第38話 支配
『※残酷表現・暴力表現注意です!』
異形が怒り狂っていた。俺という存在に気づいたのだ。
奇妙な”風”に包まれた村の中にその光景はあった。
鳥類と爬虫類のちょうど中間のような頭部を持つ巨躯の異形。
その背からは、巨大な黒翼が伸びている。
「強そうだ」
「えぇ、強力な力を感じます」
妖刀になった影静が言う。そう、不意打ちは成功したものの、ここから先はどうなるかはわからない。俺は、影静を持つ手を握りしめる。
『――――ッ! ――ッ ――ッ!」
異形が何かを叫んでいる。言葉の意味はわからないが、罵詈雑言なのは理解できる。嗅いだことのない古びた匂い、肌に刺さるような重圧と気持ちの悪い”風”。
「影静、なんて言ってるかわかるか?」
「えぇ」
そう、俺はこの世界の言葉を理解できないが、影静なら理解できる。
「要約すると恋詩の腹わたを引きずりだして、生きたまま食べてやると言っています」
「こえぇよ」
そう影静と話していると、目の前に異形の腕があった。
長大な爪。一つ一つが鎌のように鋭い。それに速い。少しでも遅れれば一瞬でミンチにされることがわかる。
「じゃぁ、やるか」
「えぇ」
俺はなぜだか恐怖心を感じなかった。
だが、落ち着いているという感じではない。
きっとこれは――。
俺は足に力を込めた。
お面の下で俺は笑っていた。
*
異形には全てが理解できなかった。
目の前の矮小な存在が自らの足を切断したという事実に。
その存在は、人と鬼を模したようなお面を被り、奇妙な刀を持っていた。
奇妙な刀と表現したのは、異形はその刀を見るとなぜだか背筋が凍るような感覚があったからだ。だが、憎悪がその感覚を鈍らせる。
『グォォォォ!』
異形は足を失ったことで倒れそうになるのを、背にある巨大な黒翼を羽ばたかせることによって平衡を保つ。羽ばたかせた衝撃で地面が大きくえぐれた。砂塵が村を満たす。視界が砂で満ちる。だが、異形には見えていた。あの存在がどこにいるのかを。
『人風情がッ!!』
一度空中に舞い、”力”を貯める。
身体の内部で膨大な”力”が凝縮される。
そして、異形はそれを放出した。
圧縮された”力”が”熱光線”となって自身の口から放出される。
だが、その存在はすでにその場にいなかった。追うように”熱光線”を移動させる。
異形の放出した”熱光線”によって、大地が削られ豪炎が生じる。
そこで異形は気づいた。
『村人がいないッ!』
村を囲ませていた”風”がかき消えている。
あの存在だ。あの存在が消したのだ。
「よう、これで思いっきりやれるな」
近くでその声が聞こえた。その存在が、異形の肩に乗り語りかけていた。理解できない言葉の羅列。異形はその存在が外の者であることに気づくと同時に翼を大きく羽ばたかせ、その存在を弾き飛ばす。
『貴様ァァァァァ!』
即座に翼を硬質化させ、その存在に叩きつける。
だが。
『は?』
掴まれていた。翼を。振るわれる。その腕にある刀を。
だがその前に異形は自身の片方の翼をもう一つの翼で押し出す。
そして両方の翼を大きく羽ばたかせ一度距離を取る。
『なんだコイツはッ! なんだコイツはッ!!』
信じられない力だった。人ではない。この存在は人ではない。
人を模した何かだッ!
異形は距離をとった後、もう一度、内部の”熱”を放出しようと口を大きく開け、そこで動きを止めた。
下顎に何かが刺さっていた。視線を動かす。刀。いつの間にか異形の足元にいたその存在が持つ刀が伸び、下顎に突き刺さっていた。言葉にならぬ悲鳴が自身の口から出る。”熱”の放出が上手くいかない。そしてその存在は残っていたもう片方の異形の足に軽く裏拳を当てた。たんっと軽い音が鳴る。だが瞬時、叩かれた足が破裂した。
『グォォォォォォォッッッ!』
絶望。恐怖。痛み。怯え。全てが異形を支配する。
(何だ! 何だコレは!! 何をしたッ!)
理解ができない。異形は頭がどうにかなりそうだった。
自らよりも遥かに矮小な存在に絶望と恐怖を覚える。
翼を羽ばたかせ空へ飛ぶ。村から大きく距離を取る。
村の上空。自身が支配する空間。異形は”風”を支配する。
その存在の周りにいくつもの 竜巻が生まれる。
ただの人間であれば、一瞬で肉片になる竜巻。それをその存在へと収束させる。たとえ鬼であろうと、ただでは済まない。
『ハ?』
異形が生み出した竜巻がその存在を飲み込む。
だが異形は気づいた。”風”が自身の支配を外れていることに。
その存在を中心に竜巻が混ざり合い、一つの巨大な竜巻が生まれる
”風”はその存在を害するのではなく、守るように取り囲んでいた。
異形は空中で竜巻の中のその存在を見た。人と鬼を模したその面の瞳。そこには金色の光を放つ環状の紋があった。
「じゃあな」
その存在は言葉を発した。その腕には刀ではなく、先程の男が持っていた黒色の槍が握られていた。そして槍を大きく振りかぶった。
『ヤメロォォオオォ!』
鈍い音が鳴った。異形は視線を動かす。異形の腹部に巨大な穴が開いていた。竜巻が飛んだ槍をさらに加速させ、異形の腹部を貫いたのだ。
逃げたはずだった。その存在が槍を投げた瞬間、大きく距離をとった筈だ。
消え逝く意識の中、異形は理解した。”風”だ。”風”が槍の方向を修正したのだ。例え、どこへ逃げたとしてもあの槍は追ってきただろう。
(このような……こと、ありえ――)
異形の意識は完全に消失した。
*
宗久は村から少し離れた場所でその光景を見ていた。
あの存在が異形を圧倒するところを。
宗久がいる場には避難した村人たちの姿もあった。隣には妻の鞠と、息子の朔汰の姿があった。誰もがその光景に目を奪われていた。この眼の前に広がる英雄譚に。
宗久はボロボロの身体を必死に動かし、正座に近い形をとった。
それを見て、慌ててほかの者達も同じ体勢をとる。
そして地に額がつくほど頭を下げた。
宗久は静かに平伏し礼をしていた。
長く、長く続いたお辞儀であった。その存在がこの場を立ち去るまでそれは続いた。
*
「恋詩、瞳が」
異形を倒した後、俺たちは村から離れ、洞窟の近くにいた。
俺はお面を外し、木にもたれかかっていた。その隣には人の姿に戻った影静の姿があり、彼女は俺の頬に手をあてこちらを見ていた。
最初、影静が言っていることがわからなかった。
だが、影静の瞳そこに映る自身の姿で気づいた。
俺の瞳は黄金に輝いていた。環状の紋、金色の輪が瞳の中にあった。
「あ……」
「またこの金色の輪ですか……」
それで俺は気づいた。これが以前、影静が言っていた金色の輪だということに。つまり、先程異形が操っていたはずの竜巻が突然、俺を援護するように動いたことにも、これが影響していたのだ。
「恋詩、心当たりはありませんか?」
「んー」
自分の人生を振り返る。
うん……ない。マジでない。
父親も、幼い頃に死んだ母親も至って普通の人だったはずだ。
心当たりが一欠片も存在しない。
狭間を通っていることで、何かが俺の身に起きているのか?
「聖なる力を感じます、とても大きな」
「マジ?」
「この力はどこかで……」
影静は俺の頬を触りながら深く考え込んでいた。
着物でも隠しきれていない胸部が腕に押し付けられる。
むっ……これはあかん。大変あかんですよ。
バレてはいけないと顔が緩むのを必死で食い止める。
「恋詩、ものすごくだらしない顔をしているのですが……」
駄目でした。
と影静はそこまで言って、自身が胸を押し付けていることに気づいたようだった。ゆっくりと影静が身体を離す。
「ほら、帰りますよ恋詩」
影静は立ち上がり、俺に手を差し出した。
俺は寂しいような、悲しいような気持ちになりながらもその手をとり立ち上がった。
「……まぁ、別に恋詩なら触っても良いのですが」
「えっ」
えっ。
影静がポツリと漏らしたその言葉に、何かを言おうとした瞬間に、俺の視界は黒に染まり世界を超えた。
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