第40話 叛鬼衆東部6班

『まえがき 少し名称を変えた部分があります~!』




「……」


 俺は叛鬼師に囲まれていた。俺の周囲に四人。後方に二人。そして隠れているようだが遠くの家の屋根に一人。それぞれが刀や錫杖、弓を所持してこちらに構えている。以前にも見た居合の道着を元にしたような黒装束。俺はよく見ると一人ひとりその黒装束が違うことに気づいた。部分的な甲冑とでも言うのだろうか、臑当や籠手を纏う者もいれば、映画などで見る忍のように脛を絞った袴を纏う者もいる。場所は公園から少し離れた開かれた場所。街灯はなく、周囲はかなり薄暗い。


「動くなッ! 刀を捨てろッ!!」


 俺の右側に立つ刀を持った男が言った。男の顔には傷があり、威圧的な印象を俺に与えた。朱里もあの金髪の男もそれをじっと見る。誰も警戒を抜かない。背後からも前方からも刀を構えられている状況だ。


 その中で俺はやべ、どうしよと心の中で頭を抱えていた。最期の異形を倒す寸前に叛鬼師のことは気づいていたのだが、また逃しても大変なことになるのでそちらを優先したのだ。男の言うように影静を放すという選択肢はない。だが速く何か弁明しなければと考え俺は気づいた。今、喋ったら朱里にバレるんじゃねえかと。


”昔からの知り合いであればバレる可能性は高いでしょう”


 頭に影静の”声”が届く。やっぱそうだよな。それに俺の髪色は黒一色というわけではなく、少し赤みがかっている。幸いにして今は薄暗く、ただの黒にしか見えないとは思うが、街灯のある場所に移ればすぐにわかるだろう。


「聞こえないのか貴様ッ!」

「……」


 うるさいんじゃボケ! と返したくなるのを必死で堪える。


「仁さん、少し穏便に話しましょう。全員、武器を下ろしなさい」

「隊長、ですが!」

「いいから」


 朱里と共に後方にいた一人の女性がこちらに近づいてくる。背は高く、すらっとしており、こちらの女性は十文字の槍を所持している。俺は彼女がどこか朱里に似ているなと感じた。


「私達は叛鬼衆東部6班。私の名前は御堂椎名と申します」

「……」


 そこで俺は思い出した。俺は彼女に会ったことがある。朱里と付き合う前に。一度だけ話した。彼女は朱里の姉だ。雰囲気もまったく違ったからすぐには気づかなかった。


「”無名”。私達はあなたをそう呼んでいます。正体不明の”鬼”を狩る者。単刀直入にお聞きします。あなたは何者ですか?」

「……」


 どうする? 声を出せばバレる可能性があり、だが黙っていていいような雰囲気でもない。狭間を開いてあちらの世界へ逃げ込むという選択肢もあるが、それをすれば俺と影静が狭間を自在に開けるということが彼らに明らかになる。それはできるだけ避けたい。影静に確認しても、ほぼ俺と同じ考えのようだ。


 であればと、俺が体内で”力”を回し、ここから全速力で逃げようと足に”力”を込めた瞬間。目の前に金髪の男の刀があった。身体を半歩ずらし避ける。振り抜かれた金髪の男の刀が道の花壇を破壊した。

 

「悠真ッ」

「椎名さん! この男は危険ですッ! ここで倒しましょう!」

「ッ仕方ない!! 全員戦闘に入れ!」


 御堂椎名が声を上げると同時に、悠真と呼ばれた金髪の男と顔に傷が入った仁と呼ばれた男が同時に斬りかかる。俺は影静を振るい、彼らの刀を弾いた。そして背後から斬りかかるもう一人の男に、肘を入れようとして寸前で止めた。手の甲に”力”を込め、彼の刃を受ける。


「……ッ」


 クソッ、どのくらいの”力”で殴っていいかわかんねえ。


 ここから撤退しようとし、俺は気づいた。俺の片足に何かが絡みついているということに。視線を下ろす。半透明の藍色の”力”。それが俺の右足に巻き付いていた。左側にいたもう一人の叛鬼師がこちらに錫杖の先を向けていた。あれだ、あの叛鬼師の力だ。


 身体が重い。まるで巨人に足を掴まれているかのようだ。

 

「朱里ッ!」


 金髪の男が朱里に向かって声を張り上げた。矢が放たれる。光り輝く矢。

 俺はそれを捉えると、身体の位置を変えた。拳一つ分程度の空間を矢が通り過ぎる。避けたことも束の間、朱里の姉の十文字槍が目の前にあった。俺は一度震脚し道路を震わせ彼女の体勢を崩す。そして足を藍色の”力”に掴まれたまま後ろに距離をとった。


「なっ!」

「……」


 殺すという選択肢はない。だが、これでは逃げることも難しい。距離をとった瞬間、金髪の男と傷の男が左右から同時に斬りかかる。まずいな、防戦一方になっている。俺は休む暇なく振るわれる槍や刀を避けながら思考する。一つ一つの攻撃に対処するのは難しくない、だがここまで連続で攻撃されると反撃する隙がない。


”恋詩、私と変わってください”


 そんな”声”が頭に届いた。


”彼らのように中途半端に力を持つ相手を殺さないよう相手するには、今の恋詩では難しいでしょう”

”……了解”


 俺は、その声のまま身体を彼女に受け渡した。

 


 御堂朱里はその存在を射線に置きながら思考する。”無名”。叛鬼師の間でその存在はそう呼ばれている。身長は170後半だろうか、体格からして男だろう。髪は薄暗くてよく見えないが恐らく”黒”。そして半分が鬼、半分が人の奇妙なお面を被り、朱色の柄の刀を持つ。朱里はその姿を見て、”無名”は思っていたより若いのではないかと直感的に思った。そして、それ以上に感じたことがある。


(なんて馬鹿力)


 彼女、四方堂燐の神術を受けているにも関わらず”無名”の動きに衰えた様子はない。朱里の仲間の一人である四方堂燐。彼女の神術は対象を一定時間捕縛するという力。対象は単体かつ、ある程度の大きさ以下、そして神術を使っている間は何もできないという条件はあるものの、”鬼”との戦闘において非常に有効な術である。朱里は彼女の神術を受け、あそこまで動ける存在を見たことがなかった。”無名”に攻撃する暇は与えていないものの、燐の神術の効果が途切れればどうなるかはわからない。


(早めに決着をつけたい)


 ”無名”が動きを突然止めた。刀を逆手で持ち、脱力する。諦めたかのようにも見える。だが、朱里の叛鬼師としての経験がその光景に違和感を覚えさせた。


(雰囲気が変わった……?)


 荒々しい雰囲気から静かなものへと。


「貰ったッ!」仁が刀を大きく振る。

「待って」と叫ぼうと口を開いた瞬間、仁の身体が真上に大きく飛んだ。


「仁ッ」と悠真が叫ぶ。だが「悠真、前を見なさい!」という椎名の怒鳴り声が響いた。悠真の胸の中心、そこに”無名”の手のひらが当てられていた。瞬時、後方にいた朱里の横を悠真の身体が過ぎた。


「え……」


 悠真と仁が吹き飛ばされた。それは理解できる。だがそこまで何が起きたか理解できない。椎名が十文字の槍を、”無名”に向かって振るう。妹である自分の目から見ても、逃げ場のない鋭い突きだ。


「……」


 だが槍の先が”無名”の足の裏にあった。槍の先は道路へと突き刺さり完全に動きを止めている。朱里は次の瞬間、椎名が殺られる光景を思い浮かべた。そのときだった。「ウォォォォ」という声が朱里の横を通り過ぎた。先程吹き飛ばされた悠真が駆ける。速い。瞬きよりも短い一瞬で悠真の身体は”無名”の前にあった。朱里は悠真を援護するように天火明命アメノホアカリノミコトを射る。天火明命アメノホアカリノミコトの光の矢が曲線を描くように”無名”へと到達する。


 だが、それでも”無名”には届かなかった。朱里には”無名”の身体が消えたようにしか見えなかった。気づけば、椎名が道路に押さえつけられるように倒れていた。その隣で悠真も力を失ったように倒れている。”無名”の周りに四名の叛鬼師が無残に転がっていた。


「あ、ああ……嘘、そんな」


 燐が絶望したような表情で、錫杖を下ろす。”無名”の足から燐の”藍色”の神術が消え去る。神術の効果が消えた。これで”無名”は何にも縛られずに動くことができる。気づけば燐の前方に”無名”がいた。燐の身体が力を失う。地上に立っているのは既に朱里と”無名”だけになっていた。


 足が微かに震える。強い。信じられないほどに。最初戦っていたときも強いと感じたが、途中から何もかも違う。手を抜いていたのだ。”無名”は。力量を見るために。達人。いや、それ以上だ。曲がりなりにも生まれてから今まで修練を重ねてきた。それもここにいる全員がだ。それでも届かない。”武”の極地。朱里は今まで”無名”は若い男と考えていたのだが、それを改めた。


 違う。これは何十年も、いや何百年、戦うことに人生を捧げねば到達しない場所。そう直感的に朱里は感じた。全てが完成している。だが、まだだ。まだ手は残っている。朱里は”無名”の注意を逸らすように声を掛けた。


「あなたは何?……本当に人間?」

「……」

「大陸の組織の者?」

「……」


 ”無名”は答えない。ただゆっくりと朱里に近づく。

 そして、一定の距離に”無名”が入った瞬間。視界の隅で微かな光が見えた。

 龍堂景正。ここから少し離れた住宅の屋上。彼はそこにいた。

 景正の神術は特徴的で、直接的な戦闘は難しく、遠距離や不意打ちでこそ真価を発揮する。ある程度の被害は出たとしても”無名”が勝ったと油断する瞬間、それを景正は狙っていたのだ。


 轟音が鳴った。鳴った瞬間には雷を纏う槍が”無名”を貫――

 

「え……」

「……」


 朱里は言葉を失った。”無名”の左手にそれがあった。プス、プスと焦げ匂いを発する黒色の槍。それを”無名”はこちらを見たまま掴んでいた。”無名”の手から槍が落とされ、カランカランと音が鳴る。


「……」


 ”無名”が朱里の一歩先にいた。そのとき、朱里は既に死を覚悟していた。勝てない。私達では何度挑もうと。そして”無名”の空の手が朱里の目の前にあった。


「……ッ」


 ”無名”が動きを止めていた。朱里の顔寸前で、その腕が止まる。

 まるで何かに動きを抑えられているとでも言うような動きだった。

 ”無名”はその後、こちらに背を向け薄暗い町の中へ消えた。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 朱里は力を失ったかのように、その場に腰を下ろした。

 そして震えを抑えるように自らを両腕で抱きしめた。

 


 

 

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