「朝食と猫だまし」

『次のニュースです。

 昨年閉鎖となった大型ショッピングモールで

 複数の遺体が発見された事件で、警察関係者によりますと

 殺人事件の可能性も視野に入れた身元確認が進められており…』


「ほら、早く朝ごはん食べちゃいなさい。

 このままだと遅刻するわよ。」


洗い物をする母さんの言葉に、

テレビを眺めていた僕は慌てて

冷めたフレンチトーストにかじりつく。


お皿の上にはカリカリに焼いたベーコン。

炒めたレタスと焼きトマトは僕の好物なので、

目玉焼きとともにさっさと食べてしまう。


「どうした、やけに真剣にテレビを見ていたが。」


そう言って、食後のコーヒーを飲む父さんは

機械部品のエンジニアをしていて、

職場が近くにあるので僕は正直羨ましかった。


「そういう時には小中高と良い学校を出て、

 大学で技術を磨いて一流企業に就職して、

 早めに出世して近くに家を買えばいいのさ。」


出た、父さんの自慢話。


僕はその手の話にはうんざりなので、

ショッピングモールで見つかった遺体は、

近頃起きる行方不明事件に関係するのではと口にした。


すると、父さんは

感心したようにコーヒーを飲む。


「ふーん、それはいい線をついているかもな。

 お前は案外刑事とか向いているかもしれない、

 …でもな。」


でも?


僕はそれに首をかしげる。


父さんはこういう時には話を否定をしない。

むしろ面白がってさらに聞きたがるタイプだ。


しかし、父さんは

机から身を乗り出して僕に聞く。


「それを知って何になる?

 何が有用で何が不要か、

 今のお前に果たしてわかるか?」


父の顔が迫ってくる。


「…わからないだろう?

 それはお前が子供だからだ。

 子供は子供の義務を果たせ。」


僕の頬を冷や汗がつうっと流れる。


後ろのテレビの音が小さくなり、

水道の蛇口の音がやけに大きくなる。


「子供はもっと遊ぶものだ。何も知らずに遊ぶものだ。

 知る必要のないことは知るべきではない。 

 必要のない知識を無駄に増やすことは、

 すなわち将来、お前の首を絞めることに…」


もはや何を言っているのかわからない。

わからないけどひどく怖い。


「だからな、ここで終わりにしよう。」


パーンッ


その瞬間、目の前に閉じられた両手が見えた。

…いや、それは人の手ではない。


羽毛のついた羽、

巨大な鳥の両手。


それは人間大のアヒルの着ぐるみの両手であり…


「耳を塞いで、また誘い込まれるわよ!」


ユウリの声に気がつけば、

僕は胸まで水に浸り、

プールの中に立ち尽くしていた。


周囲には人の死体。


頭部を潰されたと思しき遺体が

一つ二つ浮いている。


その血の匂いを嗅いだ瞬間、

僕は思い出した。


そう、今はラリーの最中。


つい先週に閉鎖したはずの、

県の大型プール施設。


学校の帰り道、僕らが今後のことについて話そうと

やっちんの家に行った時に再びラリーが始まり、

気がつくと僕らはこのプールに飛ばされていた。


そして、目の前。


巨大プールに立っている

着ぐるみアヒルが大きな口を開く。


喉の奥はスピーカーのような構造になっていて、

そのさらに奥に見える小さな顔が口を開ける直前、

僕はとっさに耳をふさいだ。

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