旅立つ者へ


 天変地異の前後において大きく被害を受けた国とは別に、様々な国々でもゲルガルド達が残していた爪痕が垣間見える。

 その一つであるマシラ共和国でも、国を支えていたはずの元老院がマシラ王を殺めようとする裏切りを行い、それを未然に防いだゴズヴァール等が代わるように陣頭指揮をしていた。


 人間大陸の四大国家もそれと無関係ではなく、フラムブルグ宗教国家とホルツヴァーグ魔導国では同じ事例が起きている。


 宗教国家フラムブルグではクラウス達の企てを受け入れずに、ゲルガルドの息が届いている勢力が生き残っていた。

 そしてガルミッシュ帝国の襲撃に前後し、死んだ教皇や枢機卿に成り代わるべく新たな枢機卿へ置かれたファルネやそれを支持する高位神官を襲う事件が発生してしまう。


 しかし『青』達と協力できるようになったクラウス達はそうした事件の発生を予期しており、ファルネを支持する代行者エクソシストや高位の魔法神官を使って襲撃者達を見事に退ける。

 更に幾人かを捕獲に成功し、おおやけ宗教国家フラムブルグ内部に悪神ゲルガルドを信奉する邪教徒うらぎりものが存在する事を明かされ、異変後は邪教と邪教徒を排除する形へ本格的に移行された。


 ホルツヴァーグ魔導国でも同様に、ゲルガルドの支配下に置かれていた魔導機関の上層部トップが『青』の七大聖人セブンスワンとそれに連なる教え子や弟子達を殺害する計画が行われる。

 しかし事前に身を隠していた『青』がそれ等の計画を看破し、逆にゲルガルドに懐柔されていた上層部トップを殺して除け、既に新たな人材を上層部トップに据える形で国の体制を作り直していた。


 こうして各国に大きな情勢変化が見える中で、そうした出来事と無縁だった国も存在する。

 それは四大国家の一つであり『赤』の七大聖人セブンスワンを有する、皇王シルエスカが治めるルクソード皇国だった。


「――……お前の墓に来るのは、初めてだな。……ナルヴァニア」


 皇王を務めているシルエスカもまた、ユグナリスやゴズヴァールと同様に自分の皇国くにへ戻っている。

 そんな彼女が訪れていたのは、皇国の北方領地にあるさびれた古い屋敷と、その敷地内に建てられている墓の前だった。


 そこには幾つかの墓が建てられており、名前と思しき文字が刻まれている。

 そしてシルエスカが見る墓には、『ナルヴァニア=フォン=クロスフォード』と言う名前が刻まれていた。


 シルエスカはそれを見ながら、三つの紙束で纏められた薄紅色ピンク雛菊デイジーを墓前に添える。

 そして隣り合うように置かれた墓前にもその花束を置くと、改めて『ナルヴァニア』の名が刻まれた墓の前に話し掛けた。


「お前の息子に会ったぞ。……確かに、お前に似ていたな」


 シルエスカはそう語り、実際に見たウォーリスの姿に彼の母親であるナルヴァニアの面影を感じた事を話す。

 しかし思い出す彼女の表情は晴れやかとは言えず、何かを悔いるような重苦しい雰囲気を感じさせながら言葉を続けた。


「……お前の騎士ザルツヘルムに言われた。お前の死を見届けず、お前の苦悩を何一つ理解しなかった私は、無能者だと。……そう奴に言われた時、私は何も反論できなかった」


 シルエスカはアルフレッドやザルツヘルムから得た情報によって、義妹いもうとであるナルヴァニアが如何に苦悩し絶望しながら生き続けていたかを知る。

 そして彼女の息子であるウォーリスもまた、ゲルガルドという悪魔かみかれながら苦悩と絶望に満ちた世界で生き永らえる為に必死だった事を理解させられた。


 するとシルエスカは、苦々しい面持ちを浮かべながら彼女達に何も出来なかったことに対する釈明を述べる。


「私は生まれながらに『聖人』であるが故に、周囲と様々な問題を起こして来た。特に人間関係での拗れ方は、周囲への理解を遠退とおのかせる事にも繋がっただろう。だからまつりごとに関わるのが嫌になり、七大聖人セブンスワンになる事を受け入れた。七大聖人セブンスワンになれば、人間や政治から関わらなくてもいいと思ったからだ」


 『赤』の七大聖人セブンスワンになった理由をシルエスカは明かし、今までの人生で深く人間や自国の政治に関わらなかった事を伝える。

 しかし何の返答も返さぬ墓を相手にしながら述べる言い訳に、シルエスカは自分自身に苦笑しながら呟いた。


「……そう、これは身勝手な言い訳だな。義妹おまえと向き合わなかった事や、お前の苦悩に踏み込まなかった理由にはならない。だから『赤』の聖紋も、私を見限ったのだろう。……ザルツヘルムの言う通り、私は無能者だ。そしてアルトリアの言う通り、役立たずでしかない」


 そう言いながら青い上空そらに見える天界エデンの白い大陸を見上げながら、シルエスカは自分の無能を認める。

 すると改めてナルヴァニアの墓前を見ながら、ある話を始めた。


「……ダニアス達の調べや、アルフレッドの供述で分かった事がある。お前が皇国の内乱で滅ぼさせたという、南方と西方の大貴族達。奴等はゲルガルドの手駒であり、皇国の支配において邪魔だったお前の家……クロスフォード侯爵家とハルバニカ公爵家を排除しようとしていたらしいな。……だからお前は内乱で、ゲルガルド支配下の両貴族をクラウスに潰させた。そして女皇になってからも、その残存勢力を秘密裏に潰していたんだな。……だから皇国このくにでは、異変前後に人災に因る騒乱が起きなかった」


 ナルヴァニアが女皇になって行っていた所業によって、今回の異変前後で各国で起きていた上層部トップ絡みの事件が皇国では起きなかった理由を語られる。

 それがどのような意味を持つのかを、シルエスカはようやく理解しながら彼女の意思を確認するように問い掛けた。


「奴等を調べる内に、お前は両親に冤罪を着せた黒幕がゲルガルドだと分かったんだな。だから奴が皇国で好き勝手に出来ないよう、奴の勢力を削り取った。そして皇国内の不穏分子を一箇所に集める為に、あの研究所で敢えて作らせた。……女皇になってから僅か二十年で、ここまでの事をしてみせるとはな。恐れ入ったよ」


 シルエスカはそう話し、ナルヴァニアの行いが全て一貫した目的によって成された事を理解する。

 それは自分の家族を奪ったゲルガルドに対する反撃と、唯一の血縁である息子ウォーリスの目的を叶える為に助力するという、まさに強い意思を持つ女性だからこそ成し得た出来事でもあった。


 だからこそ、シルエスカは敢えて彼女の墓前に伝える。


「ナルヴァニア。お前こそがこの皇国くににとって、本当に必要な皇王おうだった。……お前が生きている時にそれに気付けなかったのが、残念だよ」


 顔を伏せながらその言葉を向けた後、シルエスカは胸に手を置きながら墓前に敬礼を行う。

 そして閉じた瞼を開きながら後ろを振り向き、ナルヴァニアの生家じっかであるクロスフォード家の敷地から離れてた。


 それから幾日か経った後、皇都に戻ったシルエスカは驚くべき事を夫役であるダニアスに伝える。

 それを聞かされたダニアスは驚愕を浮かべながら、椅子から腰を上げて動揺の声を向けた。


「――……何を言っているんです、シルエスカッ!?」


「言った通りだ。我は今回の事件が落ち着いた後、皇王おうする」


「また、そんな事を……っ!!」


「今回は本気だ。……私は、この皇国くにを治められるうつわではない」


「それは……。だから私達が、貴方が皇王おうである為の手助けをすると……!」


「それでは駄目だ。……この皇国くにには、もうルクソードの血は必要ない」


「!!」


「我は……いや、我々はそれを理解するのが遅すぎた。……きっと最初の『赤』だったルクソードや、二代目として『赤』を継いだソニアは早々に理解したのだろう。この皇国くにには、自分達は必要ないのだと。だから二人とも、この地を去った」


「……それは……っ」


「私が皇王おうの座に居たままでは、この皇国くにが次に歩むべき未来への妨げになる。……だから私も、二人に習ってこの地を去る」


 決意を固くした言葉と表情で告げるシルエスカに、ダニアスは表情を渋らせる。


 今までシルエスカは強情な一面を多く見せて来たが、それでも周囲の意見や言葉を聞き入れて折れる事も多かった。

 しかし今回はそれを聞き入れる様子は無く、皇王おうを辞めて皇国から去ることが正しい選択だと既に決めてしまっている。


 こうなるとシルエスカが自分の決断を曲げないであろう事を長い付き合いで知っているダニアスは、頭を悩ませながら説得を続けた。


「……しかし、この皇国くにはどうなります? 『赤』に選ばれたケイル殿は行方不明。そしていきなり皇王あなたまで居なくなってしまえば、皇国の基盤は崩れ、再び動乱が起きてしまうかもしれない」


「起きればいい」


「えっ!?」


皇王われが居なくなった程度で皇国このくにが滅びるようだったら、既に国としての命数めいすうを使い果たしているということだ。……そんな皇国くになど、滅びるのは当たり前だろう」


「シルエスカ……!!」


「それに、お前達が作っている次の土台がある。それが在れば、皇国くには滅んでも民は生きていけるはずだ」


「……本気なんですね」


「そう言っているだろう」


「しかし、この皇国くにを去ってどうするのです? どこか、行くてでも……」


「一度、今の人間大陸を見て回るつもりだ。……それが終わったら、魔大陸にでも行こうかと思っている」


「!」


「ルクソードやソニアも、同じように魔大陸へ渡ったと聞く。……私も、彼等が臨んだ世界に挑戦してみたい。今以上に、強くなってな」


 自分の今後を語るシルエスカに、ダニアスは苦悩を見せながら思考を続ける。

 そして何かを諦めたように溜息を零すと、伏せていた顔をシルエスカに向けながらある条件を伝えた。


「……分かりました。貴方がそこまで言うのなら、誰も止められない。……ただ、一年だけ待ってください」


「一年?」


「共和制への移行を急ぎ進めます。だから今はまだ、皇王のままでいてください。……それまでの間に、貴方は旅立つ準備を進めて構いません」


「……」


「どうか御願いします。……ルクソードやソニアの時と同じように、貴方も唐突に去れば傷付かずに済む民に犠牲者が出てしまうかもしれない。私は、それだけは避けたいんです」


 頭を下げながらそう頼むダニアスに、シルエスカは僅かに表情を歪めて悩む。

 そして溜息を鼻から漏らした後、こうした返事を向けた。


「……本当に、一年でいいんだな?」


「はい」


「……分かった。ならば一年だけ待つ」


「シルエスカ……!」


「だが一年経ったら、本当に出て行くからな。……それまでに、お前の息子に進めさせろよ」


「ありがとうございます。そして、御任せ下さい」


「……その間に、彼等が戻ってくればいいのだがな」


 シルエスカは一年後に皇国から去り、ダニアスはそれまでの間に皇国を貴族制から共和制へ移行する準備を整えると約束する。

 そうして互いに妥協する形で自分達の意思を貫き通し、ハルバニカ公爵家を中心にルクソード皇国の改革が行われる事になった。


 こうしてルクソード皇国においても新たな体制が築かれ始め、人間大陸の各国に大きな変化が見え始める。

 そうした人間大陸の変革を迎えられている理由は、消息が途絶えたままである彼等の残した影響にもあったのだった。

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