第23話 暴糞虫
※虫注意です。苦手な人は読み飛ばしてね! 読み飛ばしてもいいように、次の話の最初に今回のあらすじ書きますね!
自宅から少し離れた場所にあるコンビニエンスストア。そこの近くの道。時刻は7:55p.m.日はもう暮れているが、街頭がいくつか設置されていることと、大通りということもあり、そこまで暗くはない。
そこで俺は雪さんと対面していた。
「恋詩、ごめん! 疑ったりして」
「あはは、いいっすよ。全然、気にしてないっす」
つーか、途中のマジで聞かれてなくて良かった……。
それは、家のお茶が切れていたので、コンビニに買いに行った帰り道で起きていた。危なそうな男たちが、女の人を連れ去ろうとしていた。黒く大きい車、嫌がる女の人。俺はそれを見て、何も考えず、その場へ突っ込んだ。一切躊躇わなかったのは、今の俺は強いという自負があったからだと思う。もし以前の俺であれば、少しは考えてどうにかしようと思ったはずだ。警察呼ぶとか、スマホで撮影して脅すとか。
やはり、強いということはそれだけで解決できることが多くなる。
それに一つだけ、別に気になることもあった。それを脳裏に浮かべながら男たちをボコボコにした後、俺は女の人を見た。
一言言う。めっちゃ可愛い。惚れかけた。雪さんが来なかったら、どうなっていたかわからない。初対面だけど、結婚してくださいなんて言ったかもしれない。目が合うだけで、瞳に吸い込まれるような感覚を覚えた。こういうのを魔性の魅力と言うのかもしれない。
にしても……雪さんの彼女かぁ。その女の人の名前は、夏目栞。
なんと夏目さんは雪さんの彼女さんだったのである。
そんな可愛い彼女がいるからって羨ましくなんかな……嘘です、とても羨ましいです。俺も歳上の可愛い彼女がほしいです。
「恋詩! 本当にありがとう……、栞さんを助けてくれて」
「いえ、たまたま通りがかっただけっすから」
「本当、ありがとう恋詩くん」
栞さんと雪さんから揃って礼を言われる。こうして見ると凄いお似合いのカップルだと思う。特に言葉で言い表すことはできないけど、凄くそんな感じがした。
そんなときだった。
「雪さん、ちょっと待った」
「え?」
俺は雪さんの話を遮る。俺と雪さん達の間にいる気絶している男たちの口、そこから例の蜘蛛の足のようなものがでていた。
「……」
ビンゴだ。俺が気になっていたことはこれだった。栞さんが襲われているのを見て、なんとなくピンときたのだ。コイツラもあれに寄生?されているのではないかと。
前回、柊子達と遊びに行った時に、襲ってきた男たち。あの男たちの口の中からもこの虫が現れた。この虫はきっと人間に寄生することができるのだ。何故かそれもガラの悪いやつに。その話は一応、影静にしてある。だが、影静もあまりわからないようだった。
”話を聞く限り、私はその虫を知らない……と思います。似たような虫なら知っていますが……ただ、見たら何かわかるかもしれないですね”
そう以前、影静は言った。
というわけで、捕まえることにする。
「キャッ、なにこれ!」栞さんが悲鳴を上げる。
「恋詩……これ」雪さんが、俺を見る。
「俺もよく分かんないんすけど……」
男の口の中から、取り出す。ううぇ、長い……。
こんなんが口の中にいるとは。
虫はキーキーと暴れている。少しでも力を緩めれば逃げそうだ。
どーっすかな。と俺はコンビニの袋を持っていることに気づいた。こいつに入れよう。少なくとも何もないよりはましだ。コンビニの袋に入っていた中身を近くに起き、虫をコンビニの袋に入れて、袋を縛る。
よし……。そして、コンビニの袋の上から、虫を指で掴む。手のひらに嫌な感触があった。
「雪さん、俺帰るね! 彼女さんも! 帰り道お気をつけて!」
「あ、うん……」
雪さん達はあっけにとられたような顔をしていた。
男たちは服で縛り上げて、警察を呼ぶかは雪さんたちに任せた。
そして俺は急いで、自宅に向かった。
風呂場に俺と影静はいた。浴槽に水は入っておらず、空の状態だ。そこに俺は、コンビニの袋を逆さにして、虫を落とした。
キーキー。
背に暗い赤と黄色の混ぜ模様のある虫は暴れて、風呂場の壁面を登ろうとする。だが、次の瞬間、何かに気づいたように上を見る。俺と影静を。そして、一際大きい鳴き声を上げた後、ひっくり返って動かなくなった。
「これは……」
「知ってる?」
「はい……おそらくこの虫は
聞いたことのない虫だ。
「だけど、どうしてこの世界に」
「つーことは、裏の世界の」
「はい……だけどどうして、狭間に飲み込まれた?……それにこの虫は人には寄生しないはずです」
「詳しく教えてほしい」
影静は暴糞虫と呼ばれる虫の生態を語った。
「まず、暴糞虫というのは寄生虫の一種です。それもかなり厄介な部類の。まず暴糞虫は熊や鹿などに寄生します。あちらの世界で熊や鹿を仕留めたときに一緒についていることがあるのです」
あちらの世界にも、この世界と同じように寄生虫がいるらしい。というか鹿や熊がいるなら、生態系は似ているのだろう。もしかしたら外見が似ているだけでまるっきり別の存在かもしれないが。
「最大の特徴として、寄生された熊や鹿は、凶暴で争いを好むように変化します。それと同時に、寄生された動物は、力が強くなると同時に、弱く……いえ、脆くなってしまいます」
「それは……どうなの? そんなことになったらすぐに死んじゃうんじゃないの?」
「はい、その通りです。暴糞虫に寄生された動物は、すぐに死んでしまいます。それも、他の生物を巻き添えにして」
「なんつー虫じゃ」
無鉄砲な存在だ。要するに喧嘩っ早くなるけど、身体は脆くなり、死にやすくなる。脆くなっていると同時に力も増しているということは、他の生物を倒せるということだ。死体を増やすために。
「そして、その寄生している生物が死んだ瞬間に、暴糞虫も死にます。大量の卵を死体に産み付けて」
「おええ、てことは死体からうじゃうじゃ出てくんの?」
「その場合もありますが、ほとんどは違います。死体があるということは、それを食べに他の野生動物がやってきます」
「確かに……あっ」
そういうことか。この暴糞虫の名前にある糞という由来は。
「そうです。この死体を食べた他の野生動物の糞。そこから暴糞虫は産まれます。この虫の面白い点はほとんどが雌で、雄が特別だと言うことです。産まれた雄は、他の熊や鹿に寄生するのは同じですが、変化の仕方が違います。単純に強くなるんです」
「て、言うと」
「寄生された動物の皮膚は鉄のように固くなり、力も雌が寄生した個体とは比べられないほど増すんです、それに加えて雌と同じように暴力性が増すのですから手に負えません」
「最悪じゃねぇか……」
「……詳しく言えば雄の寄生した個体は、繁殖のための巣? になるんです。生きたまま、そしてまだ寄生していない雌の個体は、その雄の個体が寄生した巣を探して、旅をします。そして巣を見つけた雌は、その個体の口腔内で交尾をし、寄生をするために旅立ちます」
「……」
「これが私の知っている暴糞虫のすべてです」
「……」
なんでそんなエゲツない生態系なの……。普通に食物連鎖てきな単純な感じでいいじゃん……。寄生虫の世界はよくわからん。でも、少しだけ合点がいった。
「そういうことか……ちょっと思い当たる節があるんだ。これがその暴糞虫ってことは。あの俺が倒したチンピラ。あいつらはその虫のお陰で喧嘩っ早くなったってことか」
ちょっと悪いことしたかもしんない。
「おそらくは。ですが、最初に言いましたが人間に寄生するとは聞いたことがないんです、それに狭間を通ったとして、ここまで元の姿を保てるでしょうか」
「狭間を通ったから、人間に寄生できるようになったって線は」
「……可能性はあります。ですが、このように都合良い変異がおこるかは不明です」
それからはしばらく俺も影静も無言だった。
風呂場を沈黙が支配する。
俺は顔を上げる。
「影静、今から行こう。こいつらを調べに。きっと一連の事件の指名手配犯を探せば、わかるはずだ」
「……わかりました。恋詩がそう言うのなら」
恐らく連日ニュースで放送されている拉致や暴行事件にはこの虫が関連している。
俺は今の影静の説明を聞いて、さらにその考えを強めた。
「……」
ことあるごとに実際の事件に突っ込むようなヒーローになるつもりはなかった。
実際の事件は警察に任せるべきだと思っていた。俺はそこまで善人ではないから。
でも、これは違う。普通の事件じゃない。きっと狭間や裏世界関連のものだ。
警察や叛鬼師では、解決できないかもしれない。
なら俺たちが動くべきだ。
俺たちは、風呂場から退出した。ちなみに虫はスリッパで潰した。
「恋詩、少し待ってください」
「ん?」
影静は、タンスを開けて、何かを取り出す。
「これを」
影静が手渡してきたのは奇妙なお面であった。
右半分が人で、左半分が鬼の奇妙なお面。
「こういうときに恋詩の存在がバレないように作ってみました」
「……ありがとう」
俺は、ゆっくりとその面をつけた。
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