第29話 黒世開眼
『更新遅れてすまぬ。下記、忘れてると思うので前回までのあらすじです。連れさられた栞を追ってライブハウスへ向かった恋詩と雪。雪は栞を見つけるも同時に指名手配犯である志波竜次に遭遇し、栞を守るために必死で立ち向かう。そして雪が殺されそうになる寸前で恋詩が現れる』
『※今日は暴力描写注意です!』
志波はライブハウスから数十m離れた駐車場の奥の塀にぶつかり止まっていた。砂塵と共にポロポロと塀の破片が志波の頭上に落ちていた。
(たいしてダメージないな、ありゃ)
その予想通り、志波はゆっくりと立ち上がった。
パッパと身体についた砂や破片を払う。
自分の拳を見る。
志波を殴った感触。それは異様なものだった。
まるで皮膚の下に鉄板があるかのような感触。
(あれが雄の暴糞虫に寄生された動物が固くなるってことか)
銃弾すら通らなさそうだ。
少し気を引き締めなければならない。
今この場に影静はいない。
影静にはライブハウスの中で、捕まっていた女性たちを介抱してもらっている。
彼女たちを放ってはおけなかった。
でも俺が助けるより、女性の影静に介抱してもらったほうがなんとなく良いような気がした。だから影静に少し残ってもらった。
「いってぇな、おい」
「……」
志波はゆっくりと俺のほうへ向かってくる。
いきなり吹き飛ばされたというのに、その顔に動揺は一切ない。
「おいお前さァ、今何したかわかってんのか?」
「……」
「雑魚がよぉ。断言してやろうか、おま――「うるせえよ」
俺は志波の目の前にいた。
「あ?」
そして――ただ殴った。
先程よりも強い力で。
塀を軽く破壊し、志波の身体が飛んだ。
駐車場を超えた川沿いの小道。
火花と共に飛んだ志波の身体がフェンスによって止まった。
「……」
それでも志波の意識を奪うまではいかず、志波はフェンスを掴みながらゆっくりと立ち上がった。
「いってぇな、マジで。だから無駄ってのが……あ?」
志波は自分の顔を不思議そうに触っていた。
志波の頬は裂け、血が流れ落ちていた。
その顔はまるで自分が出血していることが信じられないようだった。
「あ? あ? なんだこれ」
あの身体だ。
暴糞虫に寄生されてから志波は傷一つおったことがなかったに違いない。だから、あの反応なのだろう。
自分は無敵だという驕り。
それが志波から見て取れた。
だけど。
「……お前は決して無敵じゃねぇよ」
俺がしたことは単純。
一回目と寸分違わない位置を、先程よりも強い力で殴っただけだ。
「漫画やゲームと変わんねぇな、硬い敵の対処法ってのは」
同じ場所を何度も攻撃する、硬化できない関節の部分を重点的に狙うなど。だいたいありふれたものだ。暴糞虫の硬化能力もその例に漏れなかったらしい。
「――してやる」
志波は額に血管を浮かばせながら、こちらを見てつぶやいた。
「腕も、足も、頭も、四肢すべてむしり取って、絶望させながら――してやる」
志波の雰囲気が変わった。
目には憎悪を宿し、身体が一層膨れ上がったような気がした。
ダン――ダン――ダン
志波が右足を何度も地面に叩きつける音だった。
まるで今から――
走り出すとでも言うように。
瞬間、志波が消えた。
破壊音。衝撃と共に地面が割れる。
俺は、半歩下がった。
俺の目の前にあった道路が、陥没した。
志波が目の前にいた。
あの巨体で信じられない速度だった。
志波が拳を振り上げる。
「ちっ」
手の甲で拳の軌道を逸らす。衝撃音。
近くにあった軽自動車のドアを志波の拳が貫いた。
そして避けたも一瞬。
志波が車に手を突っ込んだまま、腕に力を込めたのがわかった。
「おおおおおおおおお!!」
志波が車を持ち上げる。
そして振り回した。
暴風。
風圧で、砂埃が目に入った。
「……」
俺は何故かそんな状況でも落ち着いていた。
視界も見えづらい。目の前に突っ込んでくる車。
当たればただでは済まないだろう。
「……」
でも、それがなんだと言うのだ?
そんなものよりよっぽど雪さんは怖かったはずだ。
自分より確実に強い相手に立ち向かうのは。
痛かったはずだ。死ぬほど。
雪さんの姿を見た。
ボロボロだった。腕も確実に折れていた。
あと一歩遅ければ間違いなく死んでいた。
栞さんだってきっと今日のことはトラウマになるだろう。
それでも、恋人を守るために必死でくらいついたのだ。
二人が感じていた恐怖に比べれば、こんなものは些事に過ぎない。
「……」
俺は瞳を閉じた。
それはきっと志波からすれば諦めたように見えただろう。
勝利を確信したような息遣いが聞こえる。
俺は、避けるのではなく一歩踏み込んだ。
衝撃音。
「は?」
志波の困惑した声。
そして一瞬、叫び声がライブハウス周辺に響いた。
「ギャアァァァァァァァァ!!!! 俺の! 俺の腕がァァァァァ!!」
車に突っ込んでいた志波の右腕。
それがなかった。
全身全力の力で志波の肩に向かって拳を振り抜いたから。
拳に嫌な感触があった。
「言っただろ……潰すって」
志波の腕は根本から完全になくなっていた。
絶叫する志波。
俺はそれに罪悪感すら覚えず、叫ぶ志波の顔面に続けて拳を振るった。
志波が、左奥の電柱に衝突した。
だが――まだ、それでも戦いは終わる気配を見せなかった。
何故なら
志波の腕の断面から巨大な蜘蛛の脚が飛び出ていたから。
まるで新しい腕を造るようにでてくる巨大な脚。
切断面から新しい肉が生まれ、補強していく。
「……絶対、絶対――許さねぇ、――す――す――してやる」
志波は焦点の合わない目でこちらを見ていた。
憎悪に満ちた目だ。
だが、まだ身体は動かないようだった。
「恋詩」
気づけば側に狐の面をかぶった影静がいた。
どうやら中のことはもう問題ないらしい。
「ああなっては、もう戻れませんね」
影静は志波竜次を見てそう言った。
「もう終わらさないと」
そろそろこの戦いを終わらしてやる。
殺しはしない。
でも、あと手足の数本は覚悟してもらう。
これだけ丈夫なのだ、きっとそれでも生きているだろう。
今までの経験で脳が麻痺しているのか、それとも元々こういう性格だったのかはわからないが、俺は暴力を振るうことに、なんの躊躇いもなかった。そんなとき。
「恋詩、これは少し面倒なことになりそうです」
「?」
瞬間、影静が俺の身体を掴み後ろへと飛んだ。
地面が割れた。
まるで上から斬り裂かれたように。
俺たちがさっきまでいた場所だった。
「今のを避けるか! 素晴らしいのう!」
しわがれた老人の声だった。
割れた中心、そこに一人の武者が降り立つ。
鬼を模した兜を被った鎧姿の武者。
だがすぐに恋詩はおかしなことに気づいた。
「腕が……ない?」
「えぇ」
その武者には両腕がなかった。
腰に刀は挿してあるのに、両腕はない。
ならどうやって――今切ったのだ?
「よく見てください恋詩、肩のあたりを」
影静に言われた通りにその場所を見る。
そこには何もない。
いや、違う。
歪み。本当に薄っすらと空間が歪んで見えた。
まるで蜃気楼のように。
影静に言われなかったら絶対に気づかなかった。
「なんらかの”力”で腕の代用をしているわけですか」
「ほぉ、よく気づいたのぉ女。こんなにもはやく気づかれたのは初めてじゃわい」
武者はネタバラシをするかのように、”見えない”腕を動かした。
腰から二本の刀が抜かれる。
まるで念力で動かしているかのように、実体がない腕。
「……あんた誰だ?」
俺は聞いた。
「儂はしがない剣狂いじゃよ」
老いた武者はそう名乗った。
ほとんど何もわからない。
唯一わかるのは、この男は敵ということだけ。
「あなたがこの事件の黒幕ですか」
「質問ばかりじゃのう、まぁ、当たっておるがの」
それを聞いて、俺は奥歯を噛み締めた。
「ヒッヒヒヒヒ、いいのう、その目。憎悪の目じゃ、素晴らしいのう」
「……目的は?」影静が聞く。
「ふむ、どうするかのう、別に言ってもよいが。まぁ、あれじゃ兵の育成みたいなもんじゃのう」
「どういうことだ」
「……そういうことですか、暴糞虫と狭間になんの関係があるのかと思いましたが、今やっと理解しました」
影静が消えた。
音をたてず、志波の目の前にいた。
変質している。影静の腕が半分以上刀に。
殺す気なのだということが離れていても理解できた。
「絶対、――す、――す、――す」
志波は目の前にいる影静にも気づいていないのか、ただ虚空を見てそう呟いていた。
「もう遅いわい”
そう腕のない武者が言った瞬間。
志波の背後が黒に染まった。
まるで目が開くかのように狭間が開いた。
「嘘だろ」
狭間が志波を飲み込んだ。
影静の刀が志波に刺さる前に、志波は消えた。
ほんの僅かな差だった。
「……」
無言の影静。
「坊、知ってるかのう? 黒世、あぁ、お主達は狭間と呼んでいるのだったのう。あそこに飲み込まれた生命は狂う。身も心も」
そのことを知ってはいる。
だがそれと暴糞虫になんの関係がある?
腕のない武者は語る。
「暴糞虫はのう、憎悪を呼び起こす。そして黒世で狂った生命がもっとも強くなるのは”強い思い”によってじゃ。憎悪だろうが愛であろうが、強い思いをもった生命があそこに入れば、通常では考えられぬほど強力な個体が生まれる」
「(おいおいおい、つーことは)」
「暴糞虫は憎悪を増幅させる”しすてむ”に過ぎん。あの志波という男は良かったのう。自己中心的で傲慢で、力を与えればどんどん力に呑まれていった、素体として完璧じゃったわい」
「……」
「あの男を敗北させ憎悪を生み出すのは、儂の役目でもあったんじゃがのう、坊がいて良かったわい……つまりのう、今から出てくるのは元のとは比べ物にならない”化け物”というわけじゃ」
咆哮が響いた。
周囲にあった車の窓ガラスが一斉に割れた。
そして遠くにあったミニバンが潰れた。
下から出てきた何かに押しつぶされる形で。
また、狭間が開いたのだ。
それは巨大な左手だった。
その大きさだけで車一つ分ほどあった。
手、腕、肩とのっそりと姿を表す志波だった”異形”。
ただ巨大になったわけじゃない。
赤と黄色のラインが入った甲殻を、鎧のように身に着けていた。
ソレは、完全に姿を現した。
その大きさは3階建てのアパートを軽く超えていた。
顔はもはや人のモノではなく、いくつもの目がこちらを見下ろしていた。
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