第2話 この感情の名前

「すまん澪、部活が長引いちゃって……待ったか?」


 約束の時刻を20分遅れてやってきた彼女は、そう言って約束のファミレスに入ってきた。


 大雑把にみえて、こういうところはしっかりしているのだ。


「直美、別にこれぐらい気にしないわ」


「そっか!それより、わざわざ部活終わりに呼び出すとか、またなんか相談か?」


「まぁ、そんな感じ……」


「それで、今度はなんだ?あ、前にも言ったけど、その八重歯はかわいいと思うぞ!」


「それはもういいの!……実は結構重めなんだけど、いい?」


「おう、全然いいぞ。いつもみたいなくだらない悩みもきいてやるぞ!」


 いつも相談に乗ってくれている友達に、私の悩みはくだらないといわれてしまった。少々失礼な気もするが、早く本題に入りたいので(自分も自覚があるので)、さっそく言ってみることにした


「……あの、田島の、こと、なんだけどさ」


「あぁ、お前の幼馴染だろ。たしか、好きなんだっけ?」


 今日私が話したかったのはそのことについてだ。まだ頭で整理しきれていないところもあるが、自分だけでは埒があかないので、一番信頼できる親友にだけ話してみよう、と決めて、とりあえず口に出す。


「そのことなんだけどさ……私、実のところ、田島のこと、本当に好きなのかわからないんだよね……」


「えぇ!わ、わからないって、マジで?家も近所で、幼馴染で、幼い時から一途に想い続けてきた、ってうちらの恋バナで一番有名じゃん!」


 私の親友でさえこの様子だ。まだこのことに誰一人として気づいていないだろう。


「たしかに、昔は好きだったと思う。でも、最近はなんとも思わないっていうか……あの時はまだ小さくてそういうのよくわからなかったし、よく一緒にいたって理由だけで、そう思い込んじゃってただけなのかも」


「で、でもさぁ、それでも長い間ずっと好きだったんだろ!?そんな簡単に好きじゃないかも、なんて……そういうもんなのか?」


「でも、よくよく考えたら、そんな長くないよ。ほら、さっきも言ったでしょ。『うちらの恋バナで一番有名』って」


「それがなんだよ?」


「そういう感じで、皆が『幼馴染なんだよね!ずっと長い間想い続けてるなんて素敵だね!』ってかんじで聞いてきて、その時にはもう何にもなかったけど、適当に合わせてたら有名になっちゃったってわけなのよ」


「つ、つまり、好きだった時期もそんなに長くないってことか?」


「そうなるわ」


「おいおい、嘘だろ……なんかショックだわ……」


 よくわからないが、悲しませたみたいだ。何とも言えない罪悪感が体の中でムズムズしていて、とりあえず謝ろうと思い、謝罪の言葉を言おうとした時だった。

 突然彼女が、何かを思い出したように、大きな声で私に尋ねた。


「あ!じゃあ、あれはどうなんだあれは!」


「?あれって何よ?」


「あれだよ!田島が入学式の日、不良に絡まれてる女の子を助けてからその子といいかんじになってるだろ!そのことについてはどう思ってるんだ!」


 どくん、と心臓がはねた気がした。そのことについても話すつもりだったが、やはりその話題には、体が反応してしまう。


「なにも思ってないはずないだろ。ほぼ毎朝何かしらで張り合ってるじゃん!やっぱ好きじゃないとか嘘だろ!」


 ここから先は、自分でもよくわからないことを話すつもりだ。たとえ今は曖昧でも、彼女ならなにかみつけてくれるような気がした。


「……実はそうなの……最近は自分でも、もう田島のことは好きじゃないと思ってたんだけど、」


 言葉を慎重に選んで、それから私は言う。


「その女の子……榊原唯さかきばらゆいさんが絡むと、よくわからないの」


 続けて私は言う。


「田島のこと考えてもなにも感じないはずなのに、榊原さんと話してるところを見ると、すっごいモヤモヤする。今朝だって、休日に一緒に遊んだって聞いて、すっごくモヤモヤした。だから詰め寄った」


 彼女は複雑な表情を浮かべていた。


「考えるほどよくわからないなぁ……ちなみに、その日は二人で何してたんだ?」


「プレゼントを買ったって言ってたわ。榊原さんは、田島にはわたさない、って言ってたけど、」


「そっかぁ……田島もうすぐ誕生日だもんなぁ……じゃあ、澪は、田島が榊原さんから誕生日プレゼントをもらうのがいやなのか?」


 そういわれて、少し考えこむ。そうなのだと言われれば、そういう気もしてくるが、少し違う。数分悩んだ末、思いついたことを口に出してみる。


「多分、榊原さんが田島に誕生日プレゼントを渡すのが嫌なんだと思う」


 彼女は一瞬、呆気にとられた顔をしていたが、すぐに何かを呟きながら、考え始めた。


「榊原さんが絡むとモヤモヤ……『もらう』じゃなく『わたす』のが嫌……」


 数秒悩んでから、彼女はなにかひらめいた様子で訪ねてきた。


「もしかして、澪は榊原さんに何かを感じているんじゃないのか?」


「なにか、ってなによ?」


「例えば、ライバル意識的な?澪は榊原さんに負けたくないんじゃない?榊原さんが田島といいかんじだから、別に好きじゃないけど張り合ってる、とかは?」


「う~ん……正直ピンとこない」


「えぇ、良い推理だと思ったのに……田島に限らず、榊原さんに負けたくないことってないの?勉強でも、スポーツでも……」


「う~ん……あんまりないかなぁ。でも、ライバル意識って言葉だけはわかるかも。」


「わかるのそこだけ!?……もぉ、さらにわけわかんないよ~」


 それから数分間、二人で考え込んだが、この感情はよくわからなかった。


 それから彼女は


「あ!わたし、わかったよ!絶対にこれだわ!」


 と、考えるのに飽きたのか、それとも疲れたのか、どう見てもわかったようには見えない調子で言った。


 どうせろくなことは言わないだろう。


 そう思っていた。この時まで。


 私の予想に反して、彼女はとんでもないことを言い放った。


 ノーモーションで爆弾を投げてきたようだった。



「澪は、榊原さんが好きなんだ!」



 その言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。


 まるで宇宙空間に放り出されたみたいに、重力を感じなかった。


 彼女はそんな私のことなど気にも留めず、続ける。



「田島と榊原さんが仲良くするのが嫌、でも別に田島のことは好きじゃないし、榊原さんにも嫉妬はしていない」



 嘘だ。そんなの。



「でも、これを逆転の発想で考えれば、すべて辻褄が合う!」



 だめ、いやだ、聞きたくない



「澪は、最近いい感じになってる田島に嫉妬してて、」



もう、これ以上は——



「榊原さんのことが好き——

「直美っ!!」



私は彼女の言おうとしたであろう言葉を遮った。



私のこの様子を見て、ごめんね、冗談だよ、そんなのありえないよ、



そんな一言が欲しかった。



今ならまだ大丈夫、引き返せる。



突然姿を現したこの感情を誤魔化せる。



そう、思っていたのに、



「顔、すごく赤いけど、まさか……本当なの?」



彼女は望んだ言葉を言ってはくれなかった。



「本当に、榊原さんが、好きなの?」



その言葉は、私の心臓の鼓動を速めるだけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恋敵を抱きたい(百合) 縁の下のぼたもち @sumisoae

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ