第18話 赤い染み

『まえがき 第11話、第12話の鬼道、鬼という単語を誤解を生みそうだったので狭間等の単語に修正しました。また第16話、第17話の地の文を一部修正しました。”首の後ろが蠢いて”から”首の側面が奇妙に蠢いて”に』

 




 トイレから戻ってきた俺が見たのは、柊子と一ノ瀬が男たちに声を掛けられている場面だった。二人共、可愛いし声掛けられる程度なら普通にありえるだろうと思っていた。だが、良くない雰囲気だった。リーダー格であろう茶髪の男。そいつは目が血走り、腕には血管がはっきり浮き出ていて、何より首で何かが蠢いていた。影静から流れ出る力のお陰で、俺の感覚は常人とは比べられないものとなっていた。人の気配、ほんの小さな音、匂い、それらが伝えてくる。


 こいつ、普通の人間じゃない。

 なので俺はちょっと怖かった。


「あ? 何だお前」

「その子たちのツレやけど?」

 

 ちょっと緊張してエセ関西弁になってしまった。

 話しながらも周囲を確認する。街の中心街の小さな小道。すぐ左に飲食店の壁面。右に電柱と路駐されたバイク。下はコンクリートと溝。通り雨でも振ったのか妙に湿っているように見える。人通りはあるが、みんな関わらないよう素通り。これでは助けは期待できなそうだ。


「なぁ、ガキ、俺らが見えねぇのか? さっさとその女置いて失せろや、痛い目遭いたくなかったらよ」

「キャハハハ、そうだぜガキ、お家帰って1人で――してろよ。そこの女はちゃんと俺たちで可愛がってやるからさ」


 男たちはギャハハと笑う。


 なんかこの展開腐るほど漫画で見たんだが……。

 

「恋詩……」

「はぁ、はぁ、はぁ」


 柊子が俺の後ろで心配そうにしている。

 一ノ瀬に至っては、過呼吸で今にも倒れそうだった。

 一ノ瀬の過去に何があったかはわからないが、今の俺にできることは、この場を早く切り抜けることだけだ。

 

「どうしてもやめてくれないっすか?」

「あ!? だから早くテメェは消えろ!!」


 茶髪の男が威圧するように声を発する。

 どうやら、男たちはやめる気はなさそうだった。

 暴力沙汰になる。そう認識すると何かが切り替わった。


「……」


 俺が退かないことがわかったのか茶髪の男が拳を振り上げた。

 途端にスローモーションになる世界。

 茶髪の男の手には、骸骨を模したゴツい指輪がされていた。

 それはファッションというよりかは、誰かを殴るためにつけてあるのだと理解した。その証拠に、骸骨部分に、赤い染みが残っていた。

 俺はそれを避けなかった。

 

「キャアアア!」

「嫌ァァア!」


 柊子たちの悲鳴。

 茶髪の男の拳は、俺の顔面に炸裂していた。

 骸骨の指輪の硬い感触が顔にあった。


「ハハハ……あ?」


 男と目が合う。男は不思議そうにしていた。

 なんで、こいつなんの反応もないんだ?と目が語っていた。


 日頃から常にボコボコにされてる弟子を舐めんじゃねぇぞ……。


「手、出したよな?」

「え」


 鈍い音。男の身体が一瞬浮いた。

 男の腹部を、俺が蹴り上げていた。


「かはっ」


 男の歪んだ顔が笑えた。

 驚愕、苦痛。

 男の身体が崩れ落ちる。


「瞬さん!」

「テメェ!」


 後ろに控えていた男たちが、殴りかかってくる。

 俺はそれをまた敢えて受けた。

 顔面に鈍い感触。


「別に良いよな」

「は」


 男の顎先に向かって腕を振るう。

 男の顔がほんの微かに震えた。


「あ? 外してんじゃねぇ……え」


 男が膝をつく。その顔は驚愕に包まれていた。

 何されたかわかっていないようだった。


「恋詩!」


 柊子の声。もうひとりの男が、ポケットから何かを出していた。

 ナイフ。折りたたみの物をポケットから取り出していた。


「へ、もう――」


 男が何かを言う前に、俺の足が男の顔面を打ち抜いていた。

 足先に嫌な感触。ナイフが地面に落ちる。

 男が白目を向いていた。


「……」


 男たちは動かない。

 1人は痛みで、残り二人は気絶して。

 痛みで呻いていた男の手を取り、着ていたジャケットで固定する。

 これならもう手を出すことはできない。


 そして誰も動かなくなった。


 終わった……よな?


 手加減はした。

 死んではいないはずだ。

 むしろ、一発で倒せないのではないかと俺は思っていた。

 それほど異様な雰囲気が男たちからはしていた。

 だが、その考えは杞憂だったようだ。


「ふぅ」

 

 俺は構えながらも力を抜いた。

 そうすると、意識していなかった痛みが、急に表面に出てくる。

 普通に痛かった。けど痛みを戦っているときは、考えないようにしていたから師匠的にはセーフのはずだ。


「痛てぇな……」


 口を触る。唇が切れていた。

 男たちの拳は割と重かった。

 もちろん、影静の何十分の一でしかなかったが、普通の人間としては、おかしいはずだ。


「恋詩大丈夫!?」

「おう」


 柊子がハッとしたように声を上げる。

 

「唇切れてる……ちょっと待って」


 柊子がポッケからハンカチを取り出す。


「って、悪いって」

「いいから!」


 口元にハンカチの感触。

 柊子がハンカチで切れた唇を拭っていた。

 ハンカチに血が染みる。

 

「悪いな」

「いいよ……私のためにしてくれたんだから」


 柊子の様子が少しおかしかった。

 瞳は潤んで、ただじっと見つめてくる。


「一ノ瀬は?」

「あ、あ」


 一ノ瀬は、壁に座り込んでいた。

 腰が抜けたかのように、震えている。

 彼女はまだ怯えていた。


「一ノ瀬」

「え?」


 手を出す。

 一ノ瀬はその手をじっと見て、恐る恐るという感じで手をとった。

 一ノ瀬の身体を引っ張り持ち上げる。


「一応、通報しとくか」


 それでいい?と柊子と一ノ瀬に確認をとる。

 二人共頷いていた。

  

 男たちは、そう決断させるほど異様であった。

 いきなり殴ってくるか普通。しかもあんな、メリケンサックの小型版みたいな指輪をつけて、ついでナイフとかガチで殺意丸出しじゃねぇか。俺じゃなかったら死んでたぞマジで。


「こわかった……」


 一ノ瀬が震えながら俺の手を握る。

 柊子も、こんな目に会ったから普段のように強気な様子はなく、ただ俺の袖を掴んでいた。俺は、二人に寄り添われながらもスマホを取り出す。


「はい、――町の――のあたりなんですけど」


 俺は警察に通報した。

 もしコイツラが復讐でも考えたら、俺はともかく柊子たちに危険がありそうだったから。


 一応、俺が最初殴られたのは、後のことを考えてだった。

 あっちが襲ってきたから身を守るために仕方なくやったんですよという正当防衛の言い訳を作るために……大丈夫かな、俺そんな法律詳しくないけど。


 ……なんかマジで怖くなってきた。俺の脳裏に、頭に頭巾のようなものを被されながら少年院に移送されるさとうれんじ16歳少年のイメージ映像が浮かんだ。


 つーか、いつからこの町はこんなに危なくなったのだろう。

 最近ニュースでも警察官が殺されたりだとか、拉致事件とか、そういうのばかりやっている。何かがこの街で起きているような気がした。


 そんなときだった。


「ひっ、あ、あれ」


 一ノ瀬が男たちの方向を指差していた。

 柊子もその方向を見て、目を見開いている。


「なに……あれ」


 男たちが、立ち上がっていたわけではない。

 むしろ、そのほうが良かったかもしれない。


 そこにあったのは異様な光景であった。

 男たち全員が、白目を向き口を大きく開けていた。

 そして足が見えた。まるでタランチュラのような大型のクモの足が男たちの口の中から出ていた。

 

「ホラーか何かかよ……」

「何なのあれ……」


 ゆっくりと、ソレが男たちの口の中から出てくる。

 虫。暗い赤と黄色の混ぜ模様の体。身体は指先ほどの大きさで、特徴的だったのは長い5本の足。いや、4本か?中央に一本あるが、それが足なのかはわからない。

 その虫は、ぬめりと液体で濡れていた。


「あ、あう」


 引っ張られて横を見る。

 一ノ瀬が俺の手を掴んだまま意識を失いかけていた。


 え、ちょっ今倒れられると困るって!


 そう一ノ瀬に気を取られて、前を見るともう虫はいなくなっていた。

 近くの溝に逃げたようだった。





 数分後、警察が到着し、全員一緒に警察署まで同行した。

 その頃には、一ノ瀬も回復し、疲労した顔を見せながらも話をすることができていた。


 話はそれほど時間をかけずに終わった。

 なぜなら、男たちは連続誘拐の指名手配犯だったらしく、警察は俺たちのことを全面的に信用してくれた。ただ一つを除いて。


 あの男たちの口から出てきた虫、あの件だけは気が動転していて、元々そこの近くにいた虫を見間違えたのだろうということになった。


 その後、優しそうな警察官のお姉さんが俺たちを家まで送ってくれた。

 パトカーではなく、普通の車で。そういう部分も配慮しているようだった。

 

 そして一日が終わった。

 


 




 林道柊子は、自室のベッドの上で、ぼうっとどこかを見ていた。


「かっこ……よかったな」


 思い出すのは今日のこと。

 危ないナンパ男たちに襲われそうになったところを、恋詩が助けてくれた。

 いつものように飄々とした顔で。


 あんなに彼が強かったなんて知らなかった。

 思い出すと顔が熱くなり、心臓の鼓動が速くなる。


「……好き」


 好きだ。彼が。

 今までも好意は持っていたが、それ以上に好きになった。


 だって、あんな漫画のヒロインのように助けられ、惚れない子がいるだろうか。少なくとも自分はそうではなかった。


「恋詩……恋詩……恋詩」


 ポッケからハンカチを取り出す。

 彼の唇からでた血が、べっとりとついていた。


(ここに、唇があったんだよね……)


 顔に近づける。

 そこからは鉄の匂いがした。

 


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