種の芽吹き


 ザルツヘルムと相対するエリクは、自分の主人ナルヴァニアの意思に逆らい黒獣傭兵団に冤罪へ追い込む依頼をした事を聞かされる。

 そこから彼の本性が憎悪に満ちている事に気付き、ザルツヘルムが自らの消滅を望んでいる事を明かさせた。


 そんなザルツヘルムに対して、エリクはその消滅を条件にメディアの情報を聞き出そうとする。

 すると彼の口から驚くべき過去の事実が明かされ、ケイルの故郷である部族が追い込まれらえた実行犯がメディアだったという情報を得た。


 丁度その頃、ケイル達がいる樹海もりに場面は移る。

 夜で明かりの無い樹海の中央集落にて、近代的な家に設けられた簡素な寝台ベッドに眠るケイルはうなさされる様子が見えた。


「……ぅ……っ」


 樹海の蒸し暑さも相まって額に汗を浮かべるケイルは、仰向けで瞼を閉じたまま表情を歪めている。

 そんな彼女が見ている悪夢は、幼い頃の自分が見た過去の出来事だった。


『――……レミディア。貴方はリディアを連れて、ここから逃げなさい』


『で、でも……お母さんは……?』


『私達はお父さん達を助けるわ。それから貴方を見つけに行くから、安心しなさい』


 彼女ケイルが視ているのは、まだリディアと呼ばれていた頃の記憶ゆめ

 四歳前後にも満たず周囲の状況も理解できていない幼い彼女リディアは、隣で手を握る姉レミディアと母親の話を聞いていた。


 手製の槍を持った母親は、不安な表情を隠せぬ自分の娘達に笑いながら話し掛ける。

 すると三人が居る天幕テントに、同じ部族の若い女性が入りながら呼び掛けた。


『――……来たわよ! 兵士がいっぱい、それに男衆も何人かれられてる!』


『そう。……さぁ、二人とも。行くのよ』


『……お母さん、死なないで……っ』


『大丈夫。お母さんも強いんだから』


 不安な声を向ける幼いレミディアに対して、母親は微笑みながら自信の声を向ける。

 そして母と娘達は天幕テントを出ると、兵士達が来るという場所とは反対側の山へ二人の子供を走らせた。


 姉レミディアに手を引かれる妹リディアは、故郷である部族の集落から離れる。

 しかしその不安を拭えない姉レミディアは、渋い表情を強めながら山中にある洞窟に立ち寄った。


『……ごめんね、リディア。ここで待ってて』


『お姉ちゃん?』


『私、お母さんや皆が心配だから。ちょっと見て来るね』


『……あたしも、いく!』


『リ、リディア……』


 洞窟に置いて行こうとする姉レミディアに対して、幼い妹リディアは我を通す為に足にしがみつきながら離そうとしない。

 それから幾度も説得しても無意味な事を理解したレミディアは、仕方なくこう提案した。


『じゃあ、お姉ちゃんと一緒に行こう。でも何があっても、騒いだりしちゃダメよ。いい?』


『うん!』


 姉の言葉に元気の良い返事をした妹は、二人で故郷の平原が見渡せる崖へ向かう。

 そこで身を伏せながら隠れるように部族の集落がある方角を見ると、常人よりも遥かに視力の良い二人は集落で起きている状況を確認できた。


 集落には百名前後の兵士達が訪れ、拘束されている十人前後の部族の男達も見える。

 それと向かい合う形で対面するのは二人の母親である赤髪の女性を先頭とした、部族の留守を預かっていた者達だった。


 何か交渉するように話す先頭の兵士に対して、すぐに母親や居残りの部族達は武器を向ける。

 すると話していた兵士に代わるように、その後ろから一人の女が現れた。


 そしてその女が口を動かし何か話した瞬間、母親が凄まじい形相を浮かべながら飛び出す。

 更に素早くその女に槍を向け放ち女の喉元を正確に狙っていたが、それは触れる直前に透明な壁のようなモノで弾かれた。


 それでも諦めずに母親は槍を振り続け的確に急所を狙いながらも、その女には刃の一つも届かずに弾かれ続ける。

 二人の娘はそれを見ると、姉レミディアは驚きの声を漏らした。


『……お母さんの槍が、効いてない……?』


『お姉ちゃん……?』


『だ、大丈夫。きっと、お母さんなら――……っ!?』


 不安の声を見せる姉レミディアに、幼い妹リディアは同じく不安の声を漏らす。

 それを感じさせまいと誤魔化そうとしたレミディアだったが、次の瞬間に驚くべき光景を目にした。


 それは防御に徹していた女が、二人の母親に歩み寄る姿。

 それを迎え撃とうと部族全員が武器を向けて襲い掛かった瞬間、凄まじい暴風が発生し集落ごと彼等を巻き込んだ。


『!?』


『……お母さん……みんな……!?』


 幼い二人が見たのは、その暴風によって吹き飛ばされる集落の天幕テントと部族の者達。

 それは赤髪の母親も含む全員が嵐に巻き込まれ、かなりの高度から地面へ叩き付けられる。


 それから全員が動かなくなると、レミディアは強張らせた表情を浮かべて身体を立ち上がらせる。

 すると感情のまま集落まで戻ろうとした時、彼女達の背後から突如として声が発せられた。


『――……めときなよ。無駄な事は』


『!?』


『……!!』


 その声を聞いた姉妹は、その場から振り返る。

 するとそこには、自分達の母親と戦っていた謎の女が立っていた。


 それを見たレミディアは闘争心を剥き出しにし、子供とは思えない脅威の身体能力で飛び掛かる。

 明らかに殺意を持ったレミディアだったが、その女は動揺も見せずに右脚を突き出して迎撃して見せた。


『ぐあっ!!』


『お姉ちゃんっ!?』


 蹴り飛ばされた姉レミディアは崖に向かって転がり、そのまま落下しそうになる。

 それを防ごうと必死に駆け出す妹リディアは、自分の幼い身体で姉の転がりを止めた。


 そして真後ろに崖がある状況で逃げ場を失った姉妹に対して、その女は妹リディアを見ながら興味深そうな声を漏らす。


『へぇ。もしかして君、私と同じなの?』


『……!?』


『あれ、もしかして自覚無し? ……権能ちからもほとんど感じないわね。将来的にはつよまるかもしれないけど』


『……何を、言って……っ』


『となると、この子を渡すのは勿体ないかな。でも一人だけ残すと成長する前に死にそうだし。……うん、良いよ。君達だけは見逃してあげる』


 その女はそうした言葉を向け、幼い姉妹に微笑みを向ける。

 それを聞いた姉レミディアは痛みに耐えながら、圧倒的な強者と自覚したその女に問い掛けた。


『……お母さんは……皆を、どうする気……!?』


『残念だけど、君達の家族は助からない。運が悪かったと思って、諦めた方がいいよ?』


『……何を言ってるの……。……お母さんやお父さんに、皆に何もしないで……っ!!』


『それは出来ない相談だね。じゃあ、私は戻るから。君達は生き延びて、私が楽しめるくらい強くなって復讐しに来なさい。――……特に君には、期待してるよ』


『……!!』


 そう告げた女は影のある笑みを浮かべた後、姉妹の前から一瞬で姿を消す。

 するとその後、倒れている部族の者達は兵士達に担がれ、控えていた馬車に拘束させられながら乗せられた。


 負傷した姉レミディアは上手く動けず、幼い妹リディアはその姉から離れられずに部族の者達が連れ去れる光景を見ているしか出来ない。

 そして見逃された幼い姉妹は家族が居なくなった故郷から逃げるように離れ、二人だけで路頭を迷い、生き抜くことに必死な境遇を歩むこととなった。


 その悪夢のような過去を思い出しながら夢で視るケイルに、呼び声が掛かる。


「――……ケイル、ケイル?」


「……ぅ……。……アリア……?」


うなされてたわよ。どうしたの?」


 息を乱し汗を流しているケイルは瞼を開けて目覚めると、アリアは心配そうな声を向けている。 

 すると上体を起こして気怠けだるそうな様子を見せるケイルは、額に浮かんだ汗を右腕で拭いながら話した。


「……昔の夢を、見てた」


「昔の夢?」


「アタシの一族を、襲われた時の夢だよ」


「それって、貴方の一族を襲って攫った連中のこと?」


「ああ……。……クソッ。なんで今更になってこんな夢を……。……ここの部族の連中が、アタシの部族と似てるからかな……」


 自分の悪夢について悪態を漏らすケイルは、精神の乱れを整える為に深呼吸をしながら落ち着きを戻そうとする。

 そんなケイルを見て、アリアは落ち着いた様子で問い掛けた。


「貴方、自分の部族を襲った連中を見てたのね」


「……ああ」


「どんな連中だったの?」


「……兵士の格好をした連中が、百名前後。それに、魔法師の女が一人」


「魔法師の女?」


「そいつがアタシの部族を壊滅させて、兵士達に攫わせた。……アタシは攫われた家族と部族みんなを探しながら、あの女についても調べてたんだ……っ」


「……どんな奴なの? その女って」


「多分、転移魔法の使い手だ。一人で急に現れて消えたからな。……それだけじゃない、凄まじい暴風の魔法もやってた……」


「情報はそれだけ? 顔は見たの?」


「顔はよく覚えてねぇ。多分、傭兵だとは思うんだが、結局は名前も素性も何も分からなかった。アレだけの魔法師なら、同じ傭兵をやってれば情報くらいはあると思ったんだがな……」


 落ち着きを戻しながら部族の仇と飛べる女魔法師について話すケイルに、アリアは表情を強張らせる。

 その話を聞いて単独で転移魔法を行使できる程の魔法師は限られており、自分の知識からそれらしい人物を該当させようとしたのだ。


 しかしそうした人物についての情報が無いアリアは、息を零しながら伝える。


「単独で転移魔法を使える魔法師なんて、師匠とかミネルヴァ、あとウォーリスくらいしか知らないわね。ログウェルもそうかしら。……他に見当がつかないわね。ごめんなさい」


「いや、別に……。……そういえば……」


「?」


「……いや、なんって言うかな。……お前に似てた気がする」


「えっ、私? 同じ髪色とか、似た顔立ちだったの?」


「いや。顔も髪色も違うんだが、雰囲気というかなんというか……。……今のお前と、気配が似てる気が……」


 薄暗い部屋の中でアリアの姿を目にしたケイルは、過去の記憶と重なるその女の姿と気配が似ているように思う。

 しかしそんなケイル達の部屋に、樹海の部族である女性が駆け込むように現れた。


「『――……使徒様! 大族長が!』」


「!?」


「『もうすぐ子を産みそうだから、使徒様に伝えるようにと!』」


「えっ!?」


「今、子供を産みそうって言ったかっ!?」


「ケイル、行きましょう!」


「ったく、昨日の今日でもう出産かよっ!!」


 届けられた出来事を聞いた二人は互いに立ち上がり、その部屋を出て大族長パールが居る建物へ向かう。

 それは新たな生命の誕生を意味していたが、ケイルの視た夢はその先に続く未来に対する不穏さを伝えているようだった。

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