「誘うアヒル」

振り返れば、プールサイドに立つユウリが

両手で耳をふさぎながら叫んでいた。


…こっちまで急いで来て!


僕も耳をふさいでいるため

その声までは聞こえないものの、

雰囲気を察知しプールサイドまで向かう。


みれば、やっちんはどこで拾ったものか

黄色い耳栓をつけており、

余った両手で僕を引き上げるため、

輪になったロープを水の中へと伸ばしていた。


僕は耳を塞いだ状態で

流れるプールの水に足を取られつつ、

必死に垂れたロープへと進んで行く。


この場合、後ろのアヒルに背をむけるのは怖いが、

うかつに両手を離して先ほどと同じ状態になるのは

もっとごめんだった。


そして、重たい服を引きずりながら

ロープの輪の中に入ると、

僕の体は勢いよく引き上げられ…


「『唄いアヒル、歌声で人を誘い出すアヒル。

  でも、近寄りすぎる人はキライ。

  両手のつばさで相手の頭をつぶそうとする。』

 …ワガママな奴ぅ。」


ユウリはスマートフォンにそうぶう垂れると、

避難した施設内の倉庫を探り、ダンボールに入った

未開封のスポンジ耳栓を一袋取り出し、僕に渡す。


「業者が夜逃げ同然で閉鎖したって噂だからね。

 もしかしたら在庫があると思ったの。

 やっちんには売店の売れ残りをとっさに渡したけど、

 この倉庫なら隠れられるし、替えの服もあると思ってね。」


…確かに、水と血を吸った服は重たくてしょうがなく、

着替えられるものならすぐにでも着替えたかった。


僕はユウリから施設のマスコットキャラクター入りの

シャツとズボンを受け取ると棚の裏に回って着替えることにする。


死んでいたのは施設内を片付けに来ていた

職員だったのか…正直なところはわからない。


でも、プールの中で見た死体は

テレビで見るよりも何十倍もきつく、

僕は着替えのあいだに何度もひどい吐き気を覚えた。


ラリーをしていく中で

こんな目に何度も遭遇するのかと思うと、

どうも気が重くなる。


でも、途中で抜けることはできないみたいだし、

何よりもユウリを悲しませたくなかったので、

僕は変な魚ともイカともつかない生物の描かれた

半ズボンを履き終えると、二人の元へと戻ることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る