第17話 「ごめん、おまたせ」

『16話後半あらすじ 

刑事四人が、指名手配犯である史波竜次を追って工場に。

だけど、史波竜次には銃すら意味をもたず、刑事たちは圧倒的な力に敗北する。そして刑事の一人は、史波竜次の首に何かが蠢いているのに気づく』


 狭間を超えた先にある世界。

 天井には鍾乳洞があり、広大な空間が広がっている。

 地面は石で出来ており、壁には松明が掲げられている。

 灯りは松明の光しか存在しないはずなのに、なぜかその場所は明るく洞窟内の端から端までを見通すことができた。

 

 清廉で、透き通るような神聖な空気。

 ここに来ると、勝手に身体がざわめく。

 まるで、もっと戦いなさいと言うように。

 

 俺は、影静ではないただの刀を構えながら前方を見る。

 そこにはいつもの朱色の着物を着て、狐の面を被った影静がいた。

 狐の面のせいで、表情は何も見えない。

 影静は、俺と同じように刀を構えながら、静かにこちらを見ていた。


 ”ぽた”とどこかで雫が落ちた。

 それが合図だった。


 俺は脚に思いっきり力を入れて地面を蹴った。 

 世界が線になる。

 そして、影静の後ろをとった。


 右手で思いっきり刀を振るう。

 我ながら恐ろしい速度だったと思う。

 

 影静はまだ前を向いている。


 だが。

 影静は、前に向いたまま刀の側面を俺の刀に合わせていた。

 刀が微動だにしない。

 巨岩すら軽く破壊するはずの俺の剣は、ほんの簡単に彼女に止められていた。


「なんて力任せな」


 気づけば目の前に影静の拳があった。

 衝撃に俺の顔面が歪んだ。

 吹き飛ぶ身体。

 

「かハッ」


 背中に衝撃。

 俺は、殴られた衝撃で洞窟の壁面まで吹き飛ばされていた。

 痛い……。もうヤバい……。

 だがそれでは終わらない。


「あ」


 目の前に影静がいた。

 そして、また衝撃。

 殴られたのだ。意識が飛んだ。


「恋詩言ったでしょう、戦いのときは、戦うことだけに集中しなさいと、痛みも感情もすべて忘れなさい」


 そんなこと言ったって痛いもんは痛いです師匠……。

 俺の意識は彼方に消えた。






 

 気づけば、狐の面を外した影静が俺の頭を撫でていた。

 つまり、膝枕されていた。

 頭の後ろに、幸せな感触があった。


「ごめんなさい恋詩、今日も痛かったでしょう」

「平気だって……ごめんちょっと痛いかも」


 影静は修行の後、いつもこうだった。

 痛めつけたことを悔いるように、俺を甘やかす。


 修行がムチなら、これはアメの時間だった。 

 俺はこの時間が好きだった。我ながら単純なヤツだと思う。

 永遠にこうされていたいと思うくらい、影静の膝枕には妖しい魔力があった。


 あー、最高。もう死んでもいい。


 痛みもいつの間にか引いていた。


 




 柊子たちと、”おのとら”というたこ焼き屋に行って、その後、すぐに裏世界にあるこの修練場に来た。いつものように修行のためだ。影静との修行はこの一ヶ月ほぼ毎日続けられており、俺はもはや修行がないときのほうが違和感を覚えてしまうくらいだった。


 その修業の内容が最近変わり始めていた。

 以前は、俺らの世界にはいない1つ目の巨人や、岩を纏った虎など(たまにはただの熊もいたけど)奇妙なバケモノとばかり戦わされていたが、最近は影静と手合わせをすることのほうが多くなった。


 その理由は単純で、影静の力が俺にずっと流れるような状態になって以来、以前まで苦戦していたその化物たちを軽く倒せるようになったからだ。周辺に、修練の相手になる存在がいなく、影静が代わりを務めるようになった。

 

 だが俺は、未だ影静に一撃を入れることすらできない。

 戦って、俺は改めて影静の強さを実感した。


「そろそろ、帰りましょうか、ご飯も炊けている頃ですし」


 影静はそう言って、俺を起こす。

 ……もう少し堪能したかった。

 クソ、明日も修行頑張らねば。

 この太もものために。

 俺は邪な動機で、修行を頑張っていた。







 いつものように狭間を通り自宅に帰る。

 もう、この瞬間も慣れたものだ。


 家に帰った後、影静が作ってくれた夕食を食べた。

 ちなみに今日は焼き魚と蕎麦だった。


 その後、風呂に入りベッドに寝っ転がった。

 

 時間はもう11時を過ぎており、そろそろ寝る時間だった。

 そんなときだった。


 ”しゃりん”という音が俺のスマホから鳴った。

 二ヶ月前に裏の世界でなくして新しく新調したそのスマホの画面には、”林道柊子”という名前が表示されていた。

 柊子からのメッセージだった。


「なんぞ?」


 スマホを開く。

  

 ”明日、遊びに行かない?結衣も一緒に”


 そんなメッセージが届いていた。






*





 

 翌日の土曜、俺は町の中央にある駅近くの公園で柊子たちを待っていた。この公園は、割と有名な場所で、待ち合わせスポットとしてはよく利用されているものだった。


 ベンチに座りながら、公園をぼーっと眺める。

 休日ということと、雲ひとつない晴天と言うこともあってか、家族連れや、カップルが多いように見える。


 ふと、朱里のことを思い出した。

 視界にあるカップルのように、朱里とあの金髪の男もどこかで仲睦まじくデートしているのだろうか。


「やばい、やめよう考えるの」


 脳が破壊されてしまう。


 そんなとき、トントンという感触が肩にあった。

 肩を叩かれたのだ。


 そこに向こうとして、人差し指が頬に当たった。

 ちょっとイラッとした。


「おはよう」


 私服姿の柊子がいた。

 今日はいつものように青いメガネはつけてなかった。

 

「あれ、メガネは?」

「今日はコンタクトなの、感想は?」


 正直言おう。可愛い。

 メガネをしていないからなのか、いつもの柊子よりも、優しい印象を受ける。それに、私服だからか、凄く大人っぽいと俺は思った。

 

「めっちゃ可愛いよ」

「……ごめん、なんか面と向かって言われるとやっぱ恥ずかしいかも」


 柊子は少し赤面して、顔を逸した。

 意外な弱点だった。こいつ、意外と褒められるのに慣れていない。

 これはもう、褒めまくるしかないではないか。


「柊子可愛いよ! マジ可愛い! 美人!」

「……やめろ○すぞ」

「すみませんでした」


 集合時間までは、まだ時間があり、俺と柊子はベンチに腰掛け一ノ瀬を待つ。日差しは強く、夏がもうすぐ近づいてくることを感じさせた。静寂。柊子は、何かを言いかけては、口を閉じるということを繰り返した。


「ねぇ……もうあいつのことは気にしてないの?」

「あいつって」

「朱里のこと」

「……さぁ」

「さぁって何なのよ」


 それっきりで会話は終わった。変な雰囲気になってしまった。

 

「ごめん、おまたせ」


 そんな声が聞こえた。

 そこに視線を向ける。


「へ」

「え……」

「一ノ瀬……?」

「……うん」


 そこにいたのは、一ノ瀬結衣だった。

 ただし、いつもとは全く違う一ノ瀬結衣が。

 前髪は綺麗に分かれており、少し気恥ずかしそうな表情だった。

 服装も、なんというか今どきの格好で、いつものように猫背ではなくピンと真っ直ぐ伸ばしていた。


 つまり何が言いたいかと言うと


 クッソ可愛い――!!


 え、なにこれは。

 冗談抜きでクラスで1番可愛いと俺は思った。

 しかも、その格好が様になっており、突然こんな風にしたわけじゃないことがわかった。なんというか格好が洗練されているのだ。こういうのを垢抜けているというのだと思う。彼女の普段の地味な印象が全く無く、華やかな印象を与えていた。

 

「どう……かな」

「か、可愛い」

「えへへ、ありがとう」


 笑顔。一ノ瀬の笑顔。

 学校ではほとんど見せてくれない顔。

 しかも今日は、表情がよく見えるので破壊力が抜群だった。

 俺のハートにキューピットの矢どころか槍みたいのが、ぐさっと刺さった。そんなイメージが脳裏に浮かぶ。


「ちょっとなんで、結衣褒めるときだけ照れてるのよ」

「……だって、あんなん無理やろ」

「それは認めるわ……」




*





 林道柊子は、隣りにいる一ノ瀬結衣を横目に見ながら、スマホを弄っていた。


 昨日、急に遊びたくなり恋詩たちを誘った。中学校の頃の友人と遊んでも良かったが、無性に恋詩の顔が見たくなり誘ったのだ。ただ、まだ一対一で誘う勇気はなく、結衣も誘うことにした。


 恋詩は、今現在トイレに行っており、この場にはいなかった。


(びっくりしたな……結衣の格好)


 まるで、醜いアヒルの子が白鳥になったかのような変化だった。

 自分よりも断然可愛い。それが分かってしまうのが悔しかった。

 恋詩が、自分よりも結衣に目を奪われていたことが何より柊子を落ち着かない気持ちにさせた。


(朱里の次は結衣ってわけ?)


 それに結衣も結衣だ。なぜ今日はいつものように地味な格好をしてこなかったのか。「男の人は怖いから……」と言っていたではないか。それなのにどうして恋詩の前でそんな風に振る舞うのだ。


「……」


 恋詩と結衣がそういう関係になる。

 このままいけば、ありえるかもしれないと柊子は思った。

 結衣の表情を見ればわかる。


 恋詩を嫌っていない。それどころか、すでに恋愛感情のようなものを持っていてもおかしくないような接し方だった。恋詩がその気になればきっと――。


(私、嫌なヤツだ)


 自己嫌悪。自分で誘ったくせに、友人に嫉妬している。

 いつもこうだ。こういうとき、自分の性根がとても醜く思える。


 でも――。


 そう、思考の海に沈みそうになったとき。


「ねぇ、君たち可愛いね! どこから来たの?」


 前を見る。

 そこには、茶髪のいかにも軽薄そうな男たちが声を掛けていた。

 3人。アクセサリーをジャラジャラさせ、ゴツい指輪が柊子の瞳に映る。


 今どき、こんな典型的なナンパあるんだと柊子はむしろ少し笑ってしまった。


「あ、あの……」


 結衣が怯えていた。

 瞳には、恐怖が映り、唇は震えている。


「そんなに怯えなくていいよォ! 俺たち優しいし」

「そーそー、てかマジ可愛いね、オレこんなに可愛い子久しぶりに見たわ」

「そっちの君は大人びてて美人さんだしさー、マジで女優さんかと思ったよ」

「ねー名前なんて言うの? 教えてよ、つかID教えてよ」

「アハハ、瞬さんガッツキすぎですって、ギャハハ」


 ウザい。女とヤることしか考えていない猿。

 そんな言葉が柊子の口からでかけた。

 それをぐっと抑えて、少しだけオブラートに包んで言う。


「あのさ、ウザいから消えて」

「あ、柊子ちゃん……」


 結衣が、不安げに自分の袖を掴む。

 身体は自分よりも大きいのに、心はまるで小動物だ。

 いや、これが普通か。そんなことを思った。


「キャハハハ、瞬さん振られてるし」

「……」

「ギャハハハ、彼女勇気あんね!」


「……は? 何? せっかくオレが優しくしてたのにさ」


 瞬と呼ばれていた男が、柊子を睨みつける。

 目が血走っていた。


(なに、こいつ? 薬物でもやってんの?)


 男の雰囲気が変わった。

 それを見て柊子は少し怯えた。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


 荒い息遣いが隣から聞こえた。

 結衣が目を見開き、呼吸を荒くしていた。

 怯え、恐怖そんな感情が、見るからに伝わってきた。


 男は普通じゃない。

 男がゆっくり手を伸ばしてくる。

 異常なくらい血管が浮き出ていた。

 それにあることに柊子は気づいた。

 男たちの首の側面、それが奇妙に蠢いて見えることに。


(やばいかも……)


 柊子が、通報しようとしたとき。

 ぴたっと男の腕が静止していた。

 いや、止まらされていた。


 後ろから伸びてきた手によって。

 

「無理矢理は良くないっすよ」


 いつも聞いてる声が柊子の耳に聞こえた。

 柊子の胸が高鳴る。

 振り向く。


「ごめん、う○こだった」


 そこには髪が赤みがかった少年、恋詩が、いつものように平然とした顔で立っていた。

 


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