第42話 野中葵


 6:26 a.m.早朝。


 有名なファストフード店の中にあるボックス席。そこに俺と柊子、一ノ瀬はいた。俺と同じソファに柊子が座り、反対側に一ノ瀬が座っていた。店内はやはり朝だということで、空いており7割程度が空席だった。俺も柊子も、一ノ瀬も全員制服姿で、テーブルには飲み物やポテトの他に、教科書やノートが広げられていた。


「でも良かったのか?」俺は柊子に聞いた。

「ん、何が?」柊子は首を傾げる。

「こうして教えてもらって」

「あぁ、別に。人に教えることで自分も知識を整理できるから」

 

 と、柊子は穏やかな顔で言う。俺は正直、申し訳ない気持ちしかなかったが、柊子がそう言うなら何も言えない。思えば、中学のときから柊子には世話になってばかりだ。


「ほらまず、この時点でグラフの形を大まかに想像しなきゃ」柊子がノートに手書きの図を描く。

「おー」

「aが3だから、グラフはこの向きでこんな感じの形になるの」

「なるほど」

「で、こっから平方完成して、その後は~」

「……」


 柊子が俺の側でノートを開きながら問題を解く。ノートに広がっていく計算式。

 俺はその講義にふむふむと頷きながらあることに気がついた。結構距離が近い。柊子と身体がほぼ密着している。それに顔もすげぇ近い。柊子はそのことを意識してはなさそうだ。


「聞いてる?」

「聞いてる」


 柊子が一度こちらを見たあと、視線をノートに戻す。そして解説をしながら、左手で髪を耳にかけた。俺は柊子の横顔に一瞬見惚れたあと、勉強に集中しようと柊子が描いた図形を凝視した。ちなみに一ノ瀬は自身の課題に取り組んでいるものの、時折俺と柊子の会話に参加し、一ノ瀬からもポイントなどを教えてもらった。



 「あっ、もうこんな時間?」一ノ瀬が店内の時計を見て、そう声を上げた。その声で、俺も柊子もその時計を見る。時計は8時5分を示していた、この店から学校まで行くのにちょうどいい時間だ。気づけば1時間半程度経っていたことになる。


「んー、結構勉強捗ったかも」と一ノ瀬。

「でも、毎日ハンバーガーとポテト食べてたら太っちゃいそう」と柊子が笑いながら応える。

「ありがとな」俺は柊子に言った。

「試験終わったらなんか奢りなさい」

「りょーかい、期待しとけ」


 そんな感じで俺達はお店から出た後、学校へ向かった。朝だからなのか、勉強したというのに疲れはまったく感じなかった。それに柊子の教え方が上手なのか、すごく頭に入った気がする。それから俺達は余裕を持って学校についた。



「じゃあ、この問題解き終わったら各自、自由に過ごしていいぞー、でも隣はまだ授業中だからうるさくない程度にな」そう言って、山ちゃんは教室から出ていった。


「こういうとき、山ちゃん助かるよね」一ノ瀬が隣で言った。

「それなー」と俺も返す。


 今、ちょうど山ちゃんの授業が終わったところだった。山ちゃんが提示した問題はそれほど難しくはなく、数分で解き終わるものだった。時刻は四限目。授業時間はあと20分余っている。つまり休み時間を含めてあと30分は自由時間があるということだ。ふと、周りを見渡すと寝る奴、勉強する奴、友達とおしゃべりする奴と各々好きに過ごしている。隣の一ノ瀬は、その真面目な性格故かすぐに先程の授業の振り返りのようなものをしていた。


 俺も見習わねば。だけど、俺はまずテストに向けて苦手分野を消していかないといけない。山ちゃんのものは後にして、俺は別の教科の勉強をやることにし、今机に広げられている教科書をロッカーに置きに行くことにした。教室後ろにある俺の番号のロッカーの扉を開く。乱雑なロッカー内部。教科書が縦に横に並べられて取るのも一苦労だ。なんとか、先程の授業の教科書を入れる。


「佐藤のロッカーやばくない?」近くにいた女子が俺のロッカーを見て笑いながら言った。その女子は髪を茶色に染めていて、スカートも少し柊子達より短い。なんというかクラスで目立つ女子の一人で今どきの女子高生って感じの子。名前は野中葵。あまり喋らないクラスメイトだった。というかあの噂が広まってからは、柊子と一ノ瀬以外とほぼ喋ったことはないが。なので、こうして話しかけられるのは珍しい。


「整理整頓できないんよ」

「はは、ウケる。まぁ、私も似たようなもんだけどさ」

「ってか珍しいな野中が話しかけてくんの」

「まぁ……ね」


 野中は少し真剣な表情になった。教室の後ろの空間には俺と野中しかいない。

 だが野中は小声で「ちょっとあっちで話さない?」と教室の外のほうを指差した。俺はなんだろうと思いながらもそこに一緒についていく。そしてひと目につかなそうな場所へ着くと、すぐに野中は口を開いた。

「その……前から佐藤に話したいことがあって」

「どうした? そんな真剣な顔して」

「……突然だし、今更かもしんないけどさ。私、あんま佐藤があの噂通りの奴ってどうしても思えないんだよね」


 俺はいきなりのことに少し面くらった。


「その……私あーちゃんとも結構付き合いあるけど、あーちゃん一言もそんなこと言ってなかったよ」

「……そうなのか」

「佐藤、あれからあーちゃんと喋った?」


 昨日の深夜、一方的に話しかけられたが、もちろんそのことではない。

 記憶を振り返る。そういえば、一度だけ学校で喋ったこともあったような気がする。

 あのときの朱里は少し様子がおかしかった。


「ちょっとだけな、あっちから話があるってことで」

「そっか、んー」野中は少し考えている様子だった。俺も特に何も言わずそれを見守る。


「もしかしたらあーちゃん、佐藤の噂とかあんまり知らなかったのかもね」

「え?」

「私も、凜華も。ほら、あーちゃんと仲いいグループにいるじゃん? 佐藤とあーちゃんが別れたあと、あーちゃんの前で佐藤のこととかほとんど話してないんだ。あーちゃんも聞いてほしくないみたいだったから。しかも違うクラスだし」


 凜華とは、同じクラスの四宮凜華のことだろう。クラスで一番目立つ女子。目の前の野中もそうだが、彼女たちは朱里と仲が良かった。


「だからってわけじゃないんだけど、そんなにあーちゃんを嫌わないであげて」

「あ、うん」別にと俺は応える。

「それと……その、ごめん!」と野中は俺に頭を下げた。

「へ?」

「今まで、無視みたいなことして」

「あ、あぁ」

「今、よく考えたらおかしいよね、あーちゃんが言ってないのに、なんで噂が広がるのって。私、佐藤のことそんなに知らなかったから……その」

「ん、まぁ別に、気にすんな。そういうもんじゃん? あんまり仲良くなかったし」

「……佐藤さ、いいヤツだよね。柊子とか一ノ瀬さんと一緒にいるの見て前から思ってたけど」

「そうか? 別に普通だと思うけど」

「普通の人は無視されてた人にそんな顔で話せないよ」と首を横に振った。そして、野中は「時間とらせてごめんね、教室行こ?」と言い、教室に向かった。


 教室はとくに何も変わらなかった。時計を見ると、10分程度過ぎており、そんなに話してたんだと俺は思った。自分の席へ帰ると、そこには柊子が座っており、一ノ瀬と話をしていた。


「おかえり恋詩くん」と一ノ瀬が言った。

「ただいま、ってか席奪われてる」と俺は冗談めかして言う。

 だけど、柊子は俺の顔を見て少し無表情になった。

「ねぇ」

「ん?」

「葵と何話してたの?」葵とは先程まで話をしていた野中葵のことだ。

 俺はそう聞いてくる柊子の目に嫌な物が混じっているように見えた。

 どこまでも深い湖。そんなイメージを柊子に一瞬抱いた。


「なんか色々あったけど仲良くしよみたいな」

「……ふーん」


 柊子はそれで納得しないようだった。


「どうしたんだよ」

「……別に、何でもない」


 その日、柊子は少し不機嫌なままだった。

 俺はそれに違和感を覚えながらも、期末試験を頑張ろうと残りの授業を真面目に受けた。

 そして一日が終わった。




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