱物を

 一つずつ見せてもらうよ。」

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