騎士の覚悟
死霊術によって現世に留まる元皇国騎士ザルツヘルムによって、謎の女性メディアが関わる事件の一つが語られる。
それはケイルの生まれ故郷を破壊し、ゲルガルドへ
エリクはそれを聞き、ケイルにとって
その情報をどうすべきか考えながら両の手を強く握り締めると、改めるようにザルツヘルムを睨みながら声を向けた。
「……ケイルの一族を攫った後、メディアという女はどうした?」
「
「……それからは?」
「
「……
「
「!」
「理由は不明だが、
「……自分からか?」
「そうだ。ナルヴァニアは女皇となる為の策謀で手一杯で、地盤固めに手を必要としていた。それに帝国内で
「……その後、
「無い。
「……そうか」
メディアに関する情報を明かしたザルツヘルムは、伝えるべき情報がそれで全てだと伝える。
するとエリクは
その姿勢から自分を消滅できる斬撃が放たれる事を予感したザルツヘルムは、静かに瞼を閉じる。
しかしその姿勢のまま、エリクは再び問い掛けた。
「……もう一つだけ、聞きたい」
「なんだ? まだ何かあるのか」
「お前は最初から、ナルヴァニアという女を憎んでいたのか?」
「!!」
「お前は確かに、
「……そんな事を知って、どうする?」
「ただ気になるだけだ。……
エリクはそう言いながら、別未来で戦ったアリアの事を思い出す。
それは憎悪に染まった表情ながら涙を流し、矛盾する感情に困惑し動揺している顔だった。
ザルツヘルムもまた
二人が共通しているのは、死霊術を施された死者であり、また『悪魔の種』を用いて悪魔化できていること。
そうした状況が二人に似た感覚を与えているのだと思い、純粋な疑問としてエリクは尋ねていた。
それを尋ねられたザルツヘルムは閉じていた瞼を開きながら暗い天井を見上げ、自分自身の記憶を思い浮かべながら放し始める。
「……逆だ」
「逆?」
「私はナルヴァニアと初めて会った時、彼女を憎らしく思った。……肥溜めのような孤児奴隷の施設から連れ出され、突如として裕福な屋敷で暮らすよう言われ。彼女の素性を知った時には、皇女の気紛れで救い出されたのだと思い、これも貴族の道楽の一つだと考えていたからな」
「道楽、か……」
「最初の頃は、彼女が微笑みを向ける顔にすら憎悪し嫌悪した。いつかその顔が私達を弄ぶ笑顔に変わるのだと思うと、寒気すら感じていたほどだ」
「信用していなかったんだな」
「当たり前だ。孤児奴隷を引き取って貴族街の屋敷で暮らさせるなど、何かの道楽か策謀に利用するつもりだと考える方が当然だからな。……だが彼女は、娼婦の子である私達を『
「……」
「それから一年程が経過した後、一定の教育を終えた私達は皇城へ連れて行かれた。……そこで彼女は、
「!」
「そこで簡単な試験を受けさせられた。……後で知ったが、それは市民権を得る為の筆記試験だった」
「市民権の、試験?」
「文字の読み書きと計算、それに皇国の歴史や文化についての基礎知識。それ等が合格点であれば、皇国での市民権を得られるという試験だ。……それで私を含めた幾人かの孤児達は試験に合格し、市民権を得られた」
「……」
「試験に合格した私達は、正式に市民として屋敷の従者見習いとして雇われた。それから給金も得られ、私達は皇国の中で『人』として扱われるようになった」
「……お前達の為に、試験を受けさせたのか?」
「どうやら、そのつもりだったようだな。……だがそれとは別に、もう一つの狙いもあったようだ」
「狙い?」
「奴隷政策の改善案。特に孤児奴隷に関する法案の是正について、その試験の結果が左右していたらしい。どうやら
「!」
「私達は何も知らされないまま、その試験の為に一年間の勉強をさせられていたという事だ。……言い換えれば、ナルヴァニアの望む政策の為に利用されたという意味でもある」
「……それも、憎んだのか?」
「さぁ、どうだろうな。……だが所詮、私達が娼婦の子という事実は変わらない。『人』としての権利を得られたとしても、それは最低限だけだ」
「……
「屋敷や貴族街で働く侍女や家令達は、孤児から市民に成り上がった私達の事を良くは思わない。陰湿な陰口は勿論、嫌がらせは絶えなかった。……それに耐え切れず、元孤児の中には自殺した者もいる」
「……ッ!!」
「私はその
「未来……」
「私は彼女の教えに従い、
「……」
孤児から救い出された後の話を聞き、それが『人』としての生き方に苦しまされた事をザルツヘルムは語る。
それを伝えられたエリクは表情を強張らせ、まるで他人事には思えずに内心に僅かな哀愁を感じさせた。
そうした最中、ザルツヘルムはある出来事を話し始める。
「結局、他の元孤児達は屋敷を出ずに働く仕事を選んだ。その方がまだ安全だと理解したからな。……だが私は優秀だった為に、ナルヴァニアの従者見習いとして皇城へ出入りするようになった」
「……嫌じゃなかったのか?」
「嫌に決まっている。……だがそのおかげで、ナルヴァニアが貴族達から
「!」
「彼女も同じだったんだ。私達と同じように
「……仲間か」
「そう、仲間だ。……だがそれでも私は彼女の『従僕』で、彼女は私の『主人』。主従関係において、仲間という言葉は成立しない。その事も理解できた」
「!」
「そして虐げられる状況に抗う為に、自らの努力を重ねて皇国一の淑女として名を馳せる彼女の姿に、私は憧れた。……ならば私は、彼女に並び立てる騎士になってみよう。子供ながらに、そう思ったんだ」
「……だからお前は、騎士になったんだな」
「ああ、そうだ。……だが結局、彼女は自分がルクソード皇族の血を引かない偽りの皇女だと知り、自らの復讐を選んだ。だから私もそれに倣い、彼女に付き従う復讐の騎士を目指した。……それが、私の選んだ『
「……他の
「無い。例えあったとしても、私は
「!」
「私はナルヴァニア様の騎士だ。彼女を敬愛しながら憎み、共に復讐の
「……そうか、分かった。――……お前の名は忘れない、騎士ザルツヘルム」
騎士として主君に対する忠義を守り抜く事を選ぶザルツヘルムの覚悟に、エリクは初めて彼に尊敬を抱く。
そして右横に構えていた大剣を
ザルツヘルムは最後に僅かな微笑みを見せ、その斬撃に飲まれる。
そして
すると破壊された施設の内部に、星空と月の光が降り注ぐ。
更に孤島を両断し海水すらも分断して見せたエリクは、ザルツヘルムが魂諸共に消滅したことを確認した。
それに巻き込まれまいとやや後方で結界を張っていた『青』は、構える錫杖を降ろしながら話し掛ける。
「――……よかったのか? これで」
「ああ。……奴は、本物の騎士だった。俺に出来なかった事を、やれた男だ」
「出来なかった?」
「俺は、人間を滅ぼそうとした
「!」
「でも俺は、それを選べなかった。本当にアリアが大切なら、選べたはずなんだ。……でもきっと、アリアがまた同じ事をしたら。俺はまた同じように、アリアを止めようとする。……だがきっと、また俺はアリアを殺せないだろう」
「……」
「アリアもそれが分かるから、
「……そうであろうな。……海水が入って来る。お前が来た
「頼む」
そうした話をするエリクを連れて、『青』は施設地下から転移魔法で脱出する。
そして斬撃によって消滅した地下施設に海水が侵入し、ザルツヘルムが消滅した場所は人知れずに海の底へと沈んでいった。
こうしてナルヴァニアに対する愛憎の忠義を貫いた騎士ザルツヘルムは、この世から消滅する。
しかし彼の消滅は彼自身が望んだ最後であり、それを見届けたエリクは彼の
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