過去の大罪
元皇国騎士ザルツヘルムの話により、エリクは黒獣傭兵団に冤罪を施すよう依頼された経緯を知る。
それは不本意に生かされ続けたナルヴァニアの憎悪と、それに共感するザルツヘルムの忠誠心によって成された、復讐劇の一端だった。
それに巻き込まれた
しかしその拳を固めさせたのは憤怒や憎悪ではなく、エリク自身は冷静な面持ちで聞いた。
「
「……なんだと?」
「俺は
「……ッ」
「
エリクは鋭い眼光と共にその言葉を突き付け、その復讐の仕方に対する疑義を持つ。
それを聞かれたザルツヘルムは先程の勢いを失くし、表情を強張らせながら顔を僅かに伏せた。
するとその表情が次第に無表情へ変化し、徐々に口元を吊り上げながら笑いを含む言葉を返し始める。
「……ナルヴァニア様は、そんな
「!」
「ナルヴァニア様は
「……ならどうして、お前を通じてウォーリス達に依頼が……」
「
「!?」
「私がアルフレッド殿に依頼したのだ。
「……
「フッ、そうだ」
自分自身の意思で黒獣傭兵団への報復を依頼したザルツヘルムは、嘲笑を含ませながら自供する。
それを聞いたエリクは眉を顰め、強張った表情で再び問い質した。
「何故だ?
「
「!」
「時に
「……主の意思を無視することが、忠義だと言うのか?」
「無視したのではない。私自身が主君の為に、そうすべきだと判断しただけだ」
「!」
「ナルヴァニア様は、既にその
「!!」
「だが実際には、彼等もゲルガルドに操られていた実行犯に過ぎない。それを知った後の
「……だから
「そうだ。だから私自身の意思で依頼し、
「
「知るわけがない。
「……お前一人の、独断か」
「復讐とは徹底的にやるべきなのだ。その根幹を
「……もしかしてお前は、他にもそういう事を……」
「するに決まっている。そういう連中は、あの施設で
ザルツヘルムは黒獣傭兵団の一件以外にも、ナルヴァニアが復讐すべきだと考える相手に自らの考えで秘密裏に動いていた事を明かす。
それを聞いたエリクは鋭くさせていた視線を僅かに落とし、少し考えた後にザルツヘルムに関する自分自身の見解を述べた。
「……何故お前達がそんな依頼をしたのか、理由は分かった。……そしてお前の忠誠心が、本当は何で出来ているのかも」
「なに?」
「お前は、
「!」
「お前はさっき、『望まぬ
今までの話を聞いたエリクは、そこから連想するザルツヘルムの本心を理解する。
それがザルツヘルムの抱える忠義の中に復讐心があると気付き、まるで嫌悪するように語る
それを指摘されたザルツヘルムは驚く様子を浮かべると、その数秒後に口元を緩ませ邪悪さを含む笑いを込み上げながら話し始める。
「……フッ、ハハハ……ッ!! ――……私の真意を見抜いたのは、お前で二人目だ」
「!!」
「そうだ、私はあの方を……ナルヴァニアを憎んでいた。ずっとな」
「……何故だ? お前は
「救われただと? 馬鹿を言うなっ!!」
「!?」
「私は生きることなど、一度として望んだ事は無い。……私はこの世に生まれた事を憎み、私自身の死を望んでいた。ずっとな」
「……ッ」
「
「……!!」
「だがそんな望まぬ生き方でも、唯一の楽しみはあった。生きながら苦しむ
「……お前は……」
「ウォーリスも同じだ。
「……そこまで、
「当たり前だっ!! 私は、俺は知りたくも無かったんだっ!! あのまま娼婦の子として雑に扱われ、暖かな光など感じず、何も知らずに死にたかったんだっ!!」
「……ならどうして、自分で死ななかった?」
「死ぬ事すら無意味だと理解したからだっ!! ……この姿を見ろ。生きている時と死んでいる時、今の俺にどんな違いがあるっ!?」
「!!」
「生きようが死のうが、俺の魂はこの世界で循環を続ける。そんな世界で再び次の
「……っ」
「だから世界が自爆すると聞いた時には 大いに結構だと思ったのだがな。……だがそれもお前達によって阻まれ、
今まで演じていたであろう偽りの
それを聞いていたエリクは渋い表情を強めると、同じように隣に佇む『青』は呆れに近い息を零しながら声を発した。
「……まさか
「フッ、今更だな。……俺を
「……」
挑発するように金色の瞳と声を向けるザルツヘルムに、『青』は表情を強張らせた右手に握る錫杖を向けようとする。
しかしそうした動きを止めるように、前に出ていたエリクが左手を翳しながら短い声で止めた。
「
「!」
「まだ俺の話は終わっていない。――……ザルツヘルム。メディアという女を知っているな?」
「……!」
「ウォーリス達から聞いた。お前がそのメディアという女と最も接触し、その行方を調べていたと。……お前はメディアについて、何を知っている?」
メディアの名を出した途端、今まで薄ら笑いを浮かべていたザルツヘルムの表情が僅かに強張る。
そして
そうして話す様子を見せないザルツヘルムに対して、エリクは自ら背負う大剣を引き抜きながら
「お前が話せば、この
「!」
「それがお前の望みなんだろう? ……
自ら滅する事を約束するエリクに対して、隣に居る『青』は驚く様子を見せる。
そしてザルツヘルムもその言葉に驚きながらも、再び口元を微笑ませながら閉じていた口を開いた。
「……フッ、いいだろう、教えてやる。
「そうか。……なら、そのメディアという女とは何処で会った?」
「……
「!」
「奴は自ら【結社】という組織の構成員だと名乗り、様々な情報をナルヴァニアに
「……その言い方。
「違う。そもそも当時のナルヴァニアや俺は、【結社】なる組織が存在する事など知らなかった。……最初に接触を持って来たのは、その【結社】に属するというメディアだ」
「!!」
ザルツヘルムの口から語られる話に、エリクは驚きを見せながら隣に居る『青』へ視線を向ける。
ここに来る前の話とは矛盾する出来事について訴えるような視線を向けると、『青』は再び表情を強張らせながら悩む様子で口を開いた。
「やはり当時、皇国に潜ませた【結社】にナルヴァニアと接触するよう命じた記憶はない。やったとすれば、そのメディアなる女の個人の意思だろう」
「……そうか。それで、
自分との関わりを再び否定した『青』に対して、エリクはそれ以上の追及をせず話をザルツヘルムへ戻す。
すると彼は過去の出来事を思い出し、メディアがナルヴァニアへ伝えた情報を明かした。
「……
「!」
「その情報に信頼性があると判断したナルヴァニアはクラウスとの接触を決意し、ハルバニカ公爵家にその対策をさせるよう伝えさせた」
「どうして
「さぁ、あの女のやる事だからな。私にもナルヴァニアにも、その意図は分からなかった。……だがあの女は、人の本性を見抜く事に
「!」
「それからもメディアは協力を続けて来た。ウォーリスの助けを求める手紙を受け取ったナルヴァニアは、
「転移魔法の使い手なのか」
「それだけはない。ある出来事を見て、奴の強さは
「ある出来事?」
「ウォーリスの依頼により、ゲルガルドに取り入る為に差し出す
「……!!」
「ナルヴァニアは息子の為に非情を決し、その部族の捕獲に南方領地を支配する貴族家を唆して利用した。だがその部族は遊牧民であり、滅多に南方領地の都市や街には近付かず、かなりの実力者達ばかりの部族で兵士達を差し向けても拘束は難しい。……だがそのメディアという女は、恐るべきことをやって見せた」
「恐るべきこと?」
「天候を変えて嵐を発生させ、その部族が住む遊牧地の環境を破壊した」
「!?」
「地形を破壊する程の大魔法によって棲み暮らす為に必要な環境を破壊されたその部族は、予測通り南方領地の都市へ助けを乞いに来た。しかし
「計画……?」
「部族達が欲しがる物資を囮にし、部族の主力となっている戦士達を誘き寄せる。そしてその彼等を人質にして、部族全員を捕らえる策だ」
「!!」
「それを有言実行する為にメディアは自ら物資の輸送団の護衛に紛れ、襲って来た部族の戦士達を返り討ちにして捕縛した。……その中には
「な……っ」
「メディアは一年足らずで『赤』の血を含む五十名以上の部族達を捕らえたので、帝国へ搬送できた。……そしてウォーリスはそれ等をゲルガルドへ献上し、上手く取り入る事に成功した」
ザルツヘルムはそう話し、過去の出来事でメディアがどういう関わりを持っていたかを明かす。
それを聞いていたエリクは、その皇国の南方に棲んでいたという部族について、ある一人の女性を思い浮かべながら呟いた。
「まさか、その部族というのは……ケイルの家族か?」
「お前の仲間だった女か。そういえば、あの部族の生き残りだったな」
「ならケイルの家族を捕まえたが、そのメディアという女なのか……!?」
「そうだ」
ここまでの話を聞いたエリクは、ウォーリスの依頼を請けたメディアによってケイルの一族が捕縛された事を知る。
それは数多に重なる因果によって、エリクの心境に複雑な思いを抱かせるに十分な情報だった。
こうしてザルツヘルムの本性と同時に、メディアという女性に関わるケイルの一族に及んだ真相の一つが明かされる。
それはケイルにとって復讐すべき相手であり、『
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