第32話 彼女の銘
※※※『まえがき 今日はちょっと後半グロいかもです! 読む方は注意です! 苦手だって方はこの話は飛ばしてください、次の話の最初に流れを書きますね』
(違う)
影静は恋詩の後ろ姿を見ながら、違和感を覚えていた。
いつもと恋詩の様子が違う。それに先程一瞬振り返ったとき、恋詩の瞳では黄金の輪が太陽のように輝いていた。あきらかに普通の状態ではない。
それに、あの技を使ったのだ。今の恋詩の身体が動くはずがない。
では、なんなのだ? この状況は。
そのとき、腕のない武者のもう一つの刀が微かに動くのが見えた。
「恋詩!」
影静は叫んだ。
だが叫んだときには、腕のない武者の刀は恋詩のすぐ近くにあった。
だが、惨劇は瞳に映らなかった。
恋詩が、もう片方の手でしっかりと刀を掴んでいた。
「はっは、すげえ」
恋詩自身すら驚いているように見えた。
自分が刀を止めれたことに。
(嘘――)
「どういうことじゃ、これは。坊、さっきまでは実力を隠していたのかえ?」
「さぁ! ナァ!」
腕のない武者の身体が吹き飛んだ。
恋詩が足を高く掲げていた。蹴ったのだ。
武者が空中で体勢を立て直し、着地する。
「……」
恋詩が両手に掴んでいた刀から手を放す。
「恋詩、いまのは?」
影静は恋詩の側に行き、かすかな声で尋ねる。
「それが、あんまりわかんねぇんだ。なんかすげぇカン?が働くし、身体もちょっとだけど動けるようになってるんだ」
「そんな……ことが」
恋詩自身、それが何の力で起きていることなのかわっていないようだった。
おそらく、瞳に黄金の輪があるということにも恋詩は気づいていない。
(狭間で恋詩が異形に変わっている?)
だが、身体はほとんどそのままだ。
それに狂った様子もない。もともと、恋詩は狭間で狂わない存在だった。それが今更になって変化を起こした?
(なぜ)
影静にはすべてがわからなかった。
今、恋詩の身体にあるのは自分の”力”ではない。
それほどの力はもう自分に残ってはいない。
(やはり、恋詩に何かが起きていますね)
「影静、腕は?」
「えぇ、大丈夫です、このくらいなら」
影静は先程、切断された左腕を見る。
血はもう止まっていた。もともと人間ではなく、ただ模しただけの人形でしかない。
痛みもそれほど強くはない。
「そろそろ老体には厳しいのう、では少し本気を出すとしようかの」
武者が言った。
背後が歪んで見えた。見えない腕の”力’がなんらかの作用を起こしているのだ。
「恋詩気をつけてください」
気づけば、武者の背後に狭間が開いていた。
そこから出てきたのは、いくつもの刀だった。
「儂の”腕”は二本じゃないのでのう」
「これは……」
まだ本気でないことはわかっていた。
だが、これほどまでとは。
先程とは”力”の量が違う。
これではあれを使うしか――。
「大丈夫、まだ行けるよ影静」
「恋詩……」
恋詩の顔はほとんど変わってなかった。
まるでそうなると確信しているような顔つき。
影静は一瞬、その表情に見惚れてしまった。
「では行くとするかのうッ」
刀が襲う。いくつもの刀が。
彼を、恋詩を。
だが――。
「すごい……」
恋詩はそれを舞うように完璧に避けていた。
それは滑らかな動作で、どこに何があるのかということがすべてわかっているかのようだった。
ほんの紙一重。だが、当たらない。
影静は気づく。
さきほど恋詩が掴んでいた最初の刀が動いたことに。
「れん――」
叫ぼうとした瞬間、強風が刀を吹き飛ばした。
その刀があった場所をピンポイントに狙って。
「なんじゃそれは」
まるで風が恋詩を守るように、刀を撃ち抜いた。
偶然? いやそんなはずはない。
「増えよ」
狭間からさらに刀が湧き出す。
それがとてつもない速度で恋詩へと襲いかかる。
そのとき、暴風が生まれた。
何もない場所から。渦巻状になって激しい風が吹いた。
それが、刀を飲み込む。
そして全てが弾き飛ばされた。
「……」
恋詩は表情を変えない。
風が生まれる。砂を巻き込み、旋風が恋詩の周りを旋回する。
一つ、二つ、三つと、それは増えていく。
恋詩を守るように。
「風を操っておるのか?」
「さぁ、勝手に動いてるわ」
上空で鳥が鳴いていた。
突然の旋風にパニックになったのかと影静は思った。
だが――違う。
遠くの森から出てきた、多種多彩な鳥たちが上空で旋回していた。
まるで巨大な輪を描くかのように。
(なんですか――あれは)
「なんじゃあの鳥たちは、ものすごく敵意を感じるのう。一瞬でも隙を見せればすぐに食い殺されそうじゃ」
そして、次の瞬間。
地面が揺れた。
(地震?)
バキバキ、と音が鳴る。
そして大きく大地が割れた。腕のない武者がいた位置で。
「ヌッ」
まちがいなく、それは武者を狙った動きだった。
武者が飛ぶ。そこへ何百匹の鳥が襲いかかる。
「――」
だが、刀が回った。
そしてこちらでも旋風が生まれた。
鳥たちが弾き飛ばされる。
「ほんとうに、何じゃその力は。風を、大地を操り、鳥すらも操る力?」
「……別に操っていない、勝手にそうなってる」
恋詩の瞳で黄金の輪が輝く。
あの力だ。あの力によって、こうなっている。
影静にはその確信があった。
「まるで、世界がお主を守っているかのようじゃのう」
「……」
影静は恋詩を見た。
少しだけ消耗しているように見えた。
「影静刀になれる?」
「えぇ、もう大丈夫です」
影静と恋詩はその手を繋いだ。
そして、影静は刀になった。
「行くよ影静」
「はい」
恋詩は駆けた。
武者が刀を振るう。
(これは)
影静は恋詩に使われ気づいた。
恋詩の動きそのものは変わっていない。
だが、何故か武者の刀が当たらない。
恋詩とつながっているからわかる。
恋詩は何かを感じて避けているわけではない。
恋詩がいる場所を、刀が避けていく。
まるで、すべてのものが恋詩を傷つけたくないとでもいうように。
当たらない。何一つ。
「……それは”’ちーと”’というやつじゃないのかのう」
「……そうかもなッ!!」
恋詩が影静を振るう。
止められる。
武者の刀が襲い掛かる。
(避けられな――)
恋詩の身体が後ろによろけた。
地面のくぼみによって。
それが”偶然”にも恋詩の身体を刃から遠ざけた。
恋詩が体勢を立て直す。
「あっぶねー」
「……」
黄金の輪が輝く。
恋詩の身体に力が入る。
そして、振るった。
腕のない武者の顔から何かが千切れた。
それは耳であった。
右耳が飛んだ。
だが、武者は笑った。
猛烈に嫌な予感が影静を襲った。
空を”見る”’。
そこには”巨大な刀”としか言えないものがあった。
まるで巨人が振るうような。
「これは避けれるかのう」
「ふっ」
武者が後ろへと飛んだ。
だが残っていた刀が恋詩の足止めをする。
巨大な刀が空中から落下する。
一直線に。
影静は気づいた。恋詩の瞳が一際黄金の輝きを発したことに。
風が荒れた。
大地が荒れた。
生命が荒れた。
轟音。土煙に包まれた。
「くっ」
「恋詩、大丈夫ですか!」
恋詩は血を流していた。
さきほどよりも深く。
だが生きている。
安心するよりも前に影静は気づいた。
「恋詩、瞳が」
「――?」
恋詩の瞳にあった黄金の輪の光が弱くなっていた。
光が途切れる。
恋詩の身体から力が抜けた。
「あれ――?」
「恋詩!」
黄金の輪が消えた。それと同時に恋詩の身体が動かなくなった。
(力を使い果たした?)
「おっ、わからんがその力はもう終わったようじゃのう」
「まだ、終わって――」
影静は人の姿へと戻った。
恋詩を守るように抱え込む。
「まるで母親のようじゃのう」
「……」
「そろそろ終わりのようじゃのう、あの力が続いていれば敗れたかもしれぬが、時間制限があったようじゃのう、そろそろ堪忍せい」
「……あなたの言う通りにしたとして命は助けてくれるのですか? 私はどうなってもかまいません。彼の命だけでも」
「影静――やめ」
「ううむ、儂は助けてもいいんじゃが、仲間がどう言うかじゃのう。皆、頭おかしいからのう」
「……」
「まぁ、運が良かったら”’脳みそ”だけでも生きておけるじゃろ」
「……そうですか」
それは死よりも絶望的なものであった。
このまま捕まれば、死すら生ぬるい惨劇が恋詩に訪れる。
なら――仕方ないではないか。
自分の”本来の力”を使っても。
「何をするつもりじゃ?」
影静は残った力を振り絞って、思いっきり腕を振るった。
地面が裂ける。当たらない。だが武者は後ろへと大きく飛んだ。
これで一瞬、時間が出来た。
「恋詩……聞いてください」
「影静?」
「今……もし奥の手があると言ったらどうしますか? それを使えばこの場を切り抜けることができるでしょう。ですが、もう恋詩は人に戻ることができません。それどころか人としての心すら失います……それでも、それでも生きることを望みますか?」
「……」
恋詩は一瞬、考え込むようにだまりすぐに顔を挙げ影静の目を見た。
「俺さ、バカだからあんまわかんねぇや。でもさ、それでも俺は影静と一緒にいたいよ」
「……わかりました」
恋詩の顔に小さな水滴が落ちていた。
影静から出た涙であった。
影静は自分でも知らないうちに涙を流していた。
恋詩の頭を撫でる。
「……?」
恋詩には生きていてほしい。
死んでほしくない。
たとえ――恋詩が悪鬼になったとしても。
たとえ人に戻れなくなったとしても。
影静は告げる。
本来の銘を。
「恋詩、私の本当の名を教えましょう」
本来、刀の銘とはその刀を作った者の名が刻まれる。
だが、彼女は違う。
普通の刀ではない。
彼女の銘には、妖刀になる前の彼女の名が刻まれていた。
「我が銘は――
これを使うつもりはなかった。
”もう嫌だった”。
誰かを鬼へと変えるのは。
でも。
それでも。
彼が、恋詩が死ぬのだけは嫌だ。
たとえ、恋詩が悪へ堕ちたとしても。
「恋詩、大丈夫ですよ、ずっと一緒にいますから」
そう言って、影静は恋詩の頬に手を当てた。
そして何かを呟いた。
「――」
影静の手から何かが恋詩に流れ込む。
変化はすぐに始まった。
恋詩の皮膚付近の血管が浮き上がっていく。
身体全体が赤みを帯びる。
「あ、あ、ああァァァァァ」
恋詩が叫び声を上げる。
影静は恋詩の顔をしっかりと抱きかかえた。
「あぁァァァァっ!!」
そして、恋詩の身体が膨れ上がった。
*
「なんじゃそれは」
腕のない武者は目を丸くした。
そこにいたのは先程の少年ではなかった。
大きさが違う。
色が違う。
顔つきが違う。
何もかも――違う。
「本当に人間を辞めたのう坊」
そこにいたのは一体の鬼であった。
5mは軽く超えるだろう巨体。腕も足も大樹のように太い。
そしてまるで甲冑のように赤い甲殻を纏っていた。
特徴はそれだけじゃない。
漆黒に輝く山羊のように捻れた二本の巨角。
爬虫類のような縦長の瞳孔。
また、肘からは巨大な赤黒い角のような突起が飛び出ていた。
手は身体以上に膨れ上がっており、爪の根本は太く先端は鋭利になっている。
「しっぽもあるのかのう、鬼というよりはもはや竜じゃな」
そして尻尾があった。
巨大な爬虫類のような鱗を持つ赤い尻尾。
それは竜の尾を想像させた。
「ア、ア、ア」
鬼は刀を持っていた。
紅い柄の刀。あの女だ。
鬼になっても、刀を離してはいない。
「その様子だともう知性はないのう」
「ア?」
「獣に用はないわい、さっさと手足を切って持って帰ろうかの」
そう言った瞬間、武者の視界が歪んだ。
体勢を保てなくなった。
「?」
気がつけば、右足がなくなっていた。
少年だった鬼が何かを握りつぶしていた。
それは武者の足だった。
「ア―」
少年だった鬼は笑っていた。
楽しむように。
『あとがき 思った以上に長くなってしまいました。こ、こんなはずじゃなかったんや。次の話は明日には更新します―』
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