私、未来から来ました! 2
講義が終われば、俺と諸星は速やかに帰宅する。時折カラオケによることもあるが基本的には講義が終わったと同時に席を立って最速帰宅だ。
諸星は王道スマホRPGにはまっているらしく少しでも周回時間を増やしたいから早く帰りたいのだとか。王道なのに周回ゲーだと言うからソシャゲは闇が深い。
「お前、ほんとRPG好きだよな」
「このゲームに関してはキャラだね。美少女が優遇されてるわけでなく、渋い老人が強キャラなんだ。それに王道と言うだけあって輝かしい友情や愛が描かれている。イケメン同士の絡みも多いからおすすめだ」
「ブレないな、お前は」
電車通学の諸星と素っ気なく手を振るだけで言葉も交わさずに駅で別れ、一人暮らしのアパートを目指す。一人暮らしと言っても、実家から大学に通えないほど遠かったわけではない。一人暮らしがしたいと言ってみたら、良い修行だとか言って心良く追い出されたのだ。母親の言い草は正しく、一人暮らしは中々に大変だった。洗濯、買い物、料理、掃除。お金の面は陽キャ大学生のようなファッションに数万かけたりしないので仕送りでなんとかなっていたのは救いだった。
お金に困っているわけでは無いからバイトはしていない。一人暮らしにも慣れてきたので必然と時間ができ始める。で、その時間を何に使っているか。執筆だ。投稿もしない執筆に時間を使っている。
最近、真面目に考えることがある。執筆に使っている時間を、バイトにかけたら。放課後の遊びに使ったら、サークル活動に使ったら。俺だってすぐに帰っていく二人組なんかじゃなく、あの放課後にわいわい騒いでいる集団の中にいたかもしれない。
「……くだらな。どうせ投稿しないなら書かないほうがいいじゃねーか」
色々と考えていればアパートに着いていた。エレベーターにオートロック付きのしっかりとしたアパートマンション。少々家賃は高いが母親は汚いところはダメだと言うので個々に決まった。
フロントに見覚えの無い女の子がおり、つい口に出してしまった愚痴が聞えたのかこちらに視線を向ける。恥ずかしさで早足気味になりながらフロントを抜けてエレベーターの前まで向かうも、あろうことかその女の子は後ろを着いてくるでは無いか。
明るい栗色の髪に季節感のある爽やかな着こなし。肩にかけている小さなバッグは分かりやすくおしゃれ。この圧倒的美少女に意味も無く敗北感を覚える。纏っている陽キャオーラは戦闘力53万で、俺のような陰キャとは別次元の生命体であることをありありと示している。
気まずい。非常に気まずい。独り言キモイって絶対思われてるよ。
エレベーターに乗り込み、6階のボタンを押す。ボタンの前から素早く身を引くが、ボタンを押そうとしない。
「えっと……どこの階ですか?」
「同じです!」
満面の笑みで明るく返答が返ってくる。悪意を一切感じない純朴な笑顔。でも、裏では押さない事は同じって事だろクソ陰キャが。とか思ってるんだろうなぁ。
気まずさを拭えないまま、沈黙の空間から逃げ出すように再び扉が開けばすぐにエレベーターから降りる。
そういえば彼女は新しい入居者なのだろうか。この階に同い年くらいの美少女が訪ねそうな居住者はいない。まだこの階も2部屋空いていたから、そこの入居者か、下見に来ているとかもあるか。
まあ、その時になったら挨拶とかに来るかもしれないし、その時にまたしっかりと話せばいいだろう。イケメン以外が無駄に気を利かせてもきもいだけだ。
いつも通り、鍵を開けて、扉のノブに手を掛ける。
「……?」
何かおかしい。いや、何がおかしいかは確定していた。え、怖い。何? え、なんなん? いやいや怖すぎるだろ。
俺の後ろにその美少女は立っていた。
「あ、あの……何か用でしょうか……?」
過ったのは馬鹿馬鹿しいと思っていた怪談話。あれでは髪の長い気味の悪い女性が定番だが、陽キャな亡霊が居たっておかしくはない。
俺は振り向けなかった。振り向いたら、終わり。そんな気がしてならなかった。
「…………」
返事が無い。笑いを堪えているような微かな息。
「うわああああああっ!!」
扉を良く開いて部屋の中に逃げる。すぐに鍵を閉めて、リビングに走り込んで内線を繋ぐ。3回呼び出し音が鳴り、ピッと電子音がして通話が繋がる。
「助けてくださいっ! 陽キャの幽霊が部屋の外にっ!!」
「……それは、もしかして」
ガチャリと鍵が開く音がした。ひたひたと廊下を歩いてくる音がする。
「私ですかあ!!」
「ぎゃあああああっ」
可愛らしく軽く握った拳を顔の近くに持って行って猫のポーズを決めるノリノリな陽キャ幽霊。あ、違うわ。猫じゃなくて幽霊のポーズ取ってるつもりだこれ。
「あはははっ、驚きすぎですよー」
「いや、誰だよ……」
美少女は何がツボにはまったのか返答に答えることは無く笑い続けていている。今気づいたがこいつ土足だ。まじかよ掃除めんど……
一周回って冷静になって、美少女が笑っているのを無言で見ている。いつまでも続きそうな笑い。なぜ飽きないのか。ただただ楽しそうに笑い続けている。
「いやなんなんだよ!? 説明しろよおいいい!」
俺の官能小説が未来で新興宗教の聖書になっていた件 成瀬初 @naruseui
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