第33話 月明かりが彼と彼女を照らしていた

『前回のあらすじ 恋詩の瞳に黄金の輪が浮かんでいた。その力により風が、大地が、動物達が彼を守るように荒れた。だが、腕のない武者による攻撃によって力が途切れてしまう。そして影静は選んだ。彼女の本来の力を使うことを。彼女の妖刀たる所以それは人を鬼へと変える力。そして彼は鬼へと成った』


 少年だった鬼は天へ吠えた。

 大地が大きく震えた。

 

「これは困ったのう」


 そう言いながらも武者は、”力”を切断された足に流し込んだ。

 血は未だに流れているが、見えない足が生まれ、バランスを保つ。

 

「躾が必要なようじゃ」


 無数の刀が宙を旋回する。

 そして、雨のように一斉に鬼に向かって降り注いだ。

 砂埃が舞う。


 だが、鬼には傷一つなかった。

 紅い甲殻が全ての刀を弾き飛ばしていた。


「硬いのう」


 武者は駆けた。

 遠距離が不可であれば、近距離から”力”を込めて刀を振るう。

 だが、その前に武者の目の前に鬼の手があった。


「アァ――!!」


 武者の身体に衝撃が走った。

 吹き飛ばされたのだ。

 視界が何もかも変わる。

 そして、地面に衝突した。


「全く――いやなも」


 気がつけば、顔を掴まれていた。

 一瞬で移動したのだ。

 メシメシと嫌な音が鳴る。


 武者は刀を鬼の瞳に向かって突く。

 だがそれが刺さることはなかった。

 

「……嫌になるわい」


 鬼は刀を口に含み、砕いていた。

 そして武者の身体を掴んだまま何度も地面へと叩きつける。


「ッ」

 

 武者は、見えない腕で鬼の腕を掴み、そこから逃げた。

 そしてお返しするように見えない腕で、鬼の頭部を掴んだ。


「ォォォォァァァァァ!!」


 鬼が荒れ狂う。


 だが、衝撃。

 尾だ。巨大な竜の尾が旋回し、武者の身体を吹き飛ばした。


「ッ、これはいよいよ儂も奥の手を出すことにしようかのう」

「アァァァ!!」


 武者は大きく距離を取りその言葉を呟いた。


「――黒世開眼」


 そして、いくつもの闇が武者の背後で開いた。

 そこから出てきたのは巨体の異形達であった。

 その数、十。

 赤と黄色のラインが入った甲殻。いくつもの眼がうごめく頭部。

 

 それは暴糞虫に寄生された男とほぼ同一の存在。

 別の個体達だ。

 武者が、作っていたのは志波と呼ばれていたあの男だけではない。

 ほかにも、何体かそれを作り出していた。このようなときのために。

 

「行けい」


 巨体を揺らしながら異形達が少年だった鬼へと襲い掛かる。


「アァ?」


 鬼が先頭にいた異形へと飛びかかった。

 その肉に喰らいつきながら頭部へ駆け上がる。


 そして、手に持っていた妖刀を突き刺した。

 だが、すぐに異形の身体は再生する。


「アァァ?」


 少年だった鬼は大きく距離をとった。

 そして手に持っていた妖刀へ鳴き声を上げていた。


 その次の瞬間、手に持っていた妖刀が伸びた。

 縦に横に。鬼の巨躯に見合うような刀へと姿が変わる。


「アァァ!!」


 そして振るった。

 十いた異形の上と下が分かれた。

 だが、そこから触手が伸びすぐに再生する。


「……」


 武者はそのとき、鬼の様子に違和感を覚えた。

 鬼は異形が再生している間固まっていた。

 異形の場所を見ながらも。

 まるで力を貯めているかのように。


 鬼の身体から音が鳴った。

 そして鬼は初めて意味のある言葉を発した。


「’セ’ン”ケ”ン”――ム”’エ”’イ”」


 轟音が鳴った。

 武者の視界で嵐が吹き荒れた。

 風圧で身体が吹き飛ばされる。


 武者の視界に映ったのは惨劇としか呼べないものであった。

 大地は完全に抉れ、遠くにあった木々はへし折れ、全てが失われていた。


 そして異形達は完全に黒く染まっていた。

 十体全て。完全に。

 そして、強風によってその姿が塵へと変わる。


 鬼の身体が完全に赤く輝き、熱を発していた。

 だが、動いている。

 人だった先程とは違い、疲労は見られない。

 鬼が武者に向かって駆けた。

 

「これは、勝てんのう」


 だが、そう言った武者は自分が笑っていることに気づいた。

 もう長いこと生きた。戦って、戦って、戦ったせいであった。

 武者は死期を悟った。


(懐かしい顔じゃ、これが走馬灯というものかえ)


 腕のない武者は呟いた。

 脳裏に、消えていた記憶が蘇っていた。

 何百年も前になくなった妻の顔。

 久しぶりに思い出した。

 

 鬼が大地を揺らしながら武者へと近づく。


 罪のない者を切った。

 切った。切った。

 血の雨が常に降っていた。

 あの方と出会ってからは。


 なぜそうなったかはわからない。

 ただあの方のためだけに刀を振るうようになった。

 善の心など全てが消え去っていた。


 殺して、殺して、ただ殺した。

 そして世を狂わせた。幾度も町を炎に包み込んだ。

 それが終わる。


(こんな死に方も悪くないのう)


 そう思った瞬間、身体から力が抜けた。


「……」


 鬼が妖刀を振るう。

 そして武者の命は消えた。

 最後に浮かんだのは妻の向日葵のような笑顔だった。














 闇夜。

 枯れ果てた土地で一体の鬼が鳴いていた。

 竜如き鬼は、妖刀と共に彷徨っていた。

 

 突如、妖刀が光り輝き、人の姿へと変わる。

 鬼はそれをじっと見ていた。

 攻撃する様子はない。


 ゆっくりと影静が恋詩だった鬼へと手を伸ばした。

 

「恋詩……」

「ゥゥゥ?」


 鬼が首を傾げた。

 獣のような動きであった。


「恋詩……私はこの選択を後悔していません」

「……ァ」

「ただ、叶うのならば――もっと人としてのあなたと一緒にいたかった」

「ァァ」


 そのとき、鬼が苦しんだ。

 まるで何かが内側で暴れるように。


「恋詩!」


 影静が悲鳴を上げる。

 鬼は苦しんだ。


 そして鬼はその動きを止めた。

 地面へと倒れ込む。


「嘘――そんなことありえない」


 影静は目を見開いた。

 鬼の姿が変わっていた。

 人らしい肌。鬼に比べると小さく貧弱な身体。

 

 それを見て、影静の目から涙が溢れた。


「あ、ぁぁぁ!」

「う……身体やべえ」


 鬼だった少年がゆっくりと声を発した。

 影静と少年の目が合う。

 少年の瞳では黄金の輪がその存在を示すかのように輝きを発していた。


 影静は恋詩の頭を抱きかかえた。


「うっ、待って心の準備がッ、うぐッ」


 そう言う恋詩の顔を抱えて、彼女は泣いていた。

 月明かりが彼と彼女を照らしていた。




 事件は終わった。


 俺は部屋の中央で横になりながらテレビを眺めていた。

 テレビのテロップには『速報―拉致されていた女性たち解放され』と映っていた。

 見てみると、女性たちは解放されたが依然として志波竜次の居場所が突き止められていないことにコメンテーターが警察を非難していた。


 俺はその番組をぼうっと眺める。

 志波竜次はもういない。何故なら俺が殺したから。


「……」


 それについて思うところがないわけではなかった。

 それに、それだけじゃない。鬼になったときの記憶がぼんやりと存在していた。

 そのときにも、志波と同じような存在だったはずの異形の命を奪った。

 そしてあの腕のない武者の男も俺が殺した。


「……」


 だけど、もともと俺は知っていた。

 異形が人であることが多いことを。

 だから、その覚悟は出来ていた――と思う。


「恋詩ー、スープは味噌汁か、コーンスープどちらがいいですかー?」

「味噌汁でお願いします―」


 台所では影静が昼食を作ってくれていた。

 いつもと変わらず、エプロンを身に纏って。

 俺はその後ろ姿になんとも言えないような感慨を覚えた。


(一昨日まであんなに大変だったのにな)


 今でもすぐに脳裏に浮かぶ。

 異形との殺し合い。そしてあの武者と戦いを。


「……生きてるよ俺」


 胸に手を当てる。心臓が力強く動いていた。


「……」


 影静は言っていた。恋詩自身の力が身体を戻したと。

 黄金の輪が瞳で輝いていたと。

 俺はその力にまったく心当たりがなかった。

 あのときの感覚にも。


 もう一度、あの力を使おうとした。

 だが鬼から人に戻ったときから黄金の輪が輝くことはなかった。


「……」


 スマホが鳴った。

 栞さんからだった。

 きちんと確認するために身体を座位にする。


『雪くんの進級大丈夫そうだって!』


 そのコメントと共に一枚の写真が送られていた。

 包帯ぐるぐる巻の雪さんと、元気な栞さんがツーショットで写っていた。

 栞さんが腕を伸ばし、自撮りしたのだ。

 

「よかったぁ」


 雪さんは、全治数ヶ月の入院になった。

 あれだけボロボロだったのだから当たり前だった。

 そして昨日から雪さんの担任が、病院へ訪れ話し合っていたのだ。

 進級について。どうやら雪さんの片方の腕はきちんと動くらしく、試験さえ受けることが出来れば、あとは映像授業であっても進級は大丈夫ということになったらしい。そう栞さんが続けた。


「にしても雪さんミイラみたいだなぁ」


 でも、以前とは違い、その瞳には自信のようなものが宿っているように見えた。

 表情も見えづらいが明るいことがわかる。

 明日にでもお見舞いに行くことを決め、俺はもう一度横になりテレビを眺めた。


「一件落着か」


 俺や雪さんの名前がテレビに出る様子はなかった。

 捕まっていた女性たちの中に、刑事さんがいたらしく、その人に頭を下げてマスコミに俺の名前が出ないようにしてもらった。刑事さんはなぜか、頬を赤らめ影静を見た後、すぐに了承してくれた。どんな手を使ったかはわからない。だけど、実際に俺たちの名前が外に出ることはなかった。


 しゃりん!とまたメッセージアプリが鳴った。

 柊子からだった。学校を休んだことを心配するような内容だった。


「へーき、ただの風邪、明日はちゃんと行くっと」


 そう柊子に返信した。

 これで何もかも元通りだ。

 俺はそう思った。


「恋詩、ご飯出来ましたよー」

「りょー」


 俺は影静の声に立ち上がった。

 手を洗うために洗面所へ向かう。

 そしてなんとなく鏡を見た。


「あれ――」


 一瞬、瞳に違和感を覚えた。

 黄金に輝いているわけではない。


 ただ一瞬、瞳孔が縦長になっていたように見えた。

 爬虫類のように。


「気のせい……だよな」


 だがほんの一瞬だった。見間違えたのだと俺は思った。

 そして俺は手を洗った後、影静が待つ食卓へ向かった。





 第一章 了。




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