なんでもない話
狐花
『自惚れクソ一般人と辛辣正論美少女』
男が一人、自室のパソコンで執筆をしてる。
別に仕事だとか賞に出すために書いていると言うわけではない。
彼が書いているのは単なるネット小説だ。
言ってしまえば唯の趣味の範疇であり、もしかしたら収益を得られるかもしれないという薄っぺらい打算込みでそれを行っている。
「ま~たせこせこと小説書いてオナニーですか? 貴方も飽きませんね~」
いつからそこに居たのか、はたまたずっとそこに居たのか、男のベッドで横になった一人の少女が彼に声を掛けた。
「オナニーとか言うなよ、はしたない」
「いやいや、そんなの今更じゃありません? それよりも、どうなんですか執筆の方は?」
「……見たら分かるだろ」
「ええ、見たらわかりますね。何も入力されていないその画面を見れば」
少女の言った通り、パソコンのモニターには何も書かれていない小説の編集画面が映し出されていた。
「貴方がその画面を開いてから既に一時間ですよ? 何で何も書かれていないんでしょうね~?」
男を煽るかのように、少女がニタニタと嫌な笑みを浮かべながら聞いてくる。
全部知ってるくせに。
「はい、知ってますよ~? 何度も何度も消しては書いてを繰り返してましたもんね~」
「……性格悪いよな、お前って」
「貴方にだけは言われたくないです」
少女がベッドに座り直し話を続ける。
「それで? 何で書いては消してを繰り返しているんです? 早く続きを書きましょうよ」
「俺だって早く書きたいよ。でも、納得行く形にならなくてな」
「うっわ、めんどくさい。誰が見てくれるかも分からないただの自己満足小説なのに、なに変なプロ意識みたいなもん持ってるんですか? アホなんですか?」
「辛辣すぎねぇ?」
「いやいや、だってですよ? 貴方は知名度も無く、技術も足りてない上にコネとかも一切無いクソ一般人なんですから、下手でも良いから数を書かなきゃいけないんですよね? それなのに変なこだわりを持って、同じ様な内容を何度も書き直ししてるなんて正直時間の無駄では?」
「お前本当に辛辣だよな。でもさ、中途半端なモノを投稿したくないだろ? 唯でさえ不特定多数の人の目に触れる訳だし……」
男がそう言うと、少女が心底呆れた様な顔をする。
「思い上がりも甚だしいですね! 貴方の小説を読む物好きなんて殆んど居ませんよ? 知名度が一切無いですから余計にね。中途半端なモノを見せたく無いとか以前の問題なんですって」
「いや、確かにそうだけどさ。それでも一話一話のクオリティを落としたくないから……」
「それこそ後から書き直せば良い話でしょう? ある程度人気と知名度が出てきてから近況ノートか何かで告知をして、リメイクでも書き直しでもすればいいんですよ」
それを聞いた男は苦い顔をした。
彼女言っている事は正しい。
だが、男にはそれを納得できない理由があった。
「そんなのリメイクや書き直しする前に飽きるだろ」
男は重度の飽き性だった。
「そんなの、作者が飽きたらその程度の作品ってことですよ。そんな作品が他人を楽しませられる訳が無いでしょう? だからそのまま書きっぱなしで腐らせておけばいいんですよ」
「いや、いくらなんでもそれは―――!?」
「それが嫌なら飽きるな」
少女が初めて強い口調で言う。
「小説や漫画とかってのは作者が飽きたらそこで全部終わりなんですよ。それ以上面白い物語が作れなくなるんです」
「子育てと一緒ですよ? 親に見捨てられた子供は簡単に死んでいきますからね。周りに助けてくれる人がいないなら尚更」
「だから飽きない様に殺さない様に人を集めなきゃいけないんですよ。人が集まって、ファンになってくれる人が居るからこそ、作品が終わっても、作者が死んでも愛してくれるファンがいる限りその作品は死なないんですから」
少女が満面の笑みを浮かべながらそう言った。
男は、唯々俯きながらそれを静かに聞く事しかできないでいる。
「そもそも、なんでもそうだとは思いますが、ネット上で知名度を上げるならやっぱり更新頻度や執筆速度って重要だと思うんですよね。そういうのってプロに成ってからも役立ちますしね!」
「だから、どんな内容でも文章力の乏しい下手な文章でも良いので、毎日毎日投稿を続けいった方が一番の近道だと私は思うわけですよ!」
「その為には、今すぐその薄っぺらいプライドや自惚れはさっさと捨てましょう! ……というかですね、完璧主義が悪いとは言いませんが、そんなことで躓いていたら小説家になんて一生なれませんよ?」
「……分かってるよ」
「いやいや、分かって無いですよ。なまじ、なんでもできる器用貧乏だから『自分は本気を出していないだけ』なんてクソみたいな予防線を張ってるんでしょ? 本質は唯の妄想好きのなんちゃって作家志望なド素人の癖に」
「プロみたいに編集者さんだって居ないんですから下手で当たり前なんですって。貴方は書きたいように書きたいものを書けばいんですよ」
「そもそも、今貴方が書いてるコレだって誰かが見てくれるかなんて分からないんでしょ? 良いんですよ、適当でも好きなように書いて投稿すれば」
「というか、言い回しや書き方に納得いってないだけで、物語の内容事態には一切不満は無いんでしょ? なら、うじうじ悩んでないで早く書いたらどうですか? そうすればどんどん上手く書けるようになるはずですから! そ・れ・に~、まだまだ書きたいネタが山の様にあるんですよね?」
「まあ、ネタは全然尽きないけどさ」
「むしろネタが尽きないから早く別のを書きたくなって今まで書いてた作品に飽き出すと。でもせっかく書いたんだから完結させてから次を書きたいと思って続きを書き始めるも『なんかコレじゃない』ってなって何度も書き直してるんですよね、ワカリタクナイデス」
「……そこまで分かってるなら手伝ってくれても良いんじゃないのか?」
男が少女にそう聞くと、彼女はきょとんとした顔になりこう言った。
「嫌ですよ、それは貴方の作品であって私の作品では無いんですから」
「……ぐうの音も出ないほどの正論をありがとう」
「皮肉にしては全然まったくこれっぽっちも面白くないですね~」
「うっせぇ……」
「まあ、何かあれば聞いてくださいよ。適当に答えてあげますから」
「……それアドバイスにならないやつじゃないか?」
「も~、いつまでもうだうだとうるさいですよ~? さっさと執筆に戻ったらどうなんですか~? それで、適当な作品をネットに上げれば良いんですよ!」
「……ああ、お前のお陰でなんかもう色々とどうでもよくなって来たしな。やってるよ!」
「おお~! そうそう、その意気ですよ! では、頑張ってくださいな。私は適当に漫画でも読んでますので」
「いや、帰れよ」
男の声を無視して、少女は満足そうな顔のまま再びベッドに横になり漫画を読み始めた。
男はそんな少女に対して溜め息をつきながら、執筆活動へと戻っていったのだった。
なんでもない話 狐花 @coka556
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