予言の意味


 人間大陸の大きな国家において様々な情勢的変化を訪れている中で、その影響を受けていない場所もある。

 それは人間大陸の中でも隔絶した場所に存在している、魔大陸と隣接しているフォウル国だった。


 今回の事件や異変において最も影響を受けなかったのは、魔人達が暮らすフォウル国だけだったと言ってもいい。

 しかしそれとは別に、今回の異変において大きな事実を気付かされることになったのは、魔人達を従える到達者エンドレスの巫女姫レイと、その情報を届ける為に彼等の里へ訪れていた『青』の七大聖人セブンスワンだった。


「――……では、創造神オリジンの復活と世界の破壊は、阻止できたのですね」


「うむ。……だが今回の異変については、我々が『黒』に操られた結果によって招かれた事かもしれんぞ」


「!」


 巫女姫レイが鎮座する里奥の洞窟内にて、十二支士を束ねる干支衆が十二人で勢揃いしながらそれぞれ脇に控えている。

 そうした場に訪れながら正座で詳細を語る『青』は、その場の全員に対してそうした言葉を向けた。


 それを聞いたレイは渋い表情を浮かべると、脇に控える『牛』バズディールが問い質すように聞く。


「どういう事だ?」


「『黒』は恐らく、こうなる未来を予見していた。故に百五十年前、『やつ』は巫女姫レイと会い、自分を原因とした世界の滅びが再び訪れる事を伝えたのだろう」


「!」


「しかし言い換えれば。『やつ』がそれを伝えさえしなければ、我々は『結社』を組織せず、そして滅びの原因となる『やつ』を追い殺そうとは思わなかった」


「……まさか『黒』が、この未来できごとを起こす為に巫女姫様や我々を利用したと言うのか?」


「そう考えねば説明できぬ事が多い。……我々は『黒』に唆された結果として、アルトリアに権能ちからの使い方を学ばせ、ウォーリスを決起させる理由を生み出したのだ」


「……!!」


「我々は今回の事態において、あの二人を生み出す為の土壌を作り出したに過ぎん。……巫女姫レイよ。我々の決断こそが、世界を破壊へ導こうとしたと言っていいだろう」


「ッ!!」


 『青』の言葉に対して、干支衆の幾人かが腰を上げ膝を立たせながら憤怒の表情を浮かべる。

 しかしそれを制止させたのは、彼等が主として仰ぐ巫女姫レイの言葉だった。


「……『かれ』の言う通りでしょう」


「!」


「私達は『黒』の教えた未来を恐れ、その原因だと教えた『かのじょ』自身を殺し続けた。……その結果が、この有り様です」


「巫女姫様……っ!!」


「私の臆病さが、今回の事態を招いてしまった。……誰もが忘れた歴史ことを知るが故に、私は同じ過ちを起こしたくないと願ってしまったのです。……そして結局、それが五百年前と同じ天変地異できごとを起こさせてしまった。その過ちを認め、反省せねばなりません」


「……ッ」


 巫女姫レイは『黒』に関する予言を信じ、自らの決断によって今回の異変を招いた事を認める。

 それを聞いた干支衆達は立たせようとした腰を下げながら、再び正座をした状態に戻り、それを察せられなかった自分達の行いにも反省を向けた。


 しかし巫女姫レイは、腑に落ちぬ部分がある事を『青』に問い質す。


「しかし、それでも分からない事があります。……どうして『黒』は、敢えてこんな未来ことを?」


「……これは推測だが。恐らくこうして『黒』自身が介入せねば、手遅れの未来も起きていた可能性がある」


「手遅れ?」


「ゲルガルドと呼ばれる男は、我と同じように第一次人魔大戦時代の技術と知識を知る者だった。恐らく、五百年以上前に生まれた転生者だったのだろう。我々は奴の存在に気付かず、時代の進みと共に奴の支配を人間大陸に広げ過ぎてしまった」


「!」


「だが『黒』の予言によって、我々は知らぬ間にゲルガルドを牽制していたらしい。『結社』を組織し『黒』にまつわる人間大陸の情報を集め、ゲルガルドの思惑を意図せずして妨害する事が出来ていたようだ」


「……それはつまり、ゲルガルドなる者が私達を警戒していた?」


「奴とて到達者エンドレス達は怖かろう。それに通ずる我々がゲルガルドの存在を知れば、彼奴の生命も危うくなる。故に奴自身の動きは最小限に留める事に成功し、結果的に奴の息子達がその魂を封じ込める事に成功したのだから」


「『黒』が私達に予言を伝えた理由が、それだったと?」


「それ以外に考えられぬ。……もし我々が妨害せねば、ゲルガルドはこんな回りくどい方法など用いずに、直接的に創造神オリジンの生まれ変わりである『黒』やアルトリアを奪っただろう。実際にゲルガルドが封じられていた魂を復活させ息子ウォーリスの肉体を乗っ取った後、ガルミッシュ帝国では襲撃が起きたからな」


「……現状とは比較に出来ぬ程の被害が、ゲルガルドなる者の手によって起こされたかもしれない。『黒』が本当に防ぎたかったのは、その未来だったというのですね」


「うむ。あるいは魔族にも被害が及び、第三次人魔大戦が勃発して今度こそ人間が滅びた可能性すらある。それどころか誰も止められぬ状況の中で創造神オリジンが復活し、世界が本当に破壊されていたかもしれない」


「!」


「『黒』は最悪となる未来から、可能な限り犠牲が少なくなる最善の未来を選んだ。そしてその未来へ導く為に、我々が動くように仕向けたのかもしれん」


「ならば、そのゲルガルドなる者が危険であると私達に教えれば済む話では……」


「教えたとしても、巫女姫おぬしは人間へ深く干渉せぬだろう。しかし儂を含めた七大聖人セブンスワンだけでは、ゲルガルドを倒し得るだけの能力ちからが足りない。……だからこそ、『やつ』は自分を囮にして儂や魔人達おぬしたち、ゲルガルドを倒し得る者達を動かした」


「!!」


「それに『やつ』は、世界の調律バランスを保つ者でもある。ただ生と死の調律バランスを保ち、物事を解決させるよう導いたに過ぎんのかもしれん。……あるいはゲルガルドやウォーリスを倒した彼等の消失すらも、『黒』の狙い通りかもしれんのだからな」


 そう告げる『青』は、ウォーリス達を打倒し世界を救いながらも消えた彼等の話をする。

 巫女姫レイはそれを聞くと、閉じたままの瞼を僅かに震わせ、唇を僅かに噛み締めるようにしながら呟いた。


「……彼等は、どうなったのでしょう」


「マナの大樹があった聖域ばしょは、大量の生命力と魔力で形成された異次元だった。それが消失しているということは、その空間を維持していたマナの大樹からのエネルギー供給が停止したからだと見ている」


「では、その中に残っていた彼等も……」


「消失……いや、消滅したと考えるのが妥当ではある。……だが創造神オリジンの『魂』と『肉体』が一緒に揃い、その権能ちからを扱えたのはアルトリアが循環機構システムを担うマナの大樹を失う決断をするとは考え難い。あるいは何らかの方法でマナの大樹循環機構システムを無力化して破壊を防ぎ、彼等も消失を免れ生き延びている可能性は十分にある」


「それは、そうあってほしいですね」


「儂はしばらく、彼等の捜索を続けるつもりだ。……しかし仮に、生きて彼奴等が見つかった時。お主に前もって尋ねたくて今回は訪れた」


「……どうするか、ですか」


「そうだ。以前と同じように、創造神オリジンの復活を阻止する為に生まれ変わりである『肉体』と、『魂』の持ち主を排除するか。それとも……」


 敢えてそこで言葉を区切る『青』は、巫女姫レイに対して選択を迫る。


 創造神オリジンの『魂』と『肉体』を受け継ぐ者が揃って生きる事になれば、再び創造神オリジンの復活が起こる可能性はある。

 それによって再び世界の破壊を招くのであれば、危険な目を摘む上で早々に処理しなければならない。


 しかし百年余りもそうした事を続けたことで、ウォーリスという『世界の破壊者』を生み出す結果となってしまった。

 その事実を認めたばかりの巫女姫にとって、再び同じ過ちを繰り返す選択ことを口に出来るほど彼女の意思は軽くない。


 だからこそ、その質問に対する回答を巫女姫レイはこう述べた。


「……彼等が生きていた場合は、様子見だけに徹するよう伝えてください。その対応についても、貴方に一任します」


「様子見か。つまりは、監視だけに留めろと?」


「そうです」


「では、ウォーリスとその仲間達は?」


「彼等についても、貴方に一任します。しかしウォーリスなる者が目覚めた時、己の野望を再び叶えようとするのならば。その時は私達の総力を持って排除すると伝えてください」


「了解した。……では、これにて失礼しよう」


 共通すべき情報を伝え質疑応答を全て終えると、『青』は立ち上がりながらその場を去ろうとする。

 しかし木床を離れて靴を履き終えた時、『青』は思い出すように巫女姫レイへ再び尋ねた。


「そういえば、伝え忘れていた事がある」


「何でしょうか?」


鬼神エリクの監視役を務めていた、行方不明の十二支士せんしたちを発見した」


「!」


「ただ、その内のほとんどが死亡していた。恐らくウォーリス達と何らかの形で遭遇し、敵勢力と見做されて殺されたのだろう」


「……ッ」


「それと鬼神エリクの見張り役を務めていたマーティスという戦士は、瀕死ながらも生きている事が分かった。どうやらその戦士もウォーリスに発見され、命と引き換えに奴の計画を手伝わされていたらしい。その対価として、人間大陸で生まれた魔人の子供達の居場所を与えられ世話をしていたようだ」


「!!」


「今回の件で協力してくれていた者が、そのマーティスと魔人の子供達を保護したいと申し出ている。……戦士マーティスの扱いについては、儂に一任するわけにもいかぬだろう。お主達はどうすべきだと考える?」


 『青』は黒獣傭兵団に発見されたマチスの事を伝え、干支衆や巫女姫に彼の処遇について尋ねる。

 すると頭目の一人である『』の干支衆と思しき小さな体を持つ魔人ものが、巫女姫レイエへ視線を向けた。


 すると巫女姫は少し考えた後、『青』にこうした言葉を返す。


「……理由があるとはいえ、今回の異変を引き起こす側に加担したとなれば処断は必要ですね。……マーティスは本日より、魔人ここの里から追放とします」


「!」


「彼には二度と、この里へ踏み込む事を許可しません。しかしそれ以外については、罰する必要は無いことを厳命します。……よろしいですね、干支衆みなさん」 


「ハッ!!」


 マチスについて巫女姫の厳命を聞いた干支衆達は、それに頭を屈めながら応じる。

 そうしてマチスの処遇について決まった後、『青』は口元を微笑ませながら頷き、洞窟から立ち去った。


 こうしてフォウル国と魔人達は、創造神オリジンの生まれ変わりであるアルトリアやリエスティアに危害を加えぬ事を決める。

 それは百年余りに続いた『黒』への殺害命令が、ようやく取り消された事を意味していたのだった。

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