第41話 神造物



 御堂朱里は夢を見ていた。それを夢だと知覚できるほどには意識があった。

 ある高台の木で出来たベンチに自分は彼と座っていた。

 少し赤みがかった髪の少年。その彼と手をつないでいる。

 

「恋詩」

「ん?」

「呼んでみただけ」

「今のすげぇ恋人っぽい」

「ふふ……」


 寒さで凍える手を温めるように、彼と結ぶ。

 暖かい。とても。手をつないで側にいるだけで、なにより心が満たされている。

 幸せとは、こういうことを言うのだろうと朱里は思った。


「ずっと、こうしていたいな」

「そうだな」と彼は朱里に言った。それは子供どうしの戯言のようなものであったが、朱里は心の底からそう思っていた。


 だが、終わりは来る。

 特に自分には。こうしていられるのも後、どのくらいだろう。


(あぁ、全部消えてしまえばいいのに)


 そして世界が反転した。

 夜空が裏返り、星が地上に墜ちた。





「……」


 御堂朱里は目をゆっくりと開いた。そして朱里は、自分がどこにいるのかをすぐに理解した。医務室。それも叛鬼衆東部総括本部の医務室だ。朱里は記憶を取り戻す。先程まであった出来事を。”無名”と出会いそして完膚なきまでに叩きのめされたことを。朱里に怪我はなかったものの、救護班が来たときに倒れてしまったのだ。


「……」


 隣を見ると同じ第6班のメンバーの姿がベッドにあった。悠真、仁、渚、燐の姿が共にある。朱里はゆっくりと身体を起こした。


「朱里、起きた?」


 姉である御堂椎名が壁にもたれ掛かって、こちらを見ていた。隣には龍堂景正の姿もある。椎名に大した怪我はなさそうだ。


「最後まで近くにいたあなたが起きるのを待っていたの。正式に上へ報告しましょう」と椎名が言う。それで朱里は、現状を理解した。

「お姉ちゃんは大丈夫なの? 身体」

「ええ、特に問題ないわ、少し痛むけど、すぐに治りそう」椎名は腕の動きを確かめるように動かした。


「一応、大まかには説明したが、きちんと報告しねぇとな」と景正が言った。

 なるほどと朱里はベッドから降り、椎名達と共に歩き始めた。

 どこにも怪我はない。当然だ、なにもされていないのだから。


(なんであのとき、止めたの”無名”)


 思い出すのは”無名”の最後の行動。朱里を襲おうとして、突然動きを止めた。あれがなければ今頃は自分も、他のメンバーと同じようにまだ意識を失っていたのかもしれない。


「失礼します」そう思考していると、気づけば目的地の扉の前に立っていた。

 椎名を先頭にその場所へ入る。そこには男が二人、女が一人座っていた。全員、見知った顔だ。椎名よりも上の階級の叛鬼師だ。


「東部第6班隊長御堂椎名、他二名参りました」


 どの会社でも役職があるように、叛鬼師においても階級や役職は存在する。それが、目の前に座る管理者と呼ばれる東部を指揮する者たちだ。訓練生、一叛鬼師、そして隊長格、管理者、そしてその頂点が降臨級叛鬼師。通称、降臨者と呼ばれる者だ。


「よく来た。早速本題に入ろう」

「はい」椎名が応える。

「……それで、お前たちの目から見て”無名”はどう映った?」

「そうですね、一言で言えば……”絶対者”とでも言えばいいのでしょうか」

「ほう」

「どのような攻撃をしても”無名”には届きませんでした。捕縛の神術を受けていても”無名”は、その様子なく動いていました。それにあの”技”、間違いなく長く修練を積んだ者の動きです」

「……」

「ただ、外部の組織の人間とは思えませんでした。見た目もそうですが、彼らにメリットがない」

「どんな見た目だった? もう一度説明しろ」

「最大の特徴として”無名”は鬼と人、半分ずつの面をつけていました。身長は175センチ程度でしょうか、筋肉の付き方からして男でしょう、そして黒い鞘、赤い柄の刀を所持していました、服装は――」

「……なるほどな」


 一通り椎名が説明する。朱里と景政もそれに付け加えるように口を開いた。

 そうして椎名達が喋り終えた後、部屋に静寂が訪れた。皆、思考しているのだ。”無名”について。


「不幸中の幸いは、”無名”にこちらを傷つける意志はないということだけだな」

「はい……本当に」


 第6班は全員、生きている。それに怪我という怪我もない。皆、朝には目を覚ますだろう。


「……」

 あのとき、間違いなく”無名”は東部6班全員を殺すことが出来た。それも赤子の手を捻るより簡単に。


「ただ、一つだけ、感じたことがあります」椎名が言った。

「なんだ言ってみろ」

「……”無名”の持つ刀。おそらくあれは神造物です」

「馬鹿な」と管理者が信じられないような顔をした。その場にいた全員が椎名に注目した。「まじかよ」と隣で景正が呟いた。


 神造物。それは”神術”によって造られた武器等の総称。神術の中には”物質”として顕現するものがいくつか存在する。朱里の天火明命アメノホアカリノミコトもその一つだ。神造物は使用者が生きている間は、自由自在に顕現させたりすることができる。だが、基本的に神造物は使用者が死ぬと同時に世界から完全に消失する。だが例外として力のある術者の場合、死後も残ることがあると言われているが、その現物を朱里は見たことがなかった。


「ありえん」管理者が言った。そう、ありえない。現在、”この世界”において神術を使用できるのは叛鬼師という存在だけだ。もしあの刀が神造物ということは”無名”は叛鬼師ということになる。だが、あのような存在は叛鬼師の歴史上存在しない。


「なぜそう思った?」

「私の神術――金山姫神カナヤマヒメノカミは鍛冶の神」


 椎名は手に十文字の槍――金山姫神カナヤマヒメノカミを顕現させる。

 そこで、朱里は理解した。


「その力の一端として触れた金属に”変化”をもたらす事ができます。ですが、それには例外があります」

「それは?」

「相手が同じ神造物である場合、この力は発動しません。金山姫神カナヤマヒメノカミが”変化”させることができるのは、通常金属だけになります」

「……なんということだ」


 そこで全員が理解した。金山姫神カナヤマヒメノカミで変化させることができないということは、相手の武具は神造物に他ならない。


「つまり”無名”は」

「いえ、そこまではわかりません。もしかすると”遺物”かもしれません」


 椎名が言っているのは、死んだ術者が残した武具であるということだ。力のある叛鬼師が死後、世に残した神造物。


「そんなもん、本当にあるのか?」景正が言った。朱里もそれが聞きたかった。

「……ある。”遺物”は本当に。一般には知らされていないが本堂にはいくつか残されている」

「朱里達に教えてもよろしかったのですか?」

「別に良い、景正はともかく、朱里も君と同じで御堂の直系だ。いずれ知ることになる」

「まじかよ……」景政が震えた。

「だが……それも考えにくい。”遺物”はすべて本堂で管理されている。ありえん……」


 結局、その日”無名”への手がかりはそれ以上掴めなかった。

 朱里達はそれで話を終え、外に出ようとした。そのときだった。最後にと管理者が口を開く。


「近々、東部に降臨者様が来られる。”無名”の件も含めてだ。君たちも一度、呼ばれるだろう」そう、出ていく朱里たちに管理者が声を掛けた。そうして、朱里達はその部屋の扉をゆっくりと閉じた。

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