第22話 やばい……身体動かない


 やばい……身体動かない。


 7:00a.m.俺はカーテンの隙間から射す朝日に照らされながらベッドの上で固まっていた。別になにかに固定されてるとかそういうわけではない。ただ、動けない。


 筋肉痛で。


「あっ、痛ァァァァ」


 昨日の夜、影静に技を教えてもらった。いや、教えてもらったというより、影静が俺の身体を操り、その技を使った。身体への負担が半端なかったらしく、俺はすぐに意識を失った。


 そして今、目が覚めた。

 お腹がぎゅーと音を鳴らした。そうだ、昨日あの後気絶したということは、夕食を食べてないのだ。腹減った。


「恋詩? 起きましたか?」

「影静さんや、身体が動かねぇのですが」

「フフ、あの技を人の身で使ったのですから無理もありません」


 そういう影静は少しご機嫌そうだ。


「なんでそんな機嫌いいの」

「だって、師は弟子の成長を喜ぶものでしょう。今はまだ私の補助ありでしか出来ないかもしれませんが、いずれ一人でも恋詩は出来るようになります」

「えぇ、絶対ムリだって、あれ人間業じゃねぇもん」


 昨日の技。漫画の中でしか見ないような技。それはまさしく人の限界を超えたものであった。必殺技と言って差し違えないような。一人ではまったく出来る気がしない。


「それはそれとして、恋詩今日は学校休みなさい。その身体では無理でしょう」

「あ~、そうだな……てかこんなこと前にもあったような……」


 思い出すのは、初めて影静に出会い、あちらの世界へ迷い込んだときのこと。あのときも筋肉痛で動けなくて学校を休んだのだ。その時と同じでこんな状態では、学校へ行くことも出来ないので、休むことにする。

 

 柊子と一ノ瀬には連絡しとくか。心配しそうだし。猛烈な痛みに耐えながら、スマホに触る。そして、二人がいるグループにメッセージを送った。たったそれだけの動作で、のたうち回りたいくらいの痛みが俺を襲っていた。


「はぁ……はぁ……」

「安心してください。今日はちゃんと師が世話しますから」


 そう言って、影静は微笑んだ。なんか妖しかった。

 



「ほら、口を開けてください」


 そう言って、ラフな格好をした影静が、スプーンを口に運ぶ。


「ちょ! 師匠ヤバいって、さすがにそれは恥ずかしいって!」


 今の俺らの格好というか体勢はヤバかった。まるで赤子のように首を支えられながら影静に抱えられ、介助されている。隙間がないほど身体が密着しており、影静の豊満な胸部が腕に当たる。


 やべぇよ……これはやべぇよ。いくら狐の面をつけていないときの影静が優しいとは言ってもこれは行き過ぎである。が、逃げようとしても冗談抜きで身体が動かない。少しでも動こうとすると、激痛が走る。


「なぜ、恥ずかしがるのですか?」


 16歳の健全な男子高校生がこの格好を恥ずかしがらないわけねぇでしょーが。俺は平然としている影静に少し恐怖のような感情を覚えた。


「ブッ」


 肩に回されている影静の手が俺の口を掴んだ。今の音は、俺の口が無理やりこじ挙げられたうめき声だ。


「ほら、あ~ん」

「!?」


 真面目な顔でスプーンを口元に持ってくる影静。

 

「せ、せめて普通にお願いします」

「こうすればこの世界の男性は喜ぶと思ったのですが……」

「なぜそう思ったんすか」

「……お昼の連続テレビドラマで見ました」


 それ絶対、甘ったるい恋愛ドラマじゃん……。ていうか、甘々の恋愛ドラマでも、あーんはあるとしてもこんな体勢でやるのはないと思う……だって、絶対そういうプレイにしか見えねぇってこれ。


 そんな風に影静に世話されながら、一日が過ぎた。以前筋肉痛になったときよりも数倍キツかった。動いた瞬間、全身の筋肉が裂けるような痛みだった。


 ただ、翌日にはなんとか歩けるまでに回復した。



 *


翌日


 *


 

 7:43p.m.――町の南西にある高級マンション。そこから一人の少女が出てくる。少女、夏目栞なつめしおりは、ブラウンに染めた髪を靡かせながら、ある場所に向かう。自宅であるこのマンションから、100mほどの位置にあるコンビニだ。


 少女の格好は、スーパーに行くにしては、少し気張っていた。さっきまで恋人と出かけていたのだ。恋人に、自宅まで送ってもらい、家に帰るとティッシュなどの生活用品が切れていたので、荷物を置いてすぐに家から出たのだ。


(ついでに、今日のご飯も買ったほうがいいかな)


 別に冷蔵庫にある材料で作っても良かったのだが、少しだけ面倒で、結局コンビニでお弁当を買うことにした。下手に作るより、買ったほうが美味しいし、安上がりだ。


(はやく、戻って勉強しなきゃ)


 栞は高校三年で、今年受験であった。当たり前のように予備校に通い、勉強に勤しむが、週に一回はストレスを発散させないと、勉強に集中できない質であった。栞の恋人は、ひとつ下の高校二年であり、恋人に会うことが栞のストレス発散法であった。


 栞は、さっき別れたばかりの恋人の顔を思い出しながら、コンビニに向かう。彼のことを想像するだけで、フフンと鼻歌が漏れた。


(ほんと私、ヤバいなぁ)


 彼氏のことが好きだ。自分よりも年下で、少し頼りないが、誰よりも自分を想ってくれているとわかるから。




 そんなとき、前方で黒い大きな車が止まった、路駐する形で。

 ドアが開く。そこから、幾人かの男たちが降りてくる。


(少し、怖いな)


 男たちは、いずれも剣呑な雰囲気を纏い、ジャラジャラとアクセサリーの音を鳴らしながら、歩道の中央に屯する。男たちは皆筋肉質で体格が良く、栞以外の通行人も、その男たちを見ないように過ぎ去っていく。


(ちょっと、怖いから反対側から行こう……最近物騒だし)


 最近、女性が行方不明になる事件が多いとニュースで言っていたことを思い出す。

 

 と栞が、迂回しようと踵を返した瞬間。

 

「ねぇ、ちょっと待ってよ」


 後ろから声がかけられた。背筋が凍る。

 栞は足を止めてしまった。聞こえないふりをして立ち去ればいいものを、彼女のお人好しの性格が足を止めさせてしまった。


 ゆっくりと振り向く。


「君可愛いね! 今暇? どこ行くん?」

「うわぁ、マジで可愛いなこの子」


 男たちが話しかけていたのは、やはり栞だった。栞の見た目は、デート帰りだったので、メイクもそのままというのもあるが、ひと目を引くものであった。綺麗と可愛いが混じった雰囲気で、男たちは栞に目を奪われていた。


「な、なんですか……」

「だからさ、遊ぼうよ? 俺らすっげえ楽しい場所知ってから」

「そうそう、飯も奢るからさ」


 男たちは馴れ馴れしく、栞の肩に触れる。

 栞は、目を合わせないようにスマホを触って俯いた。


「あ、結構です……私、用事あるので、これで」

「そんなこと言わずにサァ! 頼むよ~」

「マジで楽しいからさ」

「大丈夫です」


 栞は男の手を肩からどかそうする。


「っ」


 男に手を掴まれていた。一気に恐怖が栞を襲う。

 力強い手だった。いや、それどころか痛みすら感じる。


「あのさ、マジで言うこと聞いたほうがいいよ、俺ら……警察とか全然余裕だからさ。言うこと聞かないと、ちょっとヤバいことになるかもよ」

「痛い! 離して」


 男は離そうとせず、栞を車のほうへ引っ張る。


(嫌だ! 怖い!)


 道の反対側にいた同じ歳くらいの制服を着た少年に目で助けを求める。


(うそ……)


 その男の子は、背を向けて走り去っていた。

 じゃあ自分はどうなるのだろう。連れ去られる? どこに。

 どうなるの? 最悪の自体が栞の脳裏に浮かぶ。


(嫌……助けて――)


 心の中で、恋人の名前を呼ぶ。

 そんなときだった。


「あ?」


 誰かが男たちの後ろに立っていた。

 視線を上げる。

 見たことの無い少年だ。

 少し赤みがかった髪の少年は、コンビニの袋を持って、そこに平然と立っていた。

 黒いジャージにサンダルが妙に印象的だった。


「おい! カスが、どけや」


 男が吠える。

 だが、少年は無言でそこに立っている。

 その顔には怯えがなく、平然としていた。


「舐めてんなお前」


 鈍い音が鳴った。

 男が拳を振るっていた。

 少年の顔を男が殴っていた。


「ひっ」


 栞が悲鳴を上げる。

 暴力的なことに慣れていないのだ。

 

「あ?」

 

 次の瞬間、バァンと先程より大きい音が響いた。

 

「え……」


 栞の手を掴んでいた男が崩れ落ちる。

 その男の顔があった位置に、少年の手があった。

 殴ったのだ。手の甲で、男の顔を。


「いったァ! まだ筋肉痛治ってないんじゃボケ!」

 

 少年は、殴られた顔よりも、動かした腕のほうが痛いというように、顔を歪めた。

 そこからはまるで夢のようだった。一人の少年が男たちをボコボコにしていた。





「死ぬ……痛すぎて」


 少年は、邪魔にならないように気絶した男たちの身体を歩道の端にどかす。


 そして、少年は今気づいたように栞をみた。

 見惚れたように固まる。


「惚れ――」

「栞さんっ!!」

 

 少年が何か言おうとした時、声が聞こえた。

 いつも聞いている声。恋人の声。


「雪くん!!」


 少年の後ろから、バールを持った小柄な少年が走ってきていた。

 別の高校にいる年下の恋人。

 なぜここにと思ったが、スマホの画面を見て納得した。

 栞の手は、無意識のうちに恋人のメッセージ画面を開いて、通話状態にしていたのだ。


「おまえ! 絶対ゆるさ――」

「雪くん! 違うの、その人は」


 雪が振り向き、少年にバールを向ける。

 そして固まった。


「れん……じ?」

「雪さん……?」


 少年と、恋人は顔見知りだった。

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