「スタンプラリーへの疑念」

追突の瞬間、気がつくと僕は

自分の部屋の勉強づくえの前で

スマホとキューブを持って立っていた。


時刻は夜の九時半を回った頃。

スリッパを履いたパジャマ姿。


ラリーで負ったすり傷はひとつもなくなっており、

パジャマにあれだけ着いていた汚れもなくなっていた。


これは、前回のアヒルの時もそうだったが、

どうやらラリー終了時には開始時と同じ状態の

体調や服装に戻されるらしい。


まあ、その点、死んでしまえば、

どうなってしまうかはわからないが…


その時、僕のスマホに電話が来た。

相手はユウリで、僕はあわてて電話を取る。


『…あ、大丈夫?ケガはない?

 私たち、最後に衝突した車の上に乗っていたから、

 もし戻った時にケガでもしていたらと思って。』


僕は「大丈夫だよ」と言い、

ユウリは安心したように一息ついた。


『そっか、やっちんもそう言ってたから。

 疲れているみたいだし、先に寝るって言ってたわ。

 だから、明日の朝まで電話はしないであげてね。』


僕はそれに同意し電話を切ろうとしたが、

ユウリは『…それでね』と続ける。


『やっぱり、あの後ニュースやネットも見たけど、

 私たちの関わったラリーの会場(?)について、

 何の情報もでてこないの。これって変よね?』


ユウリの言葉に僕も「確かに」と考える。


昨日スタンプしたアヒルのいた施設。


ラリーをしていた時点では、

施設で最近事故があったという記憶や、

県外に大型施設があったという認識もあった。


でも、それは時間が経つにつれ、

僕の記憶から薄れていくように感じられた。


ラリーの終わった今では先ほど起きた車の衝突でさえ、

本当に起きたことなのか疑わしい気持ちになっている。


『…ね、あまりにも変でしょう?

 だから私、この現象について二つ仮説を立ててみたの。』


そうしてユウリが言うには、ひとつは仕組みこそわからないが、

ラリー自体がキューブを受け取った子供だけが見ることの

できる仮想世界のゲームではないかという説。


『ようは、VRゲームみたいなものかな?だったら服も汚れないし、

 キューブを持っていない人がラリーの情報を持っているはずもない。』


確かに、それなら問題はない。


子供が行方不明になる原因こそわからないが、

それなら大方のラリー起きる現象にも説明がつく。


『で、もう一つの仮説なんだけど…もしこれが事実だとしたら、

 私たちはもう、ラリーを開始する前から危険な状態にいるわ。』


そう言うと、ユウリはすうっと息を吸い込んで言った。


『この街…ううん、この世界にいる人たちの意識や法則が、

 ラリーを中心として誰かの手によって操作されているという説。』


それを聞いて、僕の背中を

つうっと冷たいものがよぎる。


『誰かが操作しているからこそ私たちは気づかない。

 事故が起きても記憶は消される、人が消えても認識できない。

 街にはナンバーずが徘徊し子供の行方不明は当たり前になる。

 だから、あの死んでいた双子も…もしかしたら、ミカさえも…』


そう、言葉をつむぐユウリの声は震えていて、

僕はいたたまれなくなり思わずこう言った。


「ユウリ、仮説だけじゃダメだよ。

 僕らの目的はラリーのスタンプを集めることだ。

 …今は、それに集中しよう。」


ユウリもそれを聞くと「そうね…」と言って僕に謝る。


「今日、自分が何もできなかったから弱気になったのかもね。

 次のラリーの時には頑張るわ…じゃあ、また明日ね。」


そして、通話の切れたスマホの画面を見て、

僕は反対の手に持ったキューブを机の上に置き、

ベッドにもぐり込むことにする。


机に置かれたキューブには

カーテン越しに月の光を浴びて、

スタンプした三つの模様がぼんやりと浮かんでいる。


ウサギ、アヒル…

そして今日スタンプしたカメレオン。


結局、あといくつスタンプを押せばいいのか、

僕はユウリに聞いていない。


それとも、ユウリ自身も知らないのかもしれない。


僕はベッドの中で寝返りを打つ。


…結局、このスタンプラリーについて、

僕らは知らないことだらけだった。

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