第45話 クレーンゲーム
9:56 a.m.
土曜日。待ち合わせ場所に向かうと既に柊子の姿があった。
木陰でスマホを弄っている。まだ俺には気づいていない様子だ。
肩を露出している黒のトップスと、藍色のジーンズ。いつものように眼鏡はしていない。
普通に行くのもなんかつまんねぇかなー?
そうだ、驚かしたろと小学生の男子のような精神で俺は彼女のもとに向かう。気配を消して、ゆっくりと。そして耳元で「わっ」と言葉を発した。
「きゃ!」
甲高い声が響いた。あまり聞いたことがない柊子の声。
肩を震わせこちらを見る柊子。耳が赤い。
「うぃーす」
「……」
柊子は無言だった。無言で俺を睨む。
そして俺の頬を右手で思いっきりつねった。
「”いだい”」
「本当に驚いたんだからね」
「”ごめん”」
「はぁ……もう、おはよ」
「おはよう」
柊子は呆れ顔だった。こいつ馬鹿だなーと顔が言っている。
本気で嫌がってはいない。いや、たぶん。
「じゃ、行こうぜ」
「うん、駅の時間過ぎちゃうし」
そうして柊子と並んで歩き出す。
昨日、大雨だった名残のある地面を踏みしめながら。
そういや、今日2人なんだと俺は今更ながらに思った。
*
電車で数十分でそこに着いた。
ここらへんでは一番都会な場所だ。大きい本屋から映画館、はては猫カフェまで何でもある場所。休みだということで、人の姿は多く見られ、活気を感じさせた。
とりあえず最初の目的であった参考書を買うということで、その本屋に向かう。一階は文房具やカフェがあり、二階から六階くらいまでは全部分類ごとに分けられた本がある。案内図では参考書類は3階にあったので、エレベーターに乗り三階に向かう。
やはり小さな本屋と比べものにならないほど参考書等があり、壁一面を覆っている。
「なんでも、あんなここ」
「ね……ん、これとか良いかも」
柊子が参考書を開いて俺に見せる。
それは一問一答形式でポケットサイズの参考書だった。
隙間時間にも読みやすそうだ。
柊子はそれを買うことに決めたらしい。
「恋詩、なんか買うのないの?」
「俺はいいかな、あんまり本わかんねぇから」
「んー、じゃあ私がなんかオススメする」
その後、しばらく色々な本コーナーを回った。
一般小説、ライトノベル、少年漫画、少女漫画、イラスト集コーナーなど。あまり本屋には来ないのでどれも新鮮だった。それで柊子からいくつか面白い本を紹介されたので2冊だけ購入することにした。
「飯食べにいく?」
「うん、行こ」
この辺りには、飲食店も数多くある。俺達はもう昼時ということでご飯を食べに行くことにした。お腹が結構空いていた。
「なんか食いたいのある?」
「んー、お腹空いてるから基本なんでもありかなー」
俺は少し考えた。このあたりで美味しい場所。いくつか知っている店はある。柊子が気に入りそうな場所。んー。
「麺系は?」
「麺? ラーメンとか?」
「うん、ちょっと離れたとこに美味しい油そばのお店がある」
「油そば?」
「汁が少ないラーメンみたいな感じ。俺は結構好き」
「おぉ~、じゃあ、そこで」
そんなわけで時折行くそのお店に行くことになった。
そのお店はビルが立ち並ぶ大通りから少し中に入ったところにある。
小道に入ると、人気は少なくなり、まるで別の場所のようだ。
そしてしばらく歩いているとその場所が見えた。
「あのお店?」
「そう、ってちょっと並んでるな」
そのお店は、住宅街の直ぐ側に店を構えている。
そのお店の前には3人程度人が並んでいた。
「中に入るまでに10分くらい待つかも、大丈夫?」
「全然大丈夫。へー、こんなとこにお店あったんだ」
「わかりにくいよな、ここ」
店先の暖簾の前で待つ。そうしていると、予想通り10分程度で中に入ることができた。
「あ、食券機なんだ。どうしよ何がおすすめ?」
「一番上の”あぶらそば”が俺はやっぱ一番かな~」
「じゃあ、それにしようかな」
俺達は食券を買い、席に座った。柊子はあぶらそば並盛で、俺はあぶらそば大大を選んだ。5分もかからず”あぶらそば”が運ばれてくる。
「量大丈夫?」
「うん、これくらいなら行けそう、というかシンプルだね」
その”あぶらそば”にはチャーシューやのり、めんまなどしか乗っていない。具材はあまり多くはないのだ。更にチャーシューや具などがほしいときはトッピングでつけるシステムだった。
「最初は普通に食べて飽きたら酢とラー油とかをかけるのがオススメ」
「そうなんだ、じゃあいただきます」そう言って俺と柊子は手を合わせた。
柊子の反応が気になるので、じっと待つ。
柊子は”あぶらそば”を軽く混ぜ一口食べる。
どうだろ。
「……ヤバい、なにこれ」
「どう?」
「マジで美味しいんだけど」
「よっしゃ」
柊子は喋ることを止めて”あぶらそば”を食べることに集中した。
本当に美味しそうに食べている。
「俺も食うか」
”あぶらそば”は久しぶりだったが変わらぬ味だった。俺は”あぶらそば”大大を10分程度で食べ終え、食事を終えた。柊子もちょうど、その頃に完食したようだった。
「「ごちそうさま」」満足そうな表情の柊子。
そんな表情されると本当に嬉しくなる。
「ほっんとうに美味しかった。凄い気に入ったかも、また来よ?」
「そうだな」
そう言って俺達はその店を出た。そのあと俺達は大きなショッピングセンターに行き、ショップなどを適当に見ていた。服や靴、雑貨店、コーヒーショップなどを回る。そして現在はゲームセンターにいた。煩くて耳が痛いが気にしないようにする。いてぇけど楽しい。
「いけ」
「頑張れ、頑張れ」
俺はクレーンゲームをしていた。
アームがぬいぐるみを持ちあげている。
だが、これもさっきまでは出来たことだあとはゴールに落ちるだけ。
だが、その寸前でぬいぐるみが落ちる。
「「あぁっ」」2人揃って声を上げる。
クソ、なかなか取れない。
「もっかい」俺は100円を入れた。
「頑張れー」と応援する柊子。
「奥?」
「もうちょっと、後少し、そこ!」柊子がクレーンゲームの側面を見ながら言う。
アームが、ぬいぐるみを掴み持ち上げる。
「おっ、なんかいい感じかも」俺は手応えを感じていた。アームがしっかりとぬいぐるみを掴んでいた気がする。
「良いね」
順調にぬいぐるみを運ぶアーム。
行ける――
「「あっ」」
ぬいぐるみが落ちる場所を囲む板の上に落ちた。しかもそれだけじゃない。落ちたぬいぐるみが回転し、完全に元の場所まで戻っていた。
「「……」」
俺は静かにキレた。
目に違和感を少し覚えるも、500円を挿入する。
「えぇ」柊子が驚いていた。マジかこいつみたいな目をしている。
行け、行け。
アームがぬいぐるみを掴んで、そして――
「よっしゃぁ」
「お~」柊子がパチパチと拍手する。
さっきまでの苦労は何だったのかというほどあっさりとぬいぐるみが落ちた。400円無駄になってしまったが。
取れたので良か……った? あ……
俺はクレーンゲームのガラスに反射する自分の顔を見て絶句した。 俺の瞳に黄金の輪が浮かんでいた。
おい、マジかよ。
横目で一瞬だけ柊子を見るもまだ気づいていない。
「ごめん、トイレ」
「あ、うん。こっちで待ってるね」
トイレの個室に入り、スマホで自撮りをするように確認する。
「映っとる」
黄金の輪が瞳に映っている。はっきりと。
ど、どうすんの……これ。
このままじゃ柊子の元まで戻れない。
「消えろ、頼む」念じるように口に出すと、徐々に金色の輪が薄くなる。まじか、こいつ自分の意志で消せたのか。
「よーし、そのまま。消えろ」
金色の輪は完全に見えなくなった。
普通の目だ。影も形もない。
俺は息をついた。
「なんだったんだ……今の」
俺はトイレの個室で呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます