参加の権利


 屋敷への暮らしに移されたウォーリスとリエスティアは、その翌日に他の家中もいる食堂に集められる。

 そこで現当主ゲルガルドは、予定通り次期当主について一同に伝えた。


『――……お前達に集まってもらった理由は、他でもない。私の跡に据える、ゲルガルド伯爵家の次期当主を伝える為だ』


『!』


『ウォーリス、そしてジェイク。私の血を継ぐ息子は、この二人だけ。ウォーリスには娘もいるが、今回はそれを省き、二人の息子から後継者を決める』


 そう宣言するゲルガルドの言葉に、二人の息子が互いに蒼と翠の瞳を重ねながら視線を合わせる。

 ジェイクは父親ゲルガルドから放たれた言葉を聞いた瞬間にその本当の意味を理解し、緊張感を高め秘かに歯を食い縛った。


 それを抑え込むようにウォーリスは青い瞳を閉じ、父親の方に視線を向け直す。

 ジェイクもまたその視線の意図を察するように気持ちを落ち着け、父親ゲルガルドの方へ視線を向けながら言葉を待った。


 そんな二人を交互に見ていた父親ゲルガルドは、ウォーリスに視線を固定させながら宣言する。


『私の跡を継がせるのは――……ウォーリス、お前だ』


『……!?』


 現当主ゲルガルドが幼く見える兄ウォーリスを次の後継者に指名した瞬間、食堂内で控える主要な家令や執事、そして侍女達が動揺した面持ちを浮かべる。

 長らく屋敷にて教育を受けながら暮らしていた現正妻の息子である弟ジェイクではなく、前妻の息子であり屋敷から離れた暮らしをさせていた兄ウォーリスを選んだ事に、誰もが驚きを隠せていなかった。


『そんな……!』


『ジェイク様が、次期当主ではないのか……?』


『……ッ』


 そんな周囲の声を聞きながら、弟ジェイクは表情を強張らせながら苦々しい面持ちで顔を俯かせる。

 それは次期当主に選ばれなかった事が理由ではなく、次の肉体として父親ゲルガルドが選んだのはウォーリスであり、不要となった自分や母親が処分される事をすぐに悟った為だった。


 しかしその事を知らない者達にとって、ジェイクの様子は次期当主へ選ばれなかった事への悔しさだと誤解してしまう。

 故にその決定を不服し声高に叫んだのは、ジェイクの隣に座っていた彼の実母ははおやだった。


『――……あなたっ!! 御待ちくださいっ!!』


『……エカテーリナ』


 ゲルガルドの決定に対して止めるように席から立ったのは、ジェイクの母親であるエカテリーナ。

 息子も受け継いだ金色の髪を纏め、翡翠色をした瞳はエカテリーナは、夫である現当主ゲルガルドではなく、次期当主として選ばれたウォーリスを睨みながら異を唱え始めた。


『何故ジェイクではなく、この奇怪な者の方を選ぶのですっ!?』


『は、母上……!』


『ジェイクは今まで、帝国貴族として相応しい教育を施し、次期当主として相応しい器を見せていました! ……なのに何故、今更になって御見捨てになったこの者をを次期当主にするのですかっ!!』


 声を荒げながら現当主ゲルガルドの決定に異議を唱える継母エカテリーナを、ウォーリスは静かに見つめ返す。

 その言葉には母親としての心情が強く込められている事が分かり、また確かにジェイクが帝国貴族として当主になるのは相応しいと思える事も理解できた。


 しかしウォーリスとジェイクは、父親ゲルガルドが次期当主として選ぶ基準が何かを知っている。

 それ故に父親ゲルガルドが次に答えるだろう言葉を察し、それはエカテリーナに強い口調で放たれた。


『この伯爵家ゲルガルドうつわに相応しい者は、ウォーリスだと判断した。それだけだ』


『なっ!?』


『私の決定に異議を唱えるのは、お前の勝手だ。……だが、決定を変えるつもりは無い。それに逆らい続けるというのであれば、例え妻であっても容赦はしないぞ』


『……っ!!』


 威圧的な言葉と重圧プレッシャーの乗せた声がゲルガルドから発せられ、エカテリーナはそれに奇妙な震えを抱きながら怯えの表情を浮かべる。

 それが生命力オーラを用いた言語術わざである事を理解するウォーリスは、常人でしかないエカテリーナの反論に意味が無い事を理解していた。


 しかし母親としての想いと威厳からなのか、エカテリーナはそれでも引かずに表情を引き締めながら言葉を発する。


『……し、しかし。三ヶ月後に四歳となるユグナリス皇子の誕生祝宴パーティーには、次期当主としてジェイクも出席する予定だったのですよ! なのに、いきなりこのような……!』


『それも勝手に、お前が決めて準備していた事だ。私の関知する事では無い』


『そんな……!! あなたはいつもそうやって、社交の場を疎かにして……!!』


『……!』


 継母エカテリーナの言葉から祝宴の話題が出た瞬間、ウォーリスはそれが『黒』のリエスティアが伝えた予言の事であると理解する。

 そして隣に座るリエスティアに横目を僅かに向けると、それに応じるように黒い瞳の視線が注がれた。


 ウォーリスはここがリエスティアの伝えた運命の分岐点だと理解し、その口論に挟む形で自身の選択を告げる。


『――……父上。先程から話されている祝宴パーティー、私とリエスティアが出席してもよろしいでしょうか?』


『!?』


『……ほぉ、そんな祝宴パーティーに出席したいのか? ウォーリス』


『次期当主として選ばれたからには、仕えるべき帝国くにの殿下の御尊顔を拝してみたいと思います。またどのような者達がそうした場に赴くかも、私自身の目で確認してみたいのです』


『……なるほど。確かに、新たな皇子の姿は私も見た事が無いからな。……だが、お前の娘も連れて行くのか?』


『私の娘も四歳です。同じく四歳となる殿下と御挨拶する際には、丁度良い年齢かと』


『ふむ。……まぁ、いいだろう。ならばジェイクとエカテリーナの出席を取り止め、お前とリエスティアが代わりに出席しろ』


『あなたっ!!』


『エカテリーナ、ひかえろ』


『……ッ!!』


 ウォーリスの頼みに対して、ゲルガルドは煩わしいエカテリーナの声を引かせる為に敢えてそれを受け入れる。

 そして次期当主の座と共に祝宴の出席まで奪われた継母エカテリーナの憎悪する瞳を受けながら、ウォーリスは祝宴パーティーに参加する権利を得られた。


 短くも激しい親子達の口論に困惑するジェイクは、実母エカテリーナが席を立って食堂から退く後を付いて行く。

 そして二人が退室した後、ゲルガルドは何かを考えた後に改めてウォーリスに伝えた。


『……ウォーリス。祝宴パーティーの出席は許すが、ゲルガルドの名を使うな』


『!』


『お前も知っていると思うが、我が伯爵家帝国このくにの中で名家に数えられている。その跡取りとして出席するのは、色々と危険リスクが大きい。無用の問題に巻き込まれかねないからな』


『……承りました。では、どのように?』


『我が伯爵家に届いた招待状は、そのまま破棄させる。代わりに懇意にしている貴族家から、その招待状を買おう』


『よろしいのですか?』


『まぁ、前祝いと言ったところだ。……親子の思い出として、最後の祝宴パーティーを楽しんで来るといい』


『……ありがとうございます』


 寛容な様子を見せるゲルガルドに対して、ウォーリスは感謝を伝えながら頭を下げる。

 しかしその内心では憎悪の感情が僅かに昂り、それと同時に祝宴パーティーが終わった後、自分の肉体がゲルガルドのうつわとなる事を察した。


 こうして四歳になる帝国皇子ユグナリスの誕生日祝宴パーティーに出席する事になったウォーリスと娘リエスティアは、別の貴族家から買った招待状と偽名を用いる。

 そしてその祝宴パーティーには、当時二歳だったアルトリア=ユースシス=フォン=ローゼンも出席することを、当時のウォーリスは知る由も無かった。

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