「走行中」

そこは高速で走る車の上であり、

ボンネットにはやっちんと自転車がくっついている。


やっちんをつかむ僕。

…だが、僕はやっちんの体をつかんではいなかった。


正確にはやっちんの背中。

背中におぶさる透明の物体をつかんでいた。


そう、同化したやっちんは何度も

背中を見られることを嫌がっていた。


つまり、背中に何かがあるという証拠。


「これが、お前の正体か!」


僕は思い切り力を込めると、

透明の物体を引きはがす。


離れてみれば、それは幼稚園児ほどの大きさの着ぐるみで、

なぜか女の子の声できゃあきゃあ言っているように聞こえた。


そして、そのお腹にスタンプの模様が浮かび上がる。


「ユウリ!」


僕はとっさに後ろを振り向くと、

ユウリに腹の部分を見せる。


…だが、そこで僕はようやく気がつく。


「無理、今にも落ちちゃう!」


そう、車は高速で走行している。


風圧と僕の指示のせいで、

ユウリは今ボンネットにしがみついている状態。


これで立てというのはどだい無理な話だった。

最後にして、僕はとんでもないミスを犯し…


「どけ、俺がやる!」


その瞬間、僕はとっさに後ろを向かされ、

着ぐるみの腹にキューブが押し当てられる。


『キュアアアアアアアアアア!』


耳の痛くなるような高音、

持っているカメレオンの本体が熱くなり、

僕は思わず手を離す。


「大丈夫か?」


そこにいたのは、片手にキューブを持つ僕の大親友。

カメレオンの支配から逃れたやっちんの姿。


「マジごめんな。意識はあったんだけど、

 体の自由がきかなくてさ、これで許してくれよ。」


照れた顔で笑うやっちん。

僕もそれに笑って首を振る。


「…いいよ、別に。」


許すも、許さないもない。

親友が戻ってきてくれただけで僕は嬉しい。


再開の喜びに僕らはピクリとも動かない

チビカメレオンを下に残したまま、

がっちりとハグをする。


「あの…お取り込み中悪いんだけどね、

 ちょっと今、私たちヤバイみたいなんだけど。」


ボンネットにしがみつきながらの、

あきれたようなユウリの言葉。


…いや、僕だって気づかなかったわけではない。


カメレオンが離れた時点でやっちんはおろか、

車だって自転車だって支配から逃れていたのだ。


つまり、現在の走行中の車は暴走状態にあり…


ガッシャン


そして、転移する直前。僕らの乗っていた車は、

交差点のどん詰まりにあったビルの店舗へと

とんでもない勢いで衝突していった。

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